第七霊災回顧録(だいななれいさい かいころく / Tales from the Calamity)
- 新生エオルゼア1周年記念サイトで全5回に渡り連載された外伝。
|
概要
かつて世界を大きく揺るがした第七霊災は、エオルゼアに何をもたらしたのだろうか… さまざまなキャラクターたちが、全5回にわたって第七霊災を振り返ります。
- 第1回~第3回は、リムサ・ロミンサ、ウルダハ、グリダニアの国家元首の視点で描かれている。
- なおウルダハのみ国家元首とグランドカンパニー代表が異なっているため、ナナモ国王は戦場となったカルテノー平原へは行っていない。またバハムートを封じ込める目的で「神降ろし」を行うために、ルイゾワ以外の救世詩盟のメンバー(サンクレッドやイダ、パパリモ、ヤ・シュトラ)達もエオルゼア各地にある十二神秘石に配置されており、彼らもまたカルテノー平原へは行っていない。
第七霊災回顧録① 「栄光のヴィクトリー号」(Where Victory and Glory Lead)
「黒渦団全軍に通達。現時点をもって、すべての命令を無効とする。
全隊、各個の判断で撤退せよ!」
苦渋の決断であった。
海の都「リムサ・ロミンサ」のグランドカンパニー「黒渦団」を率いる女提督、メルウィブ・ブルーフィスウィンは、カルテノー平原からの撤退を決意した。
月の衛星「ダラガブ」の落下を阻止すべく、エオルゼア十二神を呼び降ろす。その作戦は、砕け散った衛星から現れた「黒き蛮神」の前に、あえなく瓦解した。賢人ルイゾワは、未だ神降ろしの秘術を続けているようだが、すでに戦線は崩壊している。
「いいか、しんがりには本隊を付けろ。
冒険者たち特殊陸戦隊を、優先して逃がせ!」
大義のため参陣した者たちのことを思い、そう命じたメルウィブは、すぐさま自らの愛チョコボ「ヴィクトリー号」にまたがった。
「エインザル! 私は本隊と共に撤退を指揮する!
貴様は退路を確保しつつ、脱出した部隊の受け入れ体制を整えろ!」
こんな時、並の部下なら、危険な任務に向かおうとする提督を止めるのだろう。だが、相手が冷静だと見極めれば、敬礼だけを捧げ黙って送り出すのが、エインザル・スラフィルシンという男だった。だからこそ、メルウィブは彼を腹心に据えたのである。
大型のデストリア種の中でも、特に体格に優れたチョコボである「ヴィクトリー号」が、逞しい脚で戦場を駆けてゆく。つぶらな黒い瞳の奥に恐怖を宿らせながらも、それを押し殺して主に仕える、良いチョコボだ。
しかし、勝利を願って付けられたその名を体現するには至らなかった。今、エオルゼア同盟軍は敗走しようとしているのだ。
メルウィブは、混乱した味方部隊を見つけては、退路を示していく。
その最中、退いていく部隊に逆行し、帝国軍部隊に猛然と襲いかかる部隊を発見した。海賊勢力を糾合して編成された打撃陸戦隊の者たちだ。
「何をしている、退け! すでに勝敗は決した!」
叫ぶメルウィブに食ってかかったのは、三大海賊団の一角「紅血聖女団」の頭目、ローズウェンだった。霊銀色の美しい短銃を振りかざして女海賊が吠える。
「ナマいってんじゃないよ! あたしらの仲間が何人死んだと思ってんだ!
帝国の犬どもをブチ殺してやる!」
仲間を失い激高したローズウェンは、完全に血と復讐に酔っていた。
その彼女を理屈で動かせるものではない。押し問答を続けているうちに、帝国軍の後続部隊が接近してきていた。
「クソッ!」
腰に吊した愛銃「デスペナルティー」と「アナイアレイター」を抜き放ち、銃口を迫り来る敵兵に向ける。
1発、2発、ダブルバレルの拳銃から弾丸を撃ち出し、敵歩兵を仕留めていく。
3発、4発、続けざまに射撃を加えるが、いかんせん敵の数が多い。
さらに後方から、黒光りする巨体が現れた。大柄な「ヴィクトリー号」よりも、さらに大きなそれは、帝国軍が誇る騎兵戦力「魔導アーマー」だった。まるで、牙を剥く獣のように口に似た装甲が開き、巨大な砲身がせり出す。そしてメルウィブは、魔導カノンの輝きを見た。
「ッ!!」
咄嗟に足で「ヴィクトリー号」の腹を蹴って駆け出させたことで、どうにか直撃を免れたが直ぐ側に土煙が上がる。だが、着弾時の爆音で耳をやられたらしい。
奇妙な静けさの中、メルウィブは自分の身体が倒れつつあるのを感じていた。足に暖かさを感じる。血だ。だが、自分のものではない。
帝国兵の放った弾丸がチョコボ装甲を貫き、「ヴィクトリー号」に致命傷をあたえたのだと知ったのは、後のことである。
目覚めたメルウィブが最初に見たのは、見慣れた船室の天井だった。
黒渦団総旗艦「トライアンフ号」。その後部に設置された船長室だ。
「て、提督が目を覚ましました! 大甲将、大甲将殿ッ!」
衛生兵らしい男が駆けだしていってから、しばらくして大男が室内に入ってきた。
「少々、寝坊が過ぎやしませんかね、提督」
その男、エインザルは笑みを浮かべていたが、汚れ放題の顔には疲労の色が見て取れた。
「あれから何日経った。状況は?」
「二日……。今はメルトール海峡の洋上、お察しのとおり、トライアンフの中ですよ」
エインザルは、これまでの出来事を淡々と語った。
帝国兵の銃撃を受け、「ヴィクトリー号」が絶命したこと。そして、チョコボと共に倒れ込んだ際に頭を強打し、昏倒した彼女を海賊団「断罪党」の者たちが担いで撤退してきたこと。
ちなみにローズウェンは最後まで徹底抗戦を貫こうとしたが、普段は対立しているはずの海賊団「百鬼夜行」の頭目、カルヴァランが、無理矢理に自分のチョコボの上に引っ張り上げ、拐うようにして脱出させたのだという。まるでイシュガルド騎士のような、華麗な手綱さばきだったというから驚きだ。よほどこの件が屈辱的だったのか、ローズウェンは今でもカルヴァランを「へたれ」と罵っているらしい。
ともかく撤退した黒渦団の将兵は、ほかの同盟軍部隊と共にザナラーンまで退き、部隊を再編。ベスパーベイに停泊させていた艦隊に分乗し、「リムサ・ロミンサ」に向かっているところだという。
「ウルダハの錬金術師どもは、絶対安静だとか抜かして、
提督を動かしたがりませんでしたがね。
とはいえ、アンタは傾きかけた船から、逃げ出すような船長にはなりたくないでしょう?」
メルウィブは故郷「リムサ・ロミンサ」を、しばしば船に例え「巨艦」と呼んでいた。
その船長であり、提督である彼女は、被災した故郷に一刻も早く戻るべきだと、エインザルは判断したのだろう。
むろん意識があったら、どんな怪我を負っていてもそうしたはずだと、彼女は思う。以心伝心、己の意思をくみ取り、行動してくれた男を頼もしく感じる。
「して、あの者は無事なのか?」
当然の質問を、メルウィブは口にした。当たり前のことを尋ねたつもりだった。
しかし、返ってきた言葉は、察しの良い腹心とは思えぬものだった。
「あの者? いったい、誰のことです?」
確かに撤退を決意したあの時、自分は「誰か」の無事を願い、「優先して逃がせ!」と命じたはずだ。だが、誰のことを?
当然のことが思い出せないことに、メルウィブは驚愕した。
しかし、結局のところ、頭を強く打った影響だろうとエインザルにいなされてしまっては、自分を納得させるしかなかった。
何より、その後の数日は怒濤のように過ぎていったのだ。
故郷、バイルブランド島に近づいた艦隊は、洋上を漂流する幾人もの人々を拾い上げることになった。ガラディオン湾に降り注いだダラガブの破片は、津波を生み出していた。彼らは、それに巻き込まれた者たちだった。
また、艦隊を導くはずの「シリウス大灯台」には、不気味な橙色のクリスタルが固着し、美しくも恐ろしい姿に変貌していた。
ゴッズグリップの岬によって「モラビー造船廠」が津波から護られていたのは、不幸中の幸いといえるだろう。この港湾施設に「トライアンフ号」以下の残存艦を集結させたメルウィブは、当地に臨時指揮所を設立すると、ただちに復興支援艦隊を編成して送り出した。
救えた命もあれば、救えなかった命もある。
寝る間もなく、救助活動の指揮をとっていたメルウィブだったが、いつまでも頭の片隅には「誰か」の存在がひっかかり続けた。それでも、がむしゃらに働くしかなかった。
瞬く間に歳月が過ぎ去り、モラビー造船廠の臨時指揮所が解体され、「リムサ・ロミンサ」に指揮系統を移転する日が訪れた。
今後、モラビー造船廠は、本来の「船を造る」という役目に立ち戻ることになる。その第一号として、黒渦団の軍艦が建造されることが、先日決定された。
新造船の名付け親になるよう依頼されたメルウィブは、迷わず「ヴィクトリー号」と命名した。あの日、掴めなかった勝利を、今度こそ手にするために。
そして、いつか再会するであろう「誰か」と共に勝利を祝うために……。
全隊、各個の判断で撤退せよ!」
苦渋の決断であった。
海の都「リムサ・ロミンサ」のグランドカンパニー「黒渦団」を率いる女提督、メルウィブ・ブルーフィスウィンは、カルテノー平原からの撤退を決意した。
月の衛星「ダラガブ」の落下を阻止すべく、エオルゼア十二神を呼び降ろす。その作戦は、砕け散った衛星から現れた「黒き蛮神」の前に、あえなく瓦解した。賢人ルイゾワは、未だ神降ろしの秘術を続けているようだが、すでに戦線は崩壊している。
「いいか、しんがりには本隊を付けろ。
冒険者たち特殊陸戦隊を、優先して逃がせ!」
大義のため参陣した者たちのことを思い、そう命じたメルウィブは、すぐさま自らの愛チョコボ「ヴィクトリー号」にまたがった。
「エインザル! 私は本隊と共に撤退を指揮する!
貴様は退路を確保しつつ、脱出した部隊の受け入れ体制を整えろ!」
こんな時、並の部下なら、危険な任務に向かおうとする提督を止めるのだろう。だが、相手が冷静だと見極めれば、敬礼だけを捧げ黙って送り出すのが、エインザル・スラフィルシンという男だった。だからこそ、メルウィブは彼を腹心に据えたのである。
大型のデストリア種の中でも、特に体格に優れたチョコボである「ヴィクトリー号」が、逞しい脚で戦場を駆けてゆく。つぶらな黒い瞳の奥に恐怖を宿らせながらも、それを押し殺して主に仕える、良いチョコボだ。
しかし、勝利を願って付けられたその名を体現するには至らなかった。今、エオルゼア同盟軍は敗走しようとしているのだ。
メルウィブは、混乱した味方部隊を見つけては、退路を示していく。
その最中、退いていく部隊に逆行し、帝国軍部隊に猛然と襲いかかる部隊を発見した。海賊勢力を糾合して編成された打撃陸戦隊の者たちだ。
「何をしている、退け! すでに勝敗は決した!」
叫ぶメルウィブに食ってかかったのは、三大海賊団の一角「紅血聖女団」の頭目、ローズウェンだった。霊銀色の美しい短銃を振りかざして女海賊が吠える。
「ナマいってんじゃないよ! あたしらの仲間が何人死んだと思ってんだ!
帝国の犬どもをブチ殺してやる!」
仲間を失い激高したローズウェンは、完全に血と復讐に酔っていた。
その彼女を理屈で動かせるものではない。押し問答を続けているうちに、帝国軍の後続部隊が接近してきていた。
「クソッ!」
腰に吊した愛銃「デスペナルティー」と「アナイアレイター」を抜き放ち、銃口を迫り来る敵兵に向ける。
1発、2発、ダブルバレルの拳銃から弾丸を撃ち出し、敵歩兵を仕留めていく。
3発、4発、続けざまに射撃を加えるが、いかんせん敵の数が多い。
さらに後方から、黒光りする巨体が現れた。大柄な「ヴィクトリー号」よりも、さらに大きなそれは、帝国軍が誇る騎兵戦力「魔導アーマー」だった。まるで、牙を剥く獣のように口に似た装甲が開き、巨大な砲身がせり出す。そしてメルウィブは、魔導カノンの輝きを見た。
「ッ!!」
咄嗟に足で「ヴィクトリー号」の腹を蹴って駆け出させたことで、どうにか直撃を免れたが直ぐ側に土煙が上がる。だが、着弾時の爆音で耳をやられたらしい。
奇妙な静けさの中、メルウィブは自分の身体が倒れつつあるのを感じていた。足に暖かさを感じる。血だ。だが、自分のものではない。
帝国兵の放った弾丸がチョコボ装甲を貫き、「ヴィクトリー号」に致命傷をあたえたのだと知ったのは、後のことである。
目覚めたメルウィブが最初に見たのは、見慣れた船室の天井だった。
黒渦団総旗艦「トライアンフ号」。その後部に設置された船長室だ。
「て、提督が目を覚ましました! 大甲将、大甲将殿ッ!」
衛生兵らしい男が駆けだしていってから、しばらくして大男が室内に入ってきた。
「少々、寝坊が過ぎやしませんかね、提督」
その男、エインザルは笑みを浮かべていたが、汚れ放題の顔には疲労の色が見て取れた。
「あれから何日経った。状況は?」
「二日……。今はメルトール海峡の洋上、お察しのとおり、トライアンフの中ですよ」
エインザルは、これまでの出来事を淡々と語った。
帝国兵の銃撃を受け、「ヴィクトリー号」が絶命したこと。そして、チョコボと共に倒れ込んだ際に頭を強打し、昏倒した彼女を海賊団「断罪党」の者たちが担いで撤退してきたこと。
ちなみにローズウェンは最後まで徹底抗戦を貫こうとしたが、普段は対立しているはずの海賊団「百鬼夜行」の頭目、カルヴァランが、無理矢理に自分のチョコボの上に引っ張り上げ、拐うようにして脱出させたのだという。まるでイシュガルド騎士のような、華麗な手綱さばきだったというから驚きだ。よほどこの件が屈辱的だったのか、ローズウェンは今でもカルヴァランを「へたれ」と罵っているらしい。
ともかく撤退した黒渦団の将兵は、ほかの同盟軍部隊と共にザナラーンまで退き、部隊を再編。ベスパーベイに停泊させていた艦隊に分乗し、「リムサ・ロミンサ」に向かっているところだという。
「ウルダハの錬金術師どもは、絶対安静だとか抜かして、
提督を動かしたがりませんでしたがね。
とはいえ、アンタは傾きかけた船から、逃げ出すような船長にはなりたくないでしょう?」
メルウィブは故郷「リムサ・ロミンサ」を、しばしば船に例え「巨艦」と呼んでいた。
その船長であり、提督である彼女は、被災した故郷に一刻も早く戻るべきだと、エインザルは判断したのだろう。
むろん意識があったら、どんな怪我を負っていてもそうしたはずだと、彼女は思う。以心伝心、己の意思をくみ取り、行動してくれた男を頼もしく感じる。
「して、あの者は無事なのか?」
当然の質問を、メルウィブは口にした。当たり前のことを尋ねたつもりだった。
しかし、返ってきた言葉は、察しの良い腹心とは思えぬものだった。
「あの者? いったい、誰のことです?」
確かに撤退を決意したあの時、自分は「誰か」の無事を願い、「優先して逃がせ!」と命じたはずだ。だが、誰のことを?
当然のことが思い出せないことに、メルウィブは驚愕した。
しかし、結局のところ、頭を強く打った影響だろうとエインザルにいなされてしまっては、自分を納得させるしかなかった。
何より、その後の数日は怒濤のように過ぎていったのだ。
故郷、バイルブランド島に近づいた艦隊は、洋上を漂流する幾人もの人々を拾い上げることになった。ガラディオン湾に降り注いだダラガブの破片は、津波を生み出していた。彼らは、それに巻き込まれた者たちだった。
また、艦隊を導くはずの「シリウス大灯台」には、不気味な橙色のクリスタルが固着し、美しくも恐ろしい姿に変貌していた。
ゴッズグリップの岬によって「モラビー造船廠」が津波から護られていたのは、不幸中の幸いといえるだろう。この港湾施設に「トライアンフ号」以下の残存艦を集結させたメルウィブは、当地に臨時指揮所を設立すると、ただちに復興支援艦隊を編成して送り出した。
救えた命もあれば、救えなかった命もある。
寝る間もなく、救助活動の指揮をとっていたメルウィブだったが、いつまでも頭の片隅には「誰か」の存在がひっかかり続けた。それでも、がむしゃらに働くしかなかった。
瞬く間に歳月が過ぎ去り、モラビー造船廠の臨時指揮所が解体され、「リムサ・ロミンサ」に指揮系統を移転する日が訪れた。
今後、モラビー造船廠は、本来の「船を造る」という役目に立ち戻ることになる。その第一号として、黒渦団の軍艦が建造されることが、先日決定された。
新造船の名付け親になるよう依頼されたメルウィブは、迷わず「ヴィクトリー号」と命名した。あの日、掴めなかった勝利を、今度こそ手にするために。
そして、いつか再会するであろう「誰か」と共に勝利を祝うために……。
第七霊災回顧録② 「女王陛下と7人のララフェル」(The Sultana’s Seven)
ウルダハ王宮のテラスから不滅隊の将兵を見送ったのは、すでに数日前のことだ。
死を司る神の名を冠した「ザル大門」をくぐることで、一度「死」を経験し、戦場での死を避けるという古来からの願掛けに従い、部隊は東の主門から出陣していった。
彼らの姿が荒野の砂塵に消えるまで、ウルダハ第十七代国王ナナモ・ウル・ナモは、決してテラスから離れようとしなかった。
それからというもの、ナナモの様子は一変した。
常に緊張した面持ちを崩さず、それでいて落ち着きがなく、政務に集中できない。あまつさえ、食事もまともに喉が通らないという有様。そんな時に頼りになるはずの男、ラウバーン・アルディンが不在とあっては、侍女たちには為す術がない。
ラウバーンは王家を補佐する「砂蠍衆」のひとりだが、同時にグランドカンパニー「不滅隊」の最高司令官でもある。当然、ガレマール帝国軍との決戦に際して、主力部隊を率いて出陣していた。
『妾は、齢十六にもなろうというのに、まるで幼子のようではないか……』
そう思ってはみても、食事は喉を通ってくれない。
またしても、ほとんど手を付けぬまま食卓を後にしたナナモを見守る影があった。
ピピン・タルピン。ラウバーンが後見人を務めるララフェル族の元孤児だ。不滅隊の将校でもある彼は、カルテノーへの従軍を望んでいたが、義父の命により王宮に留まっていた。女王の精神的支えとなるようにとのラウバーンの配慮であったが、ピピンが代役を務め切れていないことは、誰の目にも明らかだった。
不安な日々は泥のようにゆっくりと流れてゆく。しかしそれでも、来たるべき日というものは来るものだ。
「ナナモ陛下、同盟軍本隊よりリンクシェル通信です。
カルテノーの地で、戦端が開かれました!」
王宮の議場「香煙の間」においてピピンから報告を受けたナナモは、「そうか」と一言だけ答えた。あまりに反応が薄いことにピピンは戸惑った様子だったが、同席していたヒューラン族の青年は意に介した様子もなく、ずけずけと物を言う。
「そんな調子では困りますよ、ナナモ陛下。
あなたには、まだ務めが残されているのですから」
軽薄そうな面構えのその男、サンクレッドは「救世詩盟」なる組織の一員であり、相談役として王宮への出入りが許されている人物だった。
「小娘である妾に、何ができるというのじゃ!」
ナナモは八つ当たりと解っていながら、そう叫んだ。だが、怒気をはらんだ女王の声に対しても、サンクレッドは動じた様子もない。
「その元気があるなら大丈夫でしょう。
これより、陛下にはアルダネス聖櫃堂に向かっていただきます。
ザル神の秘石を前に、祈りを捧げていただかねばなりません。
エオルゼアを救う、十二神を降ろすためにね」
神降ろし。これこそ、ラウバーンたちが戦場に向かった目的だ。
今にも落下せんとする月の衛星「ダラガブ」を押し返し、エオルゼアを第七霊災から救うため、エオルゼア十二神を召喚する。その秘術を成すためには、多くの「祈り」の力が必要だ。発案者でもある賢人ルイゾワから聞いた作戦概要を、ナナモは思い出していた。
「たとえあなたが小娘であったとしても、民を思う気持ちが……
守りたい大切な人がいるなら、その強い祈りは神を呼ぶ力となるのです。
ですから、陛下、よろしいですね?」
しばしの沈黙。
駄々をこねていた自分を恥じたナナモは、ただ黙って頷くと駆けだした。護衛のピピンを伴って。
「やれやれ、世話のかかる女王陛下だ」
かくしてナナモとピピンは、ひんやりとしたアルダネス聖櫃堂の床に膝をつき、祈りを捧げることとなった。女王を焚きつけたサンクレッドは、ウルダハにあるもう一方の聖堂「ミルバネス礼拝堂」に向かったため、この場にはいない。
ナナモは一心不乱に祈りを捧げた。ウルダハの守護神、双子の神「ナルザル」に……エオルゼアの救済を、ウルダハの守護を、そしてラウバーンの生還を。
数時間にわたる祈りの時は、一瞬にして過ぎ去った。途中、轟音と共に激震が奔り、方々から悲鳴が聞こえてきても、ナナモは祈りを止めることはなかった。
混沌がにわかにウルダハを包み込みつつあったその時、二人が祈りを捧げていた「ザル神の秘石」が輝きを放った。神像を支える秘石から、光の柱が立ち上る。
この時、確かに彼女は直感した。神は降りた!
そして夢か現か、ナナモは祈りの中で賢人ルイゾワの声を聞いた。
『エオルゼアの新生を……』
いつの間にか気を失い、地に伏していたナナモは聖堂内に響く足音で目を覚ました。直ぐ側では同じく倒れていたらしいピピンが、頭を振りながら立ち上がろうとしている。
しばしぼんやりと、光の消えた「ザルの秘石」を見ていたナナモだったが、ひとりの男の絶叫で我に返る。
「た、大変だ! サファイアアベニューで暴動だ!
我を失った市民たちが略奪を始めてやがる!」
ナル・ザル教団の呪術士らしい男が、血相を変えて聖堂に飛び込んできていた。どうにか本来の役目を思い出したらしいピピンが、すかさず進言する。
「危険です、ナナモ陛下。王宮まで戻りましょう!」
対するナナモの反応は早かった。
「ならぬ!」
すくと立ち上がったナナモが周囲を見回す。
呪術士たちの総本山でもある「アルダネス聖櫃堂」の内部では、司祭たちが貴重な神具や書物を暴徒から守ろうと、走り回っていた。その中に、血走った目で部下に指示を出す小男の姿があった。聖櫃堂の総司教、大導師ムムエポだ。
「いいか、お前たち~、暴徒どもを聖堂に入れてはならんぞ~。
近づいてきたらファイアで焼き払え~!」
おぞましい指示を飛ばすムムエポを見たナナモは、怒りに満ちた表情で叫ぶ。
「民を焼くなど、それでも聖職者か!」
一喝したナナモは続ける。
「民を守るは王の務め! 恐怖に溺れた民を、妾が救い出す!
誰か、妾に力を貸す者はおらぬか!」
迫る暴徒を前に立ち上がった女王の姿を見て、ピピンが前に出る。
「ここに! 我が義父ラウバーンに代わり、このピピンをお使いください!」
だが、この言葉に続いて集まったのは、護衛役の近衛騎士パパシャンと、兄弟らしい呪術士ギルドの若者5人だけであった。ある者は怖じ気付いて腰を抜かし、ある者は財を守らんと奔走し、女王のことなど見ていなかったのだ。
それでもナナモは進んだ。奇しくもララフェル族ばかりの7人が円陣を組み、女王ナナモを護りつつ、混沌のるつぼと化した市街地を進んでゆく。
美しいウルダハの回廊には、暴徒と化した群衆が溢れていた。商店を襲う者、逃げ惑う商人、親とはぐれた子ども……恐慌状態に陥った人々の前に立ち、ナナモが声を上げる。
「パパシャン、閃光を放て!」
女王の号令一下、年老いた近衛騎士が「閃光(フラッシュ)」を放つ。
「呪術士たちよ、ありったけの魔法を放て!」
5名の若き呪術士が、ファイア、サンダー、ブリザドを空に向かって乱れ撃つ。特に顔面を包帯で覆った若者は、巨大な炎を巻き上がらせ、暴徒たちの目をひいた。
「ピピン、妾を持ち上げるのじゃ!」
小柄なララフェル族であるピピンが、その肩にナナモを乗せ、渾身の力で立ち上がる。その上でナナモは、声を張り上げた。
「聞け、ウルダハの民よ! 聞け、砂の民よ!
今、エオルゼアの地に、第七霊災が訪れようとしている!
だが、私たちは生きている! そして、明日をも生きてゆかねばならぬ!
倒れた者の財を奪うのではなく、助け起こして共に財を築くことを考えよ!
今、お主たちが送り出した不滅隊は……
ラウバーンたちは、カルテノーの地で戦っている!
彼らはウルダハを守るため、そなたらを守るため、命を賭しているのだ!
そんな彼らが帰ってきたとき、廃墟と化した都を見せるというのか!
今、起こっていることが第七霊災だというのなら、七度目の星暦を築くまでのこと!
恐怖に溺れるな! 絶望に呑まれるな!
妾と共に、この傷ついたウルダハを、エオルゼアを新生させるのじゃ!」
小さな女王のこの演説により、暴徒は鎮まり、やがて組織的な救助活動が始まった。
数日後、生を司る神の名を冠した「ナル大門」をくぐって帰還した不滅隊の生き残りたちは、まるで死者の群れのように疲弊していたが、それでも彼らには帰る家が残されていた。
復興作業に明け暮れる日々がしばし続いた後、ナナモはナル・ザル教団に対して王令を発し、総司教ムムエポを罷免させた。傀儡である女王にさほどの力はなかったが、ピピンが裏から手を回し、ムムエポの不正蓄財の証拠を集めて教団を脅したことが功を奏して、彼は収監された。
そして後任の呪術士ギルドマスターの座には、あの日、ナナモを守るために立ち上がった包帯巻きの若者と、その4人の弟たちを据えた。
ナナモは、時折思い出す。第七霊災が訪れたあの日のことを。
確かにあのとき、玉座を飾る魔法人形(マメット)と揶揄される彼女は、「王」としての務めを果たすことができた。だからこそ、「王」としての最後の務めもまた、果たすことができるはずだ。
死を司る神の名を冠した「ザル大門」をくぐることで、一度「死」を経験し、戦場での死を避けるという古来からの願掛けに従い、部隊は東の主門から出陣していった。
彼らの姿が荒野の砂塵に消えるまで、ウルダハ第十七代国王ナナモ・ウル・ナモは、決してテラスから離れようとしなかった。
それからというもの、ナナモの様子は一変した。
常に緊張した面持ちを崩さず、それでいて落ち着きがなく、政務に集中できない。あまつさえ、食事もまともに喉が通らないという有様。そんな時に頼りになるはずの男、ラウバーン・アルディンが不在とあっては、侍女たちには為す術がない。
ラウバーンは王家を補佐する「砂蠍衆」のひとりだが、同時にグランドカンパニー「不滅隊」の最高司令官でもある。当然、ガレマール帝国軍との決戦に際して、主力部隊を率いて出陣していた。
『妾は、齢十六にもなろうというのに、まるで幼子のようではないか……』
そう思ってはみても、食事は喉を通ってくれない。
またしても、ほとんど手を付けぬまま食卓を後にしたナナモを見守る影があった。
ピピン・タルピン。ラウバーンが後見人を務めるララフェル族の元孤児だ。不滅隊の将校でもある彼は、カルテノーへの従軍を望んでいたが、義父の命により王宮に留まっていた。女王の精神的支えとなるようにとのラウバーンの配慮であったが、ピピンが代役を務め切れていないことは、誰の目にも明らかだった。
不安な日々は泥のようにゆっくりと流れてゆく。しかしそれでも、来たるべき日というものは来るものだ。
「ナナモ陛下、同盟軍本隊よりリンクシェル通信です。
カルテノーの地で、戦端が開かれました!」
王宮の議場「香煙の間」においてピピンから報告を受けたナナモは、「そうか」と一言だけ答えた。あまりに反応が薄いことにピピンは戸惑った様子だったが、同席していたヒューラン族の青年は意に介した様子もなく、ずけずけと物を言う。
「そんな調子では困りますよ、ナナモ陛下。
あなたには、まだ務めが残されているのですから」
軽薄そうな面構えのその男、サンクレッドは「救世詩盟」なる組織の一員であり、相談役として王宮への出入りが許されている人物だった。
「小娘である妾に、何ができるというのじゃ!」
ナナモは八つ当たりと解っていながら、そう叫んだ。だが、怒気をはらんだ女王の声に対しても、サンクレッドは動じた様子もない。
「その元気があるなら大丈夫でしょう。
これより、陛下にはアルダネス聖櫃堂に向かっていただきます。
ザル神の秘石を前に、祈りを捧げていただかねばなりません。
エオルゼアを救う、十二神を降ろすためにね」
神降ろし。これこそ、ラウバーンたちが戦場に向かった目的だ。
今にも落下せんとする月の衛星「ダラガブ」を押し返し、エオルゼアを第七霊災から救うため、エオルゼア十二神を召喚する。その秘術を成すためには、多くの「祈り」の力が必要だ。発案者でもある賢人ルイゾワから聞いた作戦概要を、ナナモは思い出していた。
「たとえあなたが小娘であったとしても、民を思う気持ちが……
守りたい大切な人がいるなら、その強い祈りは神を呼ぶ力となるのです。
ですから、陛下、よろしいですね?」
しばしの沈黙。
駄々をこねていた自分を恥じたナナモは、ただ黙って頷くと駆けだした。護衛のピピンを伴って。
「やれやれ、世話のかかる女王陛下だ」
かくしてナナモとピピンは、ひんやりとしたアルダネス聖櫃堂の床に膝をつき、祈りを捧げることとなった。女王を焚きつけたサンクレッドは、ウルダハにあるもう一方の聖堂「ミルバネス礼拝堂」に向かったため、この場にはいない。
ナナモは一心不乱に祈りを捧げた。ウルダハの守護神、双子の神「ナルザル」に……エオルゼアの救済を、ウルダハの守護を、そしてラウバーンの生還を。
数時間にわたる祈りの時は、一瞬にして過ぎ去った。途中、轟音と共に激震が奔り、方々から悲鳴が聞こえてきても、ナナモは祈りを止めることはなかった。
混沌がにわかにウルダハを包み込みつつあったその時、二人が祈りを捧げていた「ザル神の秘石」が輝きを放った。神像を支える秘石から、光の柱が立ち上る。
この時、確かに彼女は直感した。神は降りた!
そして夢か現か、ナナモは祈りの中で賢人ルイゾワの声を聞いた。
『エオルゼアの新生を……』
いつの間にか気を失い、地に伏していたナナモは聖堂内に響く足音で目を覚ました。直ぐ側では同じく倒れていたらしいピピンが、頭を振りながら立ち上がろうとしている。
しばしぼんやりと、光の消えた「ザルの秘石」を見ていたナナモだったが、ひとりの男の絶叫で我に返る。
「た、大変だ! サファイアアベニューで暴動だ!
我を失った市民たちが略奪を始めてやがる!」
ナル・ザル教団の呪術士らしい男が、血相を変えて聖堂に飛び込んできていた。どうにか本来の役目を思い出したらしいピピンが、すかさず進言する。
「危険です、ナナモ陛下。王宮まで戻りましょう!」
対するナナモの反応は早かった。
「ならぬ!」
すくと立ち上がったナナモが周囲を見回す。
呪術士たちの総本山でもある「アルダネス聖櫃堂」の内部では、司祭たちが貴重な神具や書物を暴徒から守ろうと、走り回っていた。その中に、血走った目で部下に指示を出す小男の姿があった。聖櫃堂の総司教、大導師ムムエポだ。
「いいか、お前たち~、暴徒どもを聖堂に入れてはならんぞ~。
近づいてきたらファイアで焼き払え~!」
おぞましい指示を飛ばすムムエポを見たナナモは、怒りに満ちた表情で叫ぶ。
「民を焼くなど、それでも聖職者か!」
一喝したナナモは続ける。
「民を守るは王の務め! 恐怖に溺れた民を、妾が救い出す!
誰か、妾に力を貸す者はおらぬか!」
迫る暴徒を前に立ち上がった女王の姿を見て、ピピンが前に出る。
「ここに! 我が義父ラウバーンに代わり、このピピンをお使いください!」
だが、この言葉に続いて集まったのは、護衛役の近衛騎士パパシャンと、兄弟らしい呪術士ギルドの若者5人だけであった。ある者は怖じ気付いて腰を抜かし、ある者は財を守らんと奔走し、女王のことなど見ていなかったのだ。
それでもナナモは進んだ。奇しくもララフェル族ばかりの7人が円陣を組み、女王ナナモを護りつつ、混沌のるつぼと化した市街地を進んでゆく。
美しいウルダハの回廊には、暴徒と化した群衆が溢れていた。商店を襲う者、逃げ惑う商人、親とはぐれた子ども……恐慌状態に陥った人々の前に立ち、ナナモが声を上げる。
「パパシャン、閃光を放て!」
女王の号令一下、年老いた近衛騎士が「閃光(フラッシュ)」を放つ。
「呪術士たちよ、ありったけの魔法を放て!」
5名の若き呪術士が、ファイア、サンダー、ブリザドを空に向かって乱れ撃つ。特に顔面を包帯で覆った若者は、巨大な炎を巻き上がらせ、暴徒たちの目をひいた。
「ピピン、妾を持ち上げるのじゃ!」
小柄なララフェル族であるピピンが、その肩にナナモを乗せ、渾身の力で立ち上がる。その上でナナモは、声を張り上げた。
「聞け、ウルダハの民よ! 聞け、砂の民よ!
今、エオルゼアの地に、第七霊災が訪れようとしている!
だが、私たちは生きている! そして、明日をも生きてゆかねばならぬ!
倒れた者の財を奪うのではなく、助け起こして共に財を築くことを考えよ!
今、お主たちが送り出した不滅隊は……
ラウバーンたちは、カルテノーの地で戦っている!
彼らはウルダハを守るため、そなたらを守るため、命を賭しているのだ!
そんな彼らが帰ってきたとき、廃墟と化した都を見せるというのか!
今、起こっていることが第七霊災だというのなら、七度目の星暦を築くまでのこと!
恐怖に溺れるな! 絶望に呑まれるな!
妾と共に、この傷ついたウルダハを、エオルゼアを新生させるのじゃ!」
小さな女王のこの演説により、暴徒は鎮まり、やがて組織的な救助活動が始まった。
数日後、生を司る神の名を冠した「ナル大門」をくぐって帰還した不滅隊の生き残りたちは、まるで死者の群れのように疲弊していたが、それでも彼らには帰る家が残されていた。
復興作業に明け暮れる日々がしばし続いた後、ナナモはナル・ザル教団に対して王令を発し、総司教ムムエポを罷免させた。傀儡である女王にさほどの力はなかったが、ピピンが裏から手を回し、ムムエポの不正蓄財の証拠を集めて教団を脅したことが功を奏して、彼は収監された。
そして後任の呪術士ギルドマスターの座には、あの日、ナナモを守るために立ち上がった包帯巻きの若者と、その4人の弟たちを据えた。
ナナモは、時折思い出す。第七霊災が訪れたあの日のことを。
確かにあのとき、玉座を飾る魔法人形(マメット)と揶揄される彼女は、「王」としての務めを果たすことができた。だからこそ、「王」としての最後の務めもまた、果たすことができるはずだ。
第七霊災回顧録③ 「去りし友、来たりし友」(Of Friends Lost and Found)
カルテノーの戦いは、無数の死傷者を出して終結した。
月の衛星「ダラガブ」の破片が無数に降り注いだ平原は、無残に荒れ果て、まるで「七獄」が地上に現れたかのような様相を見せている。
「カヌ・エさま! 生存者です!」
その呼び声を聞き、カヌ・エ・センナは振り返った。
泥まみれの軍装に身を包んだ双蛇党の兵士が、大きく手を振っている。
「こちらです、魔導アーマーの残骸の下からうめき声が!」
カヌ・エが駆け寄ると、確かに黒い残骸の下から微かに声が聞こえた。
5名ほどの兵が集まり、力を合わせて慎重に残骸を押しのける。だが、その下から現れたのは、双蛇党の兵ではなく、ましてやエオルゼア同盟軍の者でもなかった。
魔導アーマーと同じ色の軍装に身を包んだガレマール帝国軍の兵だ。
まだ少年と呼べるほどの若い敵兵が、腹部から血を流し、苦しげにうめいている。種族はヒューラン族。おそらく属州で徴兵されてきたのであろう若者が、エオルゼアという異郷で死に瀕していた。
「まだ息はあるようだが……ひと思いに……」
兵の中から大柄のエレゼン族が歩み出ると、翡翠色の剣を抜き放った。
「おやめなさい。帝国の兵なれど、今はただの怪我人です。
無抵抗な者を殺め、その手を血で穢すことは許しません」
何か言いたげではあったが、兵は引き下がった。
カヌ・エは、珪化木で作られた愛杖「クラウストルム」をかざし、精神を集中させる。
「清らかな命の風よ、巡りてこの者の傷を癒やせ……」
囁くように詠唱すると、柔らかな風が巻き起こり、地に伏した若者の身体を包み込んだ。
苦痛により強張った若者の顔が、目に見えて解きほぐされていく。
「これで命は取り留めましょう……。
しかし、油断は禁物です。ただちに、後方に搬送し、安静にさせるように」
「ハッ……かしこまりました!」
双蛇党の兵たちは、ぐったりとした若者を運んでいった。
その後も、カヌ・エは敵味方問わず、幾人もの負傷者の命を救った。しかし、発見した戦死者の数は、あまりにも多すぎた。
『これほどの犠牲を払ってなお、第七霊災を防げなかったなんて……』
森の都「グリダニア」を束ねる者として、カヌ・エは多くの者を戦場に導いてきた。それは、「第七霊災」という災厄を未然に防ぐための選択であったはずだ。
しかし、結果としてダラガブは堕ち、その内より現れた「黒き蛮神」が世界を焼き尽くした。第七霊災は防げなかったのだ。
自分はいたずらに人々を死地に送り込んでしまったのではないか。戦いが終結した後もカルテノーに残り、生存者の捜索と救助を指揮していたカヌ・エは、自分の決断が正しかったのか自問自答を続けていた。
むろん故郷「グリダニア」の様子も心配であったが、当地には「三重の幻術皇」である妹や弟、さらには熟練の道士たちが残っている。彼らが最善を尽くしてくれるであろうと信じることができたからこそ、彼女は戦いを導いた者の責務として戦場に残り続けていた。
その後も、不眠不休の救助活動は続き、少なくない数の命が救われた。
しかし、数日も過ぎる頃には、生存者の発見数が目に見えて落ち込み始めた。仲間の命を救える可能性があったからこそ踏みとどまっていた将兵たちの間で、帰国を望む声が次第に大きくなっていった。彼らの中には、故郷に家族を残してきた者も多い。心配するなという方が無理なのだ。
『そろそろ限界ね……』
そう感じたカヌ・エは、高級将校を集め、部隊の撤収準備に入るように指示した。
そして自分はひとり、再び戦場跡に足を向けた。彼女には捜し物があったのだ。
気にはかけていながらも、救助活動に忙しく探しに出ることができないでいたもの。記憶と残留エーテルを頼りに、彼女は数時間に渡り、荒れ果てた大地を彷徨い……そして見つけ出した。
『あぁ、良かった……』
死灰のようにくすんだ色の岩影に隠れ、折れて砕けた杖が残されていた。
名杖「トゥプシマティ」。カヌ・エ自身は詳しい由来を知らなかったが、生まれながらにして魔法的感性に優れた角尊ゆえに、彼女はその杖に込められた力を感覚的に理解していた。
賢人ルイゾワの生還が適わなかった今、せめてその遺品だけでも、彼の遺志を継ぐ者に届けたい。その一心で探していたものを、撤退を間近に控えた今、ようやく見つけることができた幸運に彼女は感謝した。カヌ・エは、賢人ルイゾワの導きを感じずにはいられなかった。
後日、「グリダニア」に帰還したカヌ・エは、当地で復興活動に協力していたシャーレアンの賢人たちと再会した。ヒューラン族のイダと、ララフェル族のパパリモ。いずれもルイゾワが結成した組織「救世詩盟」の一員である。
「お二方にお渡ししたいものがあります……」
そう言って差し出したのは、木工師ギルド製の紫檀の木箱に収められた「トゥプシマティ」である。
「ルイゾワのじっちゃん……」
砕け散った杖を見たことで、ようやく師と仰いだ者の死を実感したのか、二人はさめざめと泣いた。
普段から感情を表に出すイダのみならず、冷静な毒舌家のパパリモさえもが、人目をはばからず涙を流した。大粒の涙を、滝のように……。
しばらくして冷静さを取り戻したパパリモは、「トゥプシマティ」の来歴を語ってくれた。
その杖頭は、古の時代に刻まれた霊験あらたかな二枚の「石板」と、シャーレアンの秘宝と伝えられる「角笛」によって作られていること。そして、「トゥプシマティ」こそが、「神降ろし」の秘術を成すための鍵であると賢人ルイゾワが語っていたとも。
「もう壊れてしまったけど、これが他人の手に渡らなくて、良かったと思います。
ルイゾワのじっちゃんを除けば、トゥプシマティを使いこなせる人はいないけれど、
神降ろしの鍵になるような品が、悪意ある者の手に渡ればどうなるか……」
「ありがとうございます、カヌ・エさま」
「これで改めて再出発できそうです……。
僕たち、新しい組織を、立ち上げることになったんですよ」
二人の賢人は、決まったばかりだという計画を教えてくれた。
異能者たちによって作られた「十二跡調査会」と、シャーレアンの賢人たちが構成する「救世詩盟」、そのふたつの組織を統合して新組織を立ち上げることを。
賢人ルイゾワが目指した「エオルゼアの救済」のため、未だこの地に残る蛮神問題をはじめとする諸問題に取り組むつもりだという。
偉大なる賢人ルイゾワは、カルテノーの地で散った。だが、その志を継ぐ者が、エオルゼアには残っている。カヌ・エは、彼らの存在を心強く感じると共に、前を向いて歩む姿を見習おうと決意した。
あれから5年が経った今でも、カヌ・エは自問することがある。カルテノーの地で死した者たちに、賢人ルイゾワに、誇れる生き方ができているのかと。
「カヌ・エさま、精霊評議会のお時間です……」
その呼び声を聞き、カヌ・エ・センナは振り返った。
純白の革鎧を来たヒューラン族の若者、霊災後に創設した幻術皇直属の衛兵隊「白蛇の守人」のひとりが佇んでいる。あの時、魔導アーマーの下から救い出された少年は、今や立派な若者に成長し、命の恩人でもあるカヌ・エの護衛となっていた。
「それでは不語仙の座卓にまいりましょうか」
たとえ敵として出会ったとしても、理解し合うことができれば、友にもなることができる。
賢人ルイゾワが生きている者たちに託した「新生」の希望を成すため、去りし友に祈りを捧げ、来たりし友と共に歩んでいこう。
カヌ・エ・センナは、木漏れ日が落ちる小道を歩み、政務に向かった。
月の衛星「ダラガブ」の破片が無数に降り注いだ平原は、無残に荒れ果て、まるで「七獄」が地上に現れたかのような様相を見せている。
「カヌ・エさま! 生存者です!」
その呼び声を聞き、カヌ・エ・センナは振り返った。
泥まみれの軍装に身を包んだ双蛇党の兵士が、大きく手を振っている。
「こちらです、魔導アーマーの残骸の下からうめき声が!」
カヌ・エが駆け寄ると、確かに黒い残骸の下から微かに声が聞こえた。
5名ほどの兵が集まり、力を合わせて慎重に残骸を押しのける。だが、その下から現れたのは、双蛇党の兵ではなく、ましてやエオルゼア同盟軍の者でもなかった。
魔導アーマーと同じ色の軍装に身を包んだガレマール帝国軍の兵だ。
まだ少年と呼べるほどの若い敵兵が、腹部から血を流し、苦しげにうめいている。種族はヒューラン族。おそらく属州で徴兵されてきたのであろう若者が、エオルゼアという異郷で死に瀕していた。
「まだ息はあるようだが……ひと思いに……」
兵の中から大柄のエレゼン族が歩み出ると、翡翠色の剣を抜き放った。
「おやめなさい。帝国の兵なれど、今はただの怪我人です。
無抵抗な者を殺め、その手を血で穢すことは許しません」
何か言いたげではあったが、兵は引き下がった。
カヌ・エは、珪化木で作られた愛杖「クラウストルム」をかざし、精神を集中させる。
「清らかな命の風よ、巡りてこの者の傷を癒やせ……」
囁くように詠唱すると、柔らかな風が巻き起こり、地に伏した若者の身体を包み込んだ。
苦痛により強張った若者の顔が、目に見えて解きほぐされていく。
「これで命は取り留めましょう……。
しかし、油断は禁物です。ただちに、後方に搬送し、安静にさせるように」
「ハッ……かしこまりました!」
双蛇党の兵たちは、ぐったりとした若者を運んでいった。
その後も、カヌ・エは敵味方問わず、幾人もの負傷者の命を救った。しかし、発見した戦死者の数は、あまりにも多すぎた。
『これほどの犠牲を払ってなお、第七霊災を防げなかったなんて……』
森の都「グリダニア」を束ねる者として、カヌ・エは多くの者を戦場に導いてきた。それは、「第七霊災」という災厄を未然に防ぐための選択であったはずだ。
しかし、結果としてダラガブは堕ち、その内より現れた「黒き蛮神」が世界を焼き尽くした。第七霊災は防げなかったのだ。
自分はいたずらに人々を死地に送り込んでしまったのではないか。戦いが終結した後もカルテノーに残り、生存者の捜索と救助を指揮していたカヌ・エは、自分の決断が正しかったのか自問自答を続けていた。
むろん故郷「グリダニア」の様子も心配であったが、当地には「三重の幻術皇」である妹や弟、さらには熟練の道士たちが残っている。彼らが最善を尽くしてくれるであろうと信じることができたからこそ、彼女は戦いを導いた者の責務として戦場に残り続けていた。
その後も、不眠不休の救助活動は続き、少なくない数の命が救われた。
しかし、数日も過ぎる頃には、生存者の発見数が目に見えて落ち込み始めた。仲間の命を救える可能性があったからこそ踏みとどまっていた将兵たちの間で、帰国を望む声が次第に大きくなっていった。彼らの中には、故郷に家族を残してきた者も多い。心配するなという方が無理なのだ。
『そろそろ限界ね……』
そう感じたカヌ・エは、高級将校を集め、部隊の撤収準備に入るように指示した。
そして自分はひとり、再び戦場跡に足を向けた。彼女には捜し物があったのだ。
気にはかけていながらも、救助活動に忙しく探しに出ることができないでいたもの。記憶と残留エーテルを頼りに、彼女は数時間に渡り、荒れ果てた大地を彷徨い……そして見つけ出した。
『あぁ、良かった……』
死灰のようにくすんだ色の岩影に隠れ、折れて砕けた杖が残されていた。
名杖「トゥプシマティ」。カヌ・エ自身は詳しい由来を知らなかったが、生まれながらにして魔法的感性に優れた角尊ゆえに、彼女はその杖に込められた力を感覚的に理解していた。
賢人ルイゾワの生還が適わなかった今、せめてその遺品だけでも、彼の遺志を継ぐ者に届けたい。その一心で探していたものを、撤退を間近に控えた今、ようやく見つけることができた幸運に彼女は感謝した。カヌ・エは、賢人ルイゾワの導きを感じずにはいられなかった。
後日、「グリダニア」に帰還したカヌ・エは、当地で復興活動に協力していたシャーレアンの賢人たちと再会した。ヒューラン族のイダと、ララフェル族のパパリモ。いずれもルイゾワが結成した組織「救世詩盟」の一員である。
「お二方にお渡ししたいものがあります……」
そう言って差し出したのは、木工師ギルド製の紫檀の木箱に収められた「トゥプシマティ」である。
「ルイゾワのじっちゃん……」
砕け散った杖を見たことで、ようやく師と仰いだ者の死を実感したのか、二人はさめざめと泣いた。
普段から感情を表に出すイダのみならず、冷静な毒舌家のパパリモさえもが、人目をはばからず涙を流した。大粒の涙を、滝のように……。
しばらくして冷静さを取り戻したパパリモは、「トゥプシマティ」の来歴を語ってくれた。
その杖頭は、古の時代に刻まれた霊験あらたかな二枚の「石板」と、シャーレアンの秘宝と伝えられる「角笛」によって作られていること。そして、「トゥプシマティ」こそが、「神降ろし」の秘術を成すための鍵であると賢人ルイゾワが語っていたとも。
「もう壊れてしまったけど、これが他人の手に渡らなくて、良かったと思います。
ルイゾワのじっちゃんを除けば、トゥプシマティを使いこなせる人はいないけれど、
神降ろしの鍵になるような品が、悪意ある者の手に渡ればどうなるか……」
「ありがとうございます、カヌ・エさま」
「これで改めて再出発できそうです……。
僕たち、新しい組織を、立ち上げることになったんですよ」
二人の賢人は、決まったばかりだという計画を教えてくれた。
異能者たちによって作られた「十二跡調査会」と、シャーレアンの賢人たちが構成する「救世詩盟」、そのふたつの組織を統合して新組織を立ち上げることを。
賢人ルイゾワが目指した「エオルゼアの救済」のため、未だこの地に残る蛮神問題をはじめとする諸問題に取り組むつもりだという。
偉大なる賢人ルイゾワは、カルテノーの地で散った。だが、その志を継ぐ者が、エオルゼアには残っている。カヌ・エは、彼らの存在を心強く感じると共に、前を向いて歩む姿を見習おうと決意した。
あれから5年が経った今でも、カヌ・エは自問することがある。カルテノーの地で死した者たちに、賢人ルイゾワに、誇れる生き方ができているのかと。
「カヌ・エさま、精霊評議会のお時間です……」
その呼び声を聞き、カヌ・エ・センナは振り返った。
純白の革鎧を来たヒューラン族の若者、霊災後に創設した幻術皇直属の衛兵隊「白蛇の守人」のひとりが佇んでいる。あの時、魔導アーマーの下から救い出された少年は、今や立派な若者に成長し、命の恩人でもあるカヌ・エの護衛となっていた。
「それでは不語仙の座卓にまいりましょうか」
たとえ敵として出会ったとしても、理解し合うことができれば、友にもなることができる。
賢人ルイゾワが生きている者たちに託した「新生」の希望を成すため、去りし友に祈りを捧げ、来たりし友と共に歩んでいこう。
カヌ・エ・センナは、木漏れ日が落ちる小道を歩み、政務に向かった。
第七霊災回顧録④ 「彼女の15年」(The Walker’s Path)
最初に彼と出会ったのは、12歳のときだった。
彼の年齢は17歳。その差はたったの5歳ではあったけれど、まだ幼かった少女アリシアにとって、その若者、サンクレッドは随分と大人びて見えたものだ。
第六星暦1562年、アリシアは、帝国軍の二重スパイであった父親に連れられて、砂の都「ウルダハ」へとやって来た。そこで「事故」により父を失い、異郷の地で孤児となった彼女が正しく成長してこられたのは、ひとえに母親役を買って出てくれたミコッテ族の女性、フ・ラミンのお陰である。
だが、偶然にこの「事故」に居合わせたサンクレッドもまた、彼女にとって大きな支えとなってくれた。帝国軍に身を狙われぬようにと、偽名を名乗るように勧めてくれたのも彼だった。放浪の吟遊詩人である彼は常に側にいてくれた訳ではないが、仕事でウルダハに来ると、必ずといっていいほど彼女の様子を見に来てくれていた。
「ミンフィリア! 少々、遅れてしまったが、誕生日祝いを持ってきたぞ」
そんな「お兄さん」から、一通の封書を受け取ったのは、「ミンフィリア」という偽名もすっかり馴染んだ頃のこと。彼女は18歳になっていた。
誕生日祝いの品だというミスリル製の短剣と共に渡されたその手紙が、彼女の生き方を変えることになる。
差出人の名は、ルイゾワ・ルヴェユール。聞き覚えのない名を不思議に思うと同時に、優美な筆記体で記されたサインを、美しいと感じたことを今でもはっきりと覚えている。
「そいつを書いたのは、私の恩人でね。
リムサ・ロミンサでやんちゃ坊主をやっていた私を拾って、
まっとうな生き方を教えてくれた人なのさ」
「まっとうな生き方ですって?
行く先々で女の人を口説いて回る流れ者の吟遊詩人が、
まっとうな生き方だったなんて、はじめて知ったわ」
ミンフィリアの皮肉を、肩をすくめていなしたサンクレッドは、とにかく読むようにとせかした。仕方なく彼女は、封を開けて目を通し始め……そして凍り付いた。出だしの一文に、こう記されていたのだ。
『過去を視たことがあるそうですね』
確かにミンフィリアは、ちょうど一年ほど前から、たびたび幻視を経験していた。突然、幻のように現れる過去の出来事。そして導くように囁く、星の声……。
育ての母を心配させまいと、あえてフ・ラミンには伝えていない。しかし、謎めいた「お兄さん」と前回会ったときに、それとなく相談していたのだ。
「サンクレッド! あなた、あの話を他人にしたっていうの!?」
軽々しく秘密をもらしたサンクレッドに腹が立った。しかし、彼はいつになく真剣な表情でいう。
「すまないとは思っているよ、ミンフィリア。
でもね、私の恩師は、シャーレアンでも随一の賢人なんだ……。
その道の専門家といってもいい。だから落ち着いて、最後まで手紙を読んではくれないかな」
結局のところ、彼の判断は正しかったのだと今では思っている。
ミンフィリアは、賢人ルイゾワからの手紙で、自分に発現した異能が「超える力」と呼ばれるものだと初めて知った。そして、古の記録によれば、「霊災」が間近に迫る時代には、必ず「超える力」を持つ者が現れると記されていることも。大洪水が巻き起こった「第六霊災」から人々を救った「十二賢者」や、さらにそれ以前の古の英雄たちも、そうした異能者だったという。
もっとも古文書の全てが真実を書き記しているとは限らない。事実が脚色され、改変され、ねじ曲がっている可能性もある。しかし、そこには「超える力」のひとつの形として、「過去視」に関する言及もあるのだと、ルイゾワは綴っていた。
「あなた、本気なの?」
手紙を読み終えた彼女は、サンクレッドに聞いた。
「もちろんだよ、ミンフィリア。私も恩師も本気でそう思っている。
君が手にした『超える力』は、世界を霊災の危機から救う鍵になるとね」
それから、サンクレッドは語り始めた。
自分が、ルイゾワが結成した「救世詩盟」という一団の構成員であること。そして彼らが、ガレマール帝国の侵略に対抗するため、エオルゼアで活動していること……。さらには「事故」のときもサンクレッドが密命を帯びてウルダハを訪れていたと知り、彼女は驚いた。
「もちろん、君に異能があるからといって、世界を救えと命じるつもりはないよ。
ただ、力の意味を伝え、使い方を真剣に考えてみてほしいだけさ」
この出来事を境に、ミンフィリアは賢人ルイゾワと手紙のやりとりを行うようになった。同時に古の文献を紐解き、「超える力」とは何なのかを調べ始め、自分が何を成すべきなのかを考え続けた。
そしてミンフィリアが辿り着いたのが、同じく異能を持った者たちを集め、その力を正しく使う方法を探し求める組織を創るというものだった。このアイディアをルイゾワに伝えたところ、彼は歓迎の意を示してくれた。ただし、ひとつの忠告を付け加えることも忘れなかった。
『自分たちと異なる力を持つ者を、人は本能的に恐れ、排除しようとするもの。
異能の者を集める場合には、くれぐれも人々を恐れさせることのないように』
ミンフィリアは、賢人の言葉に従った。自分が立ち上げる組織を、表向きは「エオルゼア十二神の奇跡を調査する会派」とすることで、ありふれた宗教団体に見せかけたのである。
かくして「十二跡調査会」が誕生した。
この時、ミンフィリア20歳。まだまだ経験の少ない若者ではあったが、ルイゾワと「救世詩盟」の賢人たちの強力な後押しが、船出したばかりの組織にとって追い風となった。
優秀な人材が集い、ぽつりぽつりと異能の者が集まりはじめ、地道な活動が始まった。
時は流れ、第六星暦1572年。
ガレマール帝国の将、ネール・ヴァン・ダーナスによる「メテオ計劃」が明らかとなり、第七霊災近しと叫ばれはじめた頃。
ミンフィリアは、待ち望んでいたルイゾワ本人との面会を果たした。エオルゼア各都市の領袖たちとの会合のため、ウルダハを訪れていたルイゾワが、当時都市内に存在していた「砂の家」を訪れたのだ。
「はじめまして、というのは、少々おかしいでしょうか、ルイゾワ様」
「確かにいささか奇妙じゃな」
そう言って笑うルイゾワは、賢人というよりも孫娘を前にした好々爺といった面持ちであった。しかしながら彼が切り出したのは、あまりにも重い話だった。
月の衛星「ダラガブ」の落下を阻止するため、「エオルゼア十二神」を呼ぶ「神降ろし」を断行する。それは蛮神召喚とほぼ同義の禁忌の術であり、最悪の場合、エオルゼアの民すべてが十二神の「テンパード」になりかねない。これを阻止するための方法は、ただひとつ。
十二神の顕現を押しとどめ、その力のみを発現させること。そのために、召喚者たるルイゾワ自身が術の途上で自ら命を絶ち、十二神の蛮神化を阻止すると同時に、二度と「神降ろし」が行われぬようにする……。まさしく「決死の覚悟」であった。
「そんな! ほかに方法はないのですか!?」
必死に別の道を探すように求めたミンフィリアに対し、ルイゾワは静かに微笑んで首を振った。
「もしもこの老いぼれの命を惜しんでくれるのであれば、
代わりにひとつの仕事を頼まれてくれないかね」
ルイゾワは語った。自分の亡き後、盟主を失うことになる「救世詩盟」と「十二神調査会」とを統合し、新たな組織を立ち上げてほしい、と。彼がミンフィリアに託したのは、後の「暁の血盟」となる新組織の構想だった。
「待ってください、ルイゾワ様。私にあなたの代役なんて、務まるはずがありません!
こんな孤独な役目には耐えられません!」
カルテノー平原へと向かうルイゾワが自決を覚悟していることを知るのは、この時点でミンフィリアただ一人であった。「救世詩盟」の賢人たちの知るところになれば、止められるであろうと考えてのことらしい。
「辛い役目を押しつけることになるが、解っておくれ。
しかし、孤独ではないぞ。いつか必ず、お前さんを支える者が現れる。
お前さんと同じ『超える力』を持つ者が、必ずや光の意思に導かれ、現れるはずじゃ。
ゆえに決して絶望してはいかん。
どんなに暗い闇夜であっても、必ずや日は昇り、暁の時を迎えるのだから……」
ミンフィリアの手を固く握り、ルイゾワは切々と説いた。
数日後、賢人ルイゾワは、エオルゼア同盟軍と共に「カルテノーの戦い」に赴き、そして帰らぬ人となった。
第七霊災を経験した後、サンクレッドと再会したミンフィリアは、「救世詩盟」の賢人たちを呼び集めてもらい、ルイゾワに託されていた構想を明かした。集った者は、皆、賛同してくれた。
「暁の血盟……それが、私たちの新しい組織の名前よ」
それから5年間、「暁の血盟」の盟主として、ミンフィリアは走り続けた。「エオルゼアの救済」というルイゾワの遺志を継ぐために……。そしてあのときの言葉が、現実のものとなったのだ。
ミンフィリア、27歳。彼女の眼前には、今、再来した「光の戦士」が立っている。
彼の年齢は17歳。その差はたったの5歳ではあったけれど、まだ幼かった少女アリシアにとって、その若者、サンクレッドは随分と大人びて見えたものだ。
第六星暦1562年、アリシアは、帝国軍の二重スパイであった父親に連れられて、砂の都「ウルダハ」へとやって来た。そこで「事故」により父を失い、異郷の地で孤児となった彼女が正しく成長してこられたのは、ひとえに母親役を買って出てくれたミコッテ族の女性、フ・ラミンのお陰である。
だが、偶然にこの「事故」に居合わせたサンクレッドもまた、彼女にとって大きな支えとなってくれた。帝国軍に身を狙われぬようにと、偽名を名乗るように勧めてくれたのも彼だった。放浪の吟遊詩人である彼は常に側にいてくれた訳ではないが、仕事でウルダハに来ると、必ずといっていいほど彼女の様子を見に来てくれていた。
「ミンフィリア! 少々、遅れてしまったが、誕生日祝いを持ってきたぞ」
そんな「お兄さん」から、一通の封書を受け取ったのは、「ミンフィリア」という偽名もすっかり馴染んだ頃のこと。彼女は18歳になっていた。
誕生日祝いの品だというミスリル製の短剣と共に渡されたその手紙が、彼女の生き方を変えることになる。
差出人の名は、ルイゾワ・ルヴェユール。聞き覚えのない名を不思議に思うと同時に、優美な筆記体で記されたサインを、美しいと感じたことを今でもはっきりと覚えている。
「そいつを書いたのは、私の恩人でね。
リムサ・ロミンサでやんちゃ坊主をやっていた私を拾って、
まっとうな生き方を教えてくれた人なのさ」
「まっとうな生き方ですって?
行く先々で女の人を口説いて回る流れ者の吟遊詩人が、
まっとうな生き方だったなんて、はじめて知ったわ」
ミンフィリアの皮肉を、肩をすくめていなしたサンクレッドは、とにかく読むようにとせかした。仕方なく彼女は、封を開けて目を通し始め……そして凍り付いた。出だしの一文に、こう記されていたのだ。
『過去を視たことがあるそうですね』
確かにミンフィリアは、ちょうど一年ほど前から、たびたび幻視を経験していた。突然、幻のように現れる過去の出来事。そして導くように囁く、星の声……。
育ての母を心配させまいと、あえてフ・ラミンには伝えていない。しかし、謎めいた「お兄さん」と前回会ったときに、それとなく相談していたのだ。
「サンクレッド! あなた、あの話を他人にしたっていうの!?」
軽々しく秘密をもらしたサンクレッドに腹が立った。しかし、彼はいつになく真剣な表情でいう。
「すまないとは思っているよ、ミンフィリア。
でもね、私の恩師は、シャーレアンでも随一の賢人なんだ……。
その道の専門家といってもいい。だから落ち着いて、最後まで手紙を読んではくれないかな」
結局のところ、彼の判断は正しかったのだと今では思っている。
ミンフィリアは、賢人ルイゾワからの手紙で、自分に発現した異能が「超える力」と呼ばれるものだと初めて知った。そして、古の記録によれば、「霊災」が間近に迫る時代には、必ず「超える力」を持つ者が現れると記されていることも。大洪水が巻き起こった「第六霊災」から人々を救った「十二賢者」や、さらにそれ以前の古の英雄たちも、そうした異能者だったという。
もっとも古文書の全てが真実を書き記しているとは限らない。事実が脚色され、改変され、ねじ曲がっている可能性もある。しかし、そこには「超える力」のひとつの形として、「過去視」に関する言及もあるのだと、ルイゾワは綴っていた。
「あなた、本気なの?」
手紙を読み終えた彼女は、サンクレッドに聞いた。
「もちろんだよ、ミンフィリア。私も恩師も本気でそう思っている。
君が手にした『超える力』は、世界を霊災の危機から救う鍵になるとね」
それから、サンクレッドは語り始めた。
自分が、ルイゾワが結成した「救世詩盟」という一団の構成員であること。そして彼らが、ガレマール帝国の侵略に対抗するため、エオルゼアで活動していること……。さらには「事故」のときもサンクレッドが密命を帯びてウルダハを訪れていたと知り、彼女は驚いた。
「もちろん、君に異能があるからといって、世界を救えと命じるつもりはないよ。
ただ、力の意味を伝え、使い方を真剣に考えてみてほしいだけさ」
この出来事を境に、ミンフィリアは賢人ルイゾワと手紙のやりとりを行うようになった。同時に古の文献を紐解き、「超える力」とは何なのかを調べ始め、自分が何を成すべきなのかを考え続けた。
そしてミンフィリアが辿り着いたのが、同じく異能を持った者たちを集め、その力を正しく使う方法を探し求める組織を創るというものだった。このアイディアをルイゾワに伝えたところ、彼は歓迎の意を示してくれた。ただし、ひとつの忠告を付け加えることも忘れなかった。
『自分たちと異なる力を持つ者を、人は本能的に恐れ、排除しようとするもの。
異能の者を集める場合には、くれぐれも人々を恐れさせることのないように』
ミンフィリアは、賢人の言葉に従った。自分が立ち上げる組織を、表向きは「エオルゼア十二神の奇跡を調査する会派」とすることで、ありふれた宗教団体に見せかけたのである。
かくして「十二跡調査会」が誕生した。
この時、ミンフィリア20歳。まだまだ経験の少ない若者ではあったが、ルイゾワと「救世詩盟」の賢人たちの強力な後押しが、船出したばかりの組織にとって追い風となった。
優秀な人材が集い、ぽつりぽつりと異能の者が集まりはじめ、地道な活動が始まった。
時は流れ、第六星暦1572年。
ガレマール帝国の将、ネール・ヴァン・ダーナスによる「メテオ計劃」が明らかとなり、第七霊災近しと叫ばれはじめた頃。
ミンフィリアは、待ち望んでいたルイゾワ本人との面会を果たした。エオルゼア各都市の領袖たちとの会合のため、ウルダハを訪れていたルイゾワが、当時都市内に存在していた「砂の家」を訪れたのだ。
「はじめまして、というのは、少々おかしいでしょうか、ルイゾワ様」
「確かにいささか奇妙じゃな」
そう言って笑うルイゾワは、賢人というよりも孫娘を前にした好々爺といった面持ちであった。しかしながら彼が切り出したのは、あまりにも重い話だった。
月の衛星「ダラガブ」の落下を阻止するため、「エオルゼア十二神」を呼ぶ「神降ろし」を断行する。それは蛮神召喚とほぼ同義の禁忌の術であり、最悪の場合、エオルゼアの民すべてが十二神の「テンパード」になりかねない。これを阻止するための方法は、ただひとつ。
十二神の顕現を押しとどめ、その力のみを発現させること。そのために、召喚者たるルイゾワ自身が術の途上で自ら命を絶ち、十二神の蛮神化を阻止すると同時に、二度と「神降ろし」が行われぬようにする……。まさしく「決死の覚悟」であった。
「そんな! ほかに方法はないのですか!?」
必死に別の道を探すように求めたミンフィリアに対し、ルイゾワは静かに微笑んで首を振った。
「もしもこの老いぼれの命を惜しんでくれるのであれば、
代わりにひとつの仕事を頼まれてくれないかね」
ルイゾワは語った。自分の亡き後、盟主を失うことになる「救世詩盟」と「十二神調査会」とを統合し、新たな組織を立ち上げてほしい、と。彼がミンフィリアに託したのは、後の「暁の血盟」となる新組織の構想だった。
「待ってください、ルイゾワ様。私にあなたの代役なんて、務まるはずがありません!
こんな孤独な役目には耐えられません!」
カルテノー平原へと向かうルイゾワが自決を覚悟していることを知るのは、この時点でミンフィリアただ一人であった。「救世詩盟」の賢人たちの知るところになれば、止められるであろうと考えてのことらしい。
「辛い役目を押しつけることになるが、解っておくれ。
しかし、孤独ではないぞ。いつか必ず、お前さんを支える者が現れる。
お前さんと同じ『超える力』を持つ者が、必ずや光の意思に導かれ、現れるはずじゃ。
ゆえに決して絶望してはいかん。
どんなに暗い闇夜であっても、必ずや日は昇り、暁の時を迎えるのだから……」
ミンフィリアの手を固く握り、ルイゾワは切々と説いた。
数日後、賢人ルイゾワは、エオルゼア同盟軍と共に「カルテノーの戦い」に赴き、そして帰らぬ人となった。
第七霊災を経験した後、サンクレッドと再会したミンフィリアは、「救世詩盟」の賢人たちを呼び集めてもらい、ルイゾワに託されていた構想を明かした。集った者は、皆、賛同してくれた。
「暁の血盟……それが、私たちの新しい組織の名前よ」
それから5年間、「暁の血盟」の盟主として、ミンフィリアは走り続けた。「エオルゼアの救済」というルイゾワの遺志を継ぐために……。そしてあのときの言葉が、現実のものとなったのだ。
ミンフィリア、27歳。彼女の眼前には、今、再来した「光の戦士」が立っている。
第七霊災回顧録⑤ 「ふたつの船出」(Where Victory and Glory Lead)
帆を張った船はゆっくりと滑り出し、港から離れつつあった。
アルフィノとアリゼーは岸壁に立ち、去りゆく船を父フルシュノと共に見送っていた。出港した船には、敬愛して止まない祖父ルイゾワ・ルヴェユールが乗っている。
「出港してしまったね……」
次第に小さくなっていく船を見つめたまま、兄であるアルフィノがつぶやいた。一方、妹のアリゼーは、泣き明かして赤くなった眼で一瞥しただけで、兄の呼びかけには答えることはない。
瓜二つの容姿を持つ双子だったが、祖父を見送る態度はまったく異なっていた。兄は淡々とした様子で現実を受け止め、妹は泣き叫び感情を露にした。だが、小さな身体に不釣り合いな大きな魔道書を、しっかりと胸に抱いている点は二人とも共通している。
結局、二人はよく似た双子なのだ。
「魔法大学への合格祝いという訳ではないが、二人に贈り物を持ってきたよ。
これは、二冊でひとつの魔道書でな。
きっといつか、何が刻まれているのか理解できる日が来るはずじゃ。
それまで二人仲良く、ともにあるのじゃぞ?」
旅立ちの前日、祖父ルイゾワが双子に贈ったそれは、実に奇妙な書物だった。
二冊一対の魔道書であり、決して一冊だけでは内容を読み解くことはできない。シャーレアン随一の賢人と評される祖父の人柄を現すような、悪戯心に満ちた品だ。
「ありがとうございます、お祖父様」
とても11歳そこそこの子どもには思えぬ、流麗な作法で書を受け取るアルフィノ。一方のアリゼーは、年相応の態度で書をむんずと掴むと、祖父に問いかけた。
「本当に行ってしまうの? どうしても止めてくれないの?」
「よさないか、アリゼー。お祖父様を困らせるような事を言うのは」
祖父ルイゾワが、シャーレアン本国を離れて、遠くエオルゼアの地に赴くことを知ったのは、一月ほど前のことだった。迫る「第七霊災」の危機からエオルゼアを救う、その使命を果たすための旅だと聞いた。
アルフィノは、祖父が使命にかける決意の固さを感じ取り、内心では寂しさを感じつつも止めることはしなかった。だが、アリゼーとフルシュノは違った。アリゼーは単純な愛情ゆえに祖父と離れることを拒み、フルシュノは政治的信念ゆえに反発した。
賢人ルイゾワの長子であり、双子の父であるフルシュノは、都市国家「シャーレアン」を導く哲学者議会に席を持つ有力な議員のひとりであった。彼は他の主要な議員たちと同様に、戦争への介入を嫌っていた。
北方の大国「ガレマール帝国」が、エオルゼア六大都市の雄「アラミゴ」を侵略したときも、率先して和平交渉を行ったのがフルシュノの一派であった。しかし、その試みが失敗に終わると、今度はエオルゼアに築いていた植民都市の放棄を提案。5年の時をかけて入念に準備を進め、都市民すべてを一挙に北洋諸島の本国に帰還させるという「大撤収」を実行に移した。
第六星暦1562年、低地ドラヴァニア地方に存在した植民都市「シャーレアン」は、一夜にしてもぬけの殻となった。当時、1歳だったアルフィノとアリゼーも、父に連れられて本国に避難したそうだが、もちろん彼らは覚えていない。
「戦争など野蛮人のすることですよ、お父様。
真に知的な者とは、争いを避ける術を知る者のこと……。
我々、シャーレアンの民は、戦から身を離し、歴史の観察者であれば良いのです。
知識を集積し、後の世に伝える……その繰り返しこそが、人の進歩を促すのです」
アリゼーの言葉に釣られるように、フルシュノが持論を展開した。
ここ一ヶ月の間に、何度となく行われたやりとりだ。
「わしの心は変わらぬよ、フルシュノ。
助けられる人が目の前にいるときに、我が身を案じて助けぬというのは怠惰というもの。
それでは到底、人として進歩的とはいえぬ。
無論、この子らを戦に巻き込みたくはないという、お前さんの気持ちも解る。
ゆえに、お前さんを責めもせぬし、他の者たちにエオルゼアへ戻れとも言わぬのじゃ。
それぞれが各々、守れるものを守れば良い」
止めようとする者の言葉も同じなら、行こうとする者の言葉も同じでは、結論が変わるはずもない。
アルフィノとアリゼーは、神童と持てはやされるほど、賢い子どもたちだった。エーテル学や史学、博物学をよく修め、わずか11歳にして「シャーレアン魔法大学」への入学を許されるほどに。
そんな子どもであったから、アルフィノは父と祖父のどちらの考え方にも一片の正しさを見出したうえで、祖父の思想に肩入れしていた。彼が黙っていたのは、今の自分に祖父を手伝うだけの力がないことを理解し、悔しく思っていたからである。
だが、アリゼーの態度は違っていた。大人ぶった兄とは異なり、自分が子どもであることを受け入れていたともいえる。あくまで子どもらしく、感情的に祖父と離れることを良しとしなかったし、また黙したままの兄に怒りもした。
仲の良かった双子に、亀裂が入った。
祖父が旅立ってからしばらくして、運命の日が訪れた。
その日、アルフィノとアリゼーは、大勢の学友や教授と共に魔法大学付属の天文台に詰めていた。皆が交代で巨大望遠鏡にかじり付き、月の衛星「ダラガブ」の観測を続けていたのだ。
「ダラガブが砕けた!」
観測席に座っていたアリゼーが叫ぶ。巨大なレンズを幾枚も通して見るカルテノー上空の様子は、不鮮明きわまりないものだったが、衛星の異変に気付いたのだ。
「堕ちたんじゃないのか! 本当に!?」
「やったわ! お祖父様がやったのよ!」
二人は知人である賢人「ウリエンジェ」から、継続的に祖父の動向を伝え聞いていた。それゆえ、祖父ルイゾワがあの赤い星の下、カルテノー平原で「ダラガブ」の落下を阻止すべく戦いに臨んでいることを知っていたのだ。
作戦が成功したのだと喜ぶ妹を押しのけ、アルフィノは望遠鏡の接眼レンズをのぞき込む。大気の歪みと莫大な粉塵の影響ではっきりとは見えなかったが、妹が言うように「ダラガブ」は形を失っているようだった。
「しかし、なんだ……嫌な予感がする。
あのエオルゼアの空を照らしている、不気味な光は一体……」
望遠鏡で覗き見る遠方の大地に、光の雨が降り注いでいた。
それからしばらくの間、乱れきったエーテルの影響で、リンクシェル通信もまともに使えない状態が続いた。彼らが事の真相を知ったのは、数週間後に届いたウリエンジェからの手紙によってであった。
「ダラガブ」が砕け散り、その内部より黒き蛮神が現れ、エオルゼア各地を焼いたこと。そして、これを封ぜんとルイゾワの手で「神降ろし」が断行され、蛮神は消え去ったこと。驚愕すべき事実の数々が綴られたその手紙は、こんな言葉で締めくくられていた。
「我が師、ルイゾワは光となりてカルテノーに消ゆ」
二人は泣いた。アルフィノは静かに涙を流し、アリゼーは声を上げて慟哭した。
5年の時が過ぎた。
帆を張った船はゆっくりと滑り出し、港から離れつつあった。
アルフィノとアリゼーは甲板に立ち、離れゆく港に立つ父フルシュノを見つめていた。賢人ルイゾワの血を引く双子は、今や船上の人である。
晴れて魔法大学を卒業した二人は、シャーレアンにおける成人年齢である16歳に達していた。ゆえに父フルシュノでさえ、反対しつつも独立した個人である双子の船出を、力尽くで止めるようなことはしなかったのだ。
「出港してしまったね……」
5年前、祖父を見送ったときと同じ言葉を、アルフィノはつぶやいた。
「ええ……そうね。
私たちは向かうのよ、お祖父様が救おうとしたエオルゼアに!」
今度は、アリゼーが力強く答えた。
その胸の中に抱いている気持ちが、異なっていることをアルフィノは理解していた。だが、成長した身体に釣り合いはじめた魔道書を、しっかりと腰に吊っている点は二人とも共通している。
結局、二人はよく似た双子なのだ。
アルフィノとアリゼーは岸壁に立ち、去りゆく船を父フルシュノと共に見送っていた。出港した船には、敬愛して止まない祖父ルイゾワ・ルヴェユールが乗っている。
「出港してしまったね……」
次第に小さくなっていく船を見つめたまま、兄であるアルフィノがつぶやいた。一方、妹のアリゼーは、泣き明かして赤くなった眼で一瞥しただけで、兄の呼びかけには答えることはない。
瓜二つの容姿を持つ双子だったが、祖父を見送る態度はまったく異なっていた。兄は淡々とした様子で現実を受け止め、妹は泣き叫び感情を露にした。だが、小さな身体に不釣り合いな大きな魔道書を、しっかりと胸に抱いている点は二人とも共通している。
結局、二人はよく似た双子なのだ。
「魔法大学への合格祝いという訳ではないが、二人に贈り物を持ってきたよ。
これは、二冊でひとつの魔道書でな。
きっといつか、何が刻まれているのか理解できる日が来るはずじゃ。
それまで二人仲良く、ともにあるのじゃぞ?」
旅立ちの前日、祖父ルイゾワが双子に贈ったそれは、実に奇妙な書物だった。
二冊一対の魔道書であり、決して一冊だけでは内容を読み解くことはできない。シャーレアン随一の賢人と評される祖父の人柄を現すような、悪戯心に満ちた品だ。
「ありがとうございます、お祖父様」
とても11歳そこそこの子どもには思えぬ、流麗な作法で書を受け取るアルフィノ。一方のアリゼーは、年相応の態度で書をむんずと掴むと、祖父に問いかけた。
「本当に行ってしまうの? どうしても止めてくれないの?」
「よさないか、アリゼー。お祖父様を困らせるような事を言うのは」
祖父ルイゾワが、シャーレアン本国を離れて、遠くエオルゼアの地に赴くことを知ったのは、一月ほど前のことだった。迫る「第七霊災」の危機からエオルゼアを救う、その使命を果たすための旅だと聞いた。
アルフィノは、祖父が使命にかける決意の固さを感じ取り、内心では寂しさを感じつつも止めることはしなかった。だが、アリゼーとフルシュノは違った。アリゼーは単純な愛情ゆえに祖父と離れることを拒み、フルシュノは政治的信念ゆえに反発した。
賢人ルイゾワの長子であり、双子の父であるフルシュノは、都市国家「シャーレアン」を導く哲学者議会に席を持つ有力な議員のひとりであった。彼は他の主要な議員たちと同様に、戦争への介入を嫌っていた。
北方の大国「ガレマール帝国」が、エオルゼア六大都市の雄「アラミゴ」を侵略したときも、率先して和平交渉を行ったのがフルシュノの一派であった。しかし、その試みが失敗に終わると、今度はエオルゼアに築いていた植民都市の放棄を提案。5年の時をかけて入念に準備を進め、都市民すべてを一挙に北洋諸島の本国に帰還させるという「大撤収」を実行に移した。
第六星暦1562年、低地ドラヴァニア地方に存在した植民都市「シャーレアン」は、一夜にしてもぬけの殻となった。当時、1歳だったアルフィノとアリゼーも、父に連れられて本国に避難したそうだが、もちろん彼らは覚えていない。
「戦争など野蛮人のすることですよ、お父様。
真に知的な者とは、争いを避ける術を知る者のこと……。
我々、シャーレアンの民は、戦から身を離し、歴史の観察者であれば良いのです。
知識を集積し、後の世に伝える……その繰り返しこそが、人の進歩を促すのです」
アリゼーの言葉に釣られるように、フルシュノが持論を展開した。
ここ一ヶ月の間に、何度となく行われたやりとりだ。
「わしの心は変わらぬよ、フルシュノ。
助けられる人が目の前にいるときに、我が身を案じて助けぬというのは怠惰というもの。
それでは到底、人として進歩的とはいえぬ。
無論、この子らを戦に巻き込みたくはないという、お前さんの気持ちも解る。
ゆえに、お前さんを責めもせぬし、他の者たちにエオルゼアへ戻れとも言わぬのじゃ。
それぞれが各々、守れるものを守れば良い」
止めようとする者の言葉も同じなら、行こうとする者の言葉も同じでは、結論が変わるはずもない。
アルフィノとアリゼーは、神童と持てはやされるほど、賢い子どもたちだった。エーテル学や史学、博物学をよく修め、わずか11歳にして「シャーレアン魔法大学」への入学を許されるほどに。
そんな子どもであったから、アルフィノは父と祖父のどちらの考え方にも一片の正しさを見出したうえで、祖父の思想に肩入れしていた。彼が黙っていたのは、今の自分に祖父を手伝うだけの力がないことを理解し、悔しく思っていたからである。
だが、アリゼーの態度は違っていた。大人ぶった兄とは異なり、自分が子どもであることを受け入れていたともいえる。あくまで子どもらしく、感情的に祖父と離れることを良しとしなかったし、また黙したままの兄に怒りもした。
仲の良かった双子に、亀裂が入った。
祖父が旅立ってからしばらくして、運命の日が訪れた。
その日、アルフィノとアリゼーは、大勢の学友や教授と共に魔法大学付属の天文台に詰めていた。皆が交代で巨大望遠鏡にかじり付き、月の衛星「ダラガブ」の観測を続けていたのだ。
「ダラガブが砕けた!」
観測席に座っていたアリゼーが叫ぶ。巨大なレンズを幾枚も通して見るカルテノー上空の様子は、不鮮明きわまりないものだったが、衛星の異変に気付いたのだ。
「堕ちたんじゃないのか! 本当に!?」
「やったわ! お祖父様がやったのよ!」
二人は知人である賢人「ウリエンジェ」から、継続的に祖父の動向を伝え聞いていた。それゆえ、祖父ルイゾワがあの赤い星の下、カルテノー平原で「ダラガブ」の落下を阻止すべく戦いに臨んでいることを知っていたのだ。
作戦が成功したのだと喜ぶ妹を押しのけ、アルフィノは望遠鏡の接眼レンズをのぞき込む。大気の歪みと莫大な粉塵の影響ではっきりとは見えなかったが、妹が言うように「ダラガブ」は形を失っているようだった。
「しかし、なんだ……嫌な予感がする。
あのエオルゼアの空を照らしている、不気味な光は一体……」
望遠鏡で覗き見る遠方の大地に、光の雨が降り注いでいた。
それからしばらくの間、乱れきったエーテルの影響で、リンクシェル通信もまともに使えない状態が続いた。彼らが事の真相を知ったのは、数週間後に届いたウリエンジェからの手紙によってであった。
「ダラガブ」が砕け散り、その内部より黒き蛮神が現れ、エオルゼア各地を焼いたこと。そして、これを封ぜんとルイゾワの手で「神降ろし」が断行され、蛮神は消え去ったこと。驚愕すべき事実の数々が綴られたその手紙は、こんな言葉で締めくくられていた。
「我が師、ルイゾワは光となりてカルテノーに消ゆ」
二人は泣いた。アルフィノは静かに涙を流し、アリゼーは声を上げて慟哭した。
5年の時が過ぎた。
帆を張った船はゆっくりと滑り出し、港から離れつつあった。
アルフィノとアリゼーは甲板に立ち、離れゆく港に立つ父フルシュノを見つめていた。賢人ルイゾワの血を引く双子は、今や船上の人である。
晴れて魔法大学を卒業した二人は、シャーレアンにおける成人年齢である16歳に達していた。ゆえに父フルシュノでさえ、反対しつつも独立した個人である双子の船出を、力尽くで止めるようなことはしなかったのだ。
「出港してしまったね……」
5年前、祖父を見送ったときと同じ言葉を、アルフィノはつぶやいた。
「ええ……そうね。
私たちは向かうのよ、お祖父様が救おうとしたエオルゼアに!」
今度は、アリゼーが力強く答えた。
その胸の中に抱いている気持ちが、異なっていることをアルフィノは理解していた。だが、成長した身体に釣り合いはじめた魔道書を、しっかりと腰に吊っている点は二人とも共通している。
結局、二人はよく似た双子なのだ。