紅蓮秘話

紅蓮秘話(ぐれんひわ / Tales from the Storm)

※「紅蓮秘話」はパッチ4.0で実装されたメインシナリオのネタバレを含むため、まだメインシナリオをすべてコンプリートしていない方はご注意ください。

Table of Contents

概要

ファイナルファンタジーXIV: 紅蓮のリベレーター」に登場したキャラクターたちの、
語られなかった想いなどを綴った特別な読み物「紅蓮秘話」第1回を公開しました!

第一話~第四話

「紅蓮秘話」は全4回を予定しており、第1回は「紅き衣の友」と題しお送りします!

第五話~第八話

昨年に引き続き、「紅蓮秘話」は全4回を予定しており、第1回は「第5話:一夜に咲いた艶花」と題しお送りします。


紅蓮秘話 第1話「紅き衣の友」

「また、ひとつの部隊が壊滅したか……」

ラールガーズリーチを根拠地とする部隊の指揮官、コンラッド老がため息交じりにつぶやいた。イーストエンド混交林を根城にしていたアラミゴ解放軍の有力部隊が、帝国軍の奇襲を受けたとの報告を聞いてのことである。
圧倒的な軍事力を有するガレマール帝国に対抗するため、ギラバニアの抵抗勢力は、無数の小組織が独自に動きつつ、時に連携しながら戦ってきた。それゆえ、ひとつの組織が潰されようと、ただちに全体の崩壊へと繋がりはしないが、20年近く戦い続けてきた古参部隊が壊滅したという事実は、コンラッド隊の闘士たちの心に暗い影を落とした。解放運動に参加して日が浅いメ・ナーゴもまた、同様である。

「問題は、例の部隊が確保していた長城越えのルートが潰されたことでしょう。
 おかげで、ウルダハに潜伏していた同志からの依頼で、
 こちら側に逃がす予定だった賢人たちが、立ち往生していると聞きます」

ベテラン闘士であるメッフリッドの表情も険しい。

「あの……その賢人ってどんな人たちなんですか?
 ギラバニアからならともかく、ウルダハからこちら側に逃げようだなんて……」

帝国の圧政下に置かれたギラバニアから逃げ出したいと思う者は少なくない。だが、その逆は稀である。メ・ナーゴが疑問に思うのも、無理からぬことであった。

「以前より我らと協力関係にあった、暁の血盟という組織に属す者たちでな。
 そのうちひとりは、あのカーティス・ヘクストの娘じゃよ」

メ・ナーゴは驚いた。カーティスと言えば、アラミゴ最後の王、暴君テオドリックの圧政に抗うために戦った、革命の指導者のひとりだ。自由を求めて戦う解放軍の闘士から、今も英雄視される人物である。

「革命の英雄、カーティスの娘さん……!?
 そんな人が力を貸してくれていたなんて、私、知りませんでした!」

「うむ、イダという名の娘でな。
 20年前に脱出して以来、かの名高き学術都市シャーレアンで研鑽を積んで賢人となり、
 数年前より、暁の一員として、我らを支援してくれておったのじゃ」

だが、最近になってウルダハの政争に巻き込まれ、当地に潜伏していた解放軍の協力者の助けを借りて、避難先を探しているとのことだった。その案内役を務めるはずの部隊が、先の戦いで壊滅させられたというわけだ。
たとえ恩ある相手であろうと、こうなっては出来ることなど少ない。そうメ・ナーゴは考えたが、コンラッドが出した答えは違った。

「ここが正念場よな。やるぞ、我らの手でふたりの賢人を助け出すのじゃ」



「私、意外でした。
 いつもは慎重なコンラッド隊長が、こんな大胆な作戦をやろうだなんて」

作戦前の緊張を紛らわすように、弓を手に弦の張りを確かめていたメ・ナーゴが言った。

「それくらい、彼らに賭けているんだろうさ」

と答えるのは、メッフリッド。若いメ・ナーゴの教育役も兼ねている彼が、落ち着いた声で、コンラッドの想いを代弁した。
いわく「暁の血盟」とは、エオルゼア諸国の上層部とも繋がりを持つ組織である。かの猛将ガイウス・ヴァン・バエサル率いる帝国軍第XIV軍団の侵攻をはね除けた反攻作戦、「マーチ・オブ・アルコンズ」においても重要な役割を果たしたという。今後、祖国奪還のためにエオルゼア諸国に助力を仰ぐなら、暁は有力な窓口となる。恩ある協力者を助けたいというのも本心だろうが、危険を冒すだけの理由もあるのだ、と。


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「もうひとつ、ここだけの話だが、同志の中には、
 カーティスの娘を、コンラッド隊長の後釜にと思ってるヤツも少なくないんだ」

「これから脱出させる予定のイダさんの事ですね?」

「そうだ。アラミゴ解放軍は、小組織の寄り合い所帯だが、
 本気で祖国を奪還しようというのなら、全勢力を結集させる必要がある。
 そのためには、人を集めるだけの旗がいるのさ」

理屈はわかる。自分ですら、まだ会ったことすらない人物を「英雄の娘」という肩書きで見ているのだ。だが、尊敬するコンラッドを差し置いて、部隊の隊長にというのは、ちょっと違う気がしてしまう。

「お前さんの気持ちはわかるつもりだ。
 だが、鉄仮面とかいうヤツが、決起を呼びかけているのは知ってるだろ?」

メ・ナーゴは頷いた。確かに知っている。鉄仮面とは、最近になって現れた解放運動の新たな指導者だ。アラミゴ王家の生き残りではないか、という怪しげな噂も流れ始めている。皆が現状を打破するために、旗を探し求めているということか。

「ともかく会ってみなけりゃ、始まらん。そろそろ出迎えに行くとしよう」

かくして彼らは、作戦を敢行した。付近に帝国の監視所が設けられたため、10年以上前に放棄された秘密坑道を再利用しようというのだ。コンラッドたちが陽動を展開し、メ・ナーゴメッフリッドが坑道に飛び込んで、黒衣森へと向かう。失敗すれば、部隊が壊滅し兼ねない危険な作戦であったが、それでも彼らはやり遂げたのである。



命がけでラールガーズリーチへと連れ帰った暁の賢人は、見てくれも性格も、チグハグな二人組であった。当初こそ身体中に負っていた傷と、裏切られ仲間を失った怒りと悲しみに沈んでいた賢人たちだったが、快復するにつれて本来の姿を取り戻していった。
ララフェル族の呪術士パパリモは理知的で皮肉屋。一方のイダは、頭よりも身体が先に動くタイプのようだが、底抜けに明るく周囲を和ませてくれる。
恩返しのためと、コンラッド隊の任務を手伝うようになったふたりを見て、メ・ナーゴも自然と好感を持つようになっていった。だが、それでもイダが、次期隊長に相応しいと感じたかと言えば、そうではなかった。
事件は、そんな時に起きた。

その日、メ・ナーゴは、イダとともにカストルム・オリエンスの偵察に出ていた。すべての行程を終え、さあ、帰還しようという時に木々の間から悲鳴が聞こえたのである。

「女の子の声!? なぜ、こんなところで……!」

イーストエンド混交林は、今や住む人もおらず、通る者といえば帝国軍の偵察兵か輸送兵くらいのもの。少女とは無縁の場所である。

「行くよ、メ・ナーゴ!」

言うが否や、返答も待たずにイダが駆け出し、メ・ナーゴも慌てて後を追う。そうして彼女たちが見つけたのは、大樹の根元に倒れ込んだ男性と、その前で震える帽子を被った幼い少女の姿だった。どうやら、腹から血を流した男性を見つけた少女が、驚きのあまり悲鳴を上げたようだ。

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「……見たところ、解放軍の闘士のようですね。
 先日、壊滅した部隊の生き残りでしょうか……?」

すでに負傷した男性の応急手当に入っていたイダが、振り返ることなく答える。

「詮索は後。今は、その子を連れて、すぐにここから離れて……!」

「えっ!?」

「パパリモから聞いたことがあるの。
 帝国軍は、わざと負傷させた兵を逃がして、仲間を誘い出すエサにするんだって……」

「だったら、なおさらイダさんひとりを残しては……」

「無関係な女の子を、巻き込むわけにはいかないでしょ!
 アタシなら大丈夫……この人も助けてみせるから……早くッ!」

イダの一喝を受けて、メ・ナーゴは動き出した。ここは帝国軍の警戒区域。意識を失った負傷者とイダひとりを残していけば、どうなるかはわからない。
成すべきは、この正体不明の少女を安全な場所に避難させてから、一刻も早く援軍を連れて戻ることである。少女を問答無用で抱え上げ、メ・ナーゴは駆けだした。
その後、矢のように時間が過ぎていった。リンクパール通信で同志に救援を要請しつつ、とにかく帝国軍の拠点から離れようと、北へ北へと森を疾走する。幸運だったのは、ほどなく娘を探していた母親と遭遇できたこと。猟師らしきその女性に少女を引き渡し、礼の言葉すら遮ってメ・ナーゴは、来た道を引き返した。
だが、心配は杞憂だった。
彼女が現場に辿り着いた時、そこには、1個歩兵小隊分の地に伏した帝国兵たちと、傷を負いながらも、拳を構えるイダの姿があったのだ。見ず知らずの少女と重傷の闘士を守るための命がけの行動。後にパパリモが口うるさく叱りつけたように、イダの判断は無謀であったのかもしれないが、その熱意は信頼に値するものに思えた。

事件の後、帰還したラールガーズリーチで、メ・ナーゴは思い切って、イダに聞いてみた。正式にアラミゴ解放軍の仲間にならないか、と。だが、答えは期待通りとはいかなかった。

「ありがと……。
 コンラッド隊長にも誘われたんだけどさ、断ったんだよね」

「どうしてです!?
 みんな、カーティスさんの忘れ形見であるイダさんに期待して、
 解放軍を束ねる役目にと思ってるみたいなんです……だから!」

必死の説得にも、イダは口元に困ったような笑みを浮かべるだけだった。

「今のアタシじゃ、父さんの代わりは無理だよ。
 アタシ、馬鹿だけど、生まれ持った血だけじゃ、
 人の心は動かせないってことくらいは、知ってるつもり」

「それは……」

説得の言葉を探して言いよどむメ・ナーゴに、イダは語りかけた。

「それにね、今はパパリモやあの人たちと、いっしょに戦っていたいんだ。
 でも、解放軍に入らなくても、友だちにはなれるはず……。
 そうでしょ、ナーゴ!」

あの人と云うのが誰を指しているのか、その時のメ・ナーゴにはわからなかった。
だが、親しみを込めて「ナーゴ」と呼びかけられた時の嬉しさは、今でも覚えている。真の名を取り戻し、紅き衣をまとった友を見て、メ・ナーゴはふとあの時の気持ちを思いだしたのだった。

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紅蓮秘話 第2話「とある午後の茶話」

――アラミゴの奪還をかけた、あの空中庭園での決戦から、幾らかの時が経った。
蒼茫たるロータノ海と、晴れ渡った青空に挟まれた海都リムサ・ロミンサ……その街を構成する岩礁のひとつに、見晴らしのいいカフェがある。岩礁をぐるりと囲むように築かれた木製の足場の上には、いくつかの簡素で肌触りのいいテーブルと椅子が並べられ、席の埋まり具合もそこそこ順調といったところ。かの名店「ビスマルク」に知名度では及ばないものの、ゆっくりと午後の時間を過ごすには最適な場所だった。

そんな店の片隅で、異国で起きた戦争の慰労会が行われているなどと、誰が信じるだろうか……。
ヤ・シュトラは手にしたティーカップを皿の上に戻しながら、思わず小さな笑いを零した。目の前のテーブルには、店の名物だというベリーとジャムがたっぷり乗ったタルトと、焼き菓子の数々。そしてその向こうには、クッキーを咀嚼しながら「何か?」と小首をかしげるアリゼーがいた。元々この店を見つけたのは彼女で、今回の戦いが落ち着いたらみんなでに行こうと約束していたらしい。では、そのときの約束の相手たちはというと……

「ごめん! ちょっと遅れちゃったね……!」

「……リセね。遠路遥々おつかれさま。
 適当に始めたばかりだから、気にしないで」

足早に近づいてきたのは、タタル手製の旅装を纏ったリセだった。
戦いのあともギラバニアに残り、祖国の再建に力を注いでいる彼女とは久々の再会になる。リセは嬉しさをにじませながらテーブルにつき、やってきた給仕の女性に追加の注文を告げた。そして、改めて懐かしい仲間たちの顔を見渡す。

「……あれ? これで全員?」

「クルルにも声をかけてみたのだけれど、彼女はどうしても外せない調査があるそうよ。
 お土産をよろしくと頼まれたわ。それから、我らが英雄さんは……」

ともにこのカフェに来ると約束したはずの、件の冒険者の姿はない。
アリゼーがクッキーを飲み込んで、少々不服そうにヤ・シュトラの言葉を継いだ。

「多分、またどこかを駆けまわってるんだわ。
 場所と時間は伝えてあるから、大丈夫だとは思うけど……」

リセは「あー」と苦笑しながらも納得した様子だ。

「相変わらず、忙しくしてるんだね」

「ええ……。ほかの冒険者につきあって危険地帯に繰り出したかと思えば、
 その話をイディルシャイアの子に聞かせに行ったり、どこぞに依頼品を届けたり……。
 獣人たちの手伝いもしてるらしいし、
 いつもの商会にも、また大量のトームストーンを持ちこんで……凄まじいんだから!」

つい息巻くアリゼーに、ヤ・シュトラリセは顔を見合わせ、同時に小さく噴き出した。
アリゼーが思いきり怪訝な顔で睨んでくるが、ふたりはいっそう意味深な笑みを返す。

「さすが、尊敬する相手のことには詳しいのね?」

「はっ!? わ、私はただ、普段どんな鍛練をしてるのか、あの人に聞いただけよ。
 真似できないことばっかりで、ぜんぜん、ちっとも、参考にならなかったし……!」

「うんうん。アリゼーは、こっちでいい先輩を見つけたんだねぇ」

「ちょっと、リセまで何なの!?
 ……というか、誰かに憧れてるっていうなら、私よりむしろアルフィノだわ」

アリゼーは、取り分けられたタルトをフォークで小さく切りながら、ヤンサでの思い出を語り始めた。

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彼女がドマ反乱軍とともに、アジムステップに向かった仲間たちの帰還を待ちながら、戦支度をしていた頃。度々悩まされた物資不足の問題に対し、旅人の知恵を応用して解決策を提示したのは、ほかでもないアルフィノだったらしい。用意周到な兄のこと、こうなるとわかっていて勉強をしていたのかと、アリゼーは彼に問うた。

「そしたらね、なんていったと思う?」

“実は、動機はとても私的なものなんだ。
 かつて私に旅を教えてくれた人と、いつかまた旅をしたい……
 そして、そのときに少しでも成長を見せられればと思ってね――”

「さすがにちょっと驚いちゃったわ……。
 その相手について追及したら、はにかんで『兄みたいな人なんだ』っていうのよ?
 ……勝手に兄を増やされたら困るんだけど!」

アリゼーが、フォークをぷすりとタルトに刺す。
リセアルフィノの変化を知って素直に感心している様子だ。一方で、彼が兄と慕う人物に心当たりがあるヤ・シュトラは苦笑した。再会を待たれていることを伝えたところで、あの人物は、きっと素直に応じないのだろう……。

間もなく、給仕がリセの頼んだ冷たいレモネードを運んできた。
稀少なハニーレモンをふんだんに使用し、砂糖や蜂蜜をほとんど加えていないというそれは、爽やかな酸味で甘い菓子ともよく合うようだ。一口飲んだリセが、目を輝かせる。三人がかつて過ごした知の都シャーレアンにも、あらゆる地域や時代の料理が知識として集められていたが、やはり現地で味わうと一味違う。ましてや、美食の都としても知られるリムサ・ロミンサの料理は、味わうことを心から愉しむために作られた品ばかり……エオルゼアに来た当初は内心ずいぶん驚いたものだと、ヤ・シュトラは懐かしく思った。

「……リセ、あなたの方もまだ忙しいんでしょう?
 今日は、ずいぶん無理をして出てきたのではなくて?」

ヤ・シュトラの問いに、リセは少し目を伏せ、グラスを置いた。

「そうだね……まだまだ問題ばっかりで……。
 もう『アタシは馬鹿だから』なんて言ってられないからさ、
 一生懸命考えて走りまわってるけど、上手くいくことなんて本当に一握りだよ」

彼女の指が、冷えたグラスの表面に触れる。なんとはなしに表面の水滴をなぞりながら、リセは続けた。

「父さんならどうするだろう? 姉さんと話せたらーって、思っちゃうこともあるんだ。
 そんで、家族なのに自分はちっとも立派じゃないやって、もっとつらくなってさ。
 ……でも最後には、そんなアタシをここまで引っ張ってきてくれた人たちがいたんだから、
 絶対ここで諦めないぞーって、どうにか踏ん張ってる」

――そう言い切った彼女の表情に、かつて故郷の救済を語った姉の面差しが重なって見えたと言ったら、果たして本人は信じるだろうか。
アリゼーが小さく息をつき、問答無用でリセの皿にタルトを一切れ追加する。「えっ、まだ前のが」とうろたえるリセを制するように、ヤ・シュトラが静かな声で言った。

「いっぱい食べて頑張りなさいということよ。
 あなたときたら、よく動く分すぐおなかを空かせるし、すぐムキになっておなかを空かせるし、
 考え始めたらいつまでも同じところを行ったり来たりしておなかを空かせるし……」

「う、うぅ……そこまで酷くないと思うんだけど……」

肩を狭めてしょげはじめるリセの皿に、ヤ・シュトラはとどめとばかりに焼き菓子を置いた。

「自信をなくしそうだったら、素直にまわりの力も借りて進むといいわ。
 あなたのそばにあるのは、家族の思い出だけじゃないんだから」

リセは顔を上げ、仲間の顔を交互に見て……笑顔を咲かせて頷いた。



「あっ、そういえば、最近は新しい仲間もできたんだよ。
 同い年くらいの、解放軍にいた男の子なんだけどさ。
 政治や歴史にすっごく詳しくて、いろんなことを教えてもらってるんだ。
 今日こられたのも、探してた鉱山にまつわる古い資料を、その子が見つけてくれたからで……」

盛られた菓子を順調に減らしながら、リセはふたりに近況を語っていった。話の流れで出てきたその青年について、彼女は悩みがあるのだという。なんでも、よくふたりで話をするのに、不自然なくらいに顔をそらされてしまうのだそうだ。

「嫌われてるわけじゃない……と思いたいんだけど……。
 というか、そうだったら申し訳ないと思って、率直に聞いてみたんだけど……。
 なんか、すごい勢いで逃げられちゃって……」

「面と向かって『嫌い』って言うのに、抵抗があったんじゃない?
 私ならさっさと伝えちゃうけど」

アリゼーの身も蓋もない感想に、ヤ・シュトラはやれやれと首を振った。

「あのね、あなたたち……。
 話を聞く限りだと、その青年は、直視できないほどリセを好いてるように思うけれど?」

リセが、不意打ちに目を丸くして硬直する。
妙に長い一瞬の後に、さっと頬を染めた彼女は、勢いよく手を振って否定した。

「ないない、そんなこと……ないってば……!」

「あら、いいじゃない。それともあなた、ほかに想い人でもいて?
 ……たしか、ドマの若君が同じくらいの年だったかしら」

「なんでヒエン!? や、すごく尊敬はしてるけど……っ!
 ヒエンのことを特別に好きなのは、アタシじゃなくてきっと――」

リセは一瞬遠くの誰かを思い出すように視線を遣る。
それきり言葉は続かなかったが、ヤ・シュトラアリゼーも、あえて追及はしなかった。
彼女は話題を打ち切るようにレモネードを煽ってから、ヤ・シュトラを精一杯睨んだ。

「そういうシュトラはどうなのさ!
 サンクレッドとか賢人たちとか、付き合い長いし……それ以外でも……」

「…………ごめんなさい、あの人たちについては考えたこともなかったわ。
 でも、そうね……」

ヤ・シュトラは、胸の内で、妹ヤ・ミトラと話したことを思い出す。

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それは、ラールガーズリーチゼノスの刃を受け、石の家で療養していたときのこと。容態がある程度安定したころに、事情を聞いたヤ・ミトラが駆けつけてきた。
彼女は姉が一命を取り留めたことに心から安堵したものの、なにせエンシェント・テレポ騒動もあった後だ……無理はよしてほしいと、ヤ・シュトラに懇願した。

ヤ・ミトラとて、姉の性格も目的もわかっている。しかし心配の裏返しもあったのか、その日はヤ・シュトラが「わかったから寝かせてちょうだい」と追い出すまで、根気強く説教を続けていった。それでもいまいち反省の見られない姉に、ヤ・ミトラが半ばあきれたように言い残した言葉が……

“姉さん、そろそろいい人でも見つけたらどう?
 姉さんは確かに強いけれど、誰かがそばにいてくれるなら、
 その方がずっといいと私は思うわ――”

ヤ・シュトラは、優雅な仕草で紅茶を啜りながら、その言葉を心の中だけで反芻した。
そして固唾をのんで答えを待っているふたりに、不敵な笑みを向ける。

「そうね……やっぱり、秘密にしておくわ」

リセアリゼーは眉を寄せ、ヒソヒソと囁き合う。
「あれが大人のヨユーってやつなのかな」「くっ、なんとなく追求できないわ」
それを華麗に聞き流して、ヤ・シュトラは紅茶のポットに手を伸ばす。
……と、その耳がある足音を捕えて、ピクリと震えた。

「どうやら、遅れていた人が到着したようよ」

リセアリゼーも囁きを止め、入口の方を振り返る。
その視線の先に現れたのは――当然、ひとりの冒険者だ。

「……さて、追加の注文はどうしようかしら?」

お茶会は、まだまだ終わりそうもない。

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紅蓮秘話 第3話「小さな賭けの勝者」

ギラバニア湖畔地帯の冷めた風に乗せて、兵の誰かが口ずさむ歌が聞こえてきた。

「賭けに勝てりゃ この箱 金庫。賭けに負けりゃ この箱 棺」

ひと昔前に砂の都「ウルダハ」で流行った大衆歌の一節である。一攫千金を夢見て、大箱を引きずりながらウルダハを目指す、陽気な男を描いた歌だ。その箱は、賭けに勝てば金庫に、負ければ自分が入る棺となる。生きるか死ぬか運命の骰さいを投げるため、男は意気揚々と荒野を歩み続ける。
結局、歌の主人公は賭けに勝てたのだろうかと、ピピン・タルピン少闘将は、常々、疑問に思ってきた。なにせこの歌は、父の十八番であり、幼い頃から幾度となく聞かされてきたのだ。ここで言う父とは、義父ラウバーン・アルディンのことではない。血のつながった実父の方だ。
ピピンの父は、お世辞にも良い親ではなかった。いや、息子にとっては最悪の存在だった。大酒飲みで賭け事を好み、借金苦の果てに息子を売ったのだから。これは比喩表現などではない、本当に剣闘試合の興行師に売ったのである。ある日、鉱山で石の選別作業を手伝っていた12歳のピピン少年の前に、剣闘士上がりの屈強な興行師が現れてこう告げた。

「来い、小僧! お前が生きるか死ぬか、賭けをしようじゃないか!」

かくして、剣闘士宿舎の石造りの狭い部屋がピピンの新たな寝床となり、労働と訓練に明け暮れる日々が始まった。先輩剣闘士の身の回りの世話を行う小間使いとして、早朝から働きづめ。それが終わると訓練場に赴き、棒と鞭を手にした訓練士の容赦ないしごきを受ける。
唯一、これまでの生活から改善したのは食事だ。身体が資本の稼業ゆえ、多くの掛け金を集め、賞金を持ち帰らせるためにも、肉体作りは重要である。新参者にも、大麦のパンや肉入りのスープなど、まっとうな食事が与えられた。生まれて初めてスパイスを使った手の込んだ料理を食べたのも、この頃のことである。
それでもやはり、幼さを残す少年には辛い日々であった。いつまで、この生活に耐えられるだろう。仮に耐えられたとて、剣闘試合に出されれば生き残れる保証はない。誘拐同然に連れてこられてから、ピピンは逃げる隙を窺い続けたが、訓練士の警戒が緩むことはなかった。そうして1年ほどが過ぎた頃、主である興行師の命令で、とある熟練剣闘士の付き人を命じられることになる。これが後に、彼の義父となる男との出会いであった。

「若いな、歳はいくつだ?」

開口一番の問いに、ピピンはただ「13」とだけ答えた。その後は、コロセウムの控室に赴くまで、特に言葉を交わしていない。寡黙な男なのだろうか、あるいは試合前の緊張か。ともかくピピンからも、声をかけることはしなかった。剣闘士には気性の荒い者も少なくない。無駄口を叩いて機嫌を損ね、殴られるのはご免だ。
控室に到着してからも、大柄の剣闘士は、二、三の指示を与えただけで、言葉数は少なかった。ピピンは、ただその命に従い鎧の着用を助け、最後に黒鉄の兜を差し出した。大男は、牡牛の頭部を模したその兜を受け取ると、深々と被って舞台へと向かう。

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「アラミゴの猛牛、ラウバァァァーン・アルディィィィィン!」

触れ役が、よく通る声で紹介するや、控室に地鳴りのような音が轟いた。観客たちが怒号と歓声をあげているのだ。あの寡黙な男ひとりが登場するだけで、コロセウム全体がこうも沸き立つ。ピピンにとっては衝撃であった。

それから何度もラウバーンの付き添い役を務めた。彼は口数が少なかったが、それでも次第に会話をするようになり、いつしか互いの身の上話をするほどにまでなった。ラウバーンアラミゴという異国の出身であること、ガレマール帝国と戦い戦功を挙げ、そして、負傷したこと。祖国で起こった革命と、その直後の帝国侵攻。痛む足を引きずりながら、故郷を脱して荒野を彷徨い、たどりついた先のウルダハにて間諜の疑いをかけられ拘束されたこと。今では自由を掴むため、獄門剣闘士として戦っているのだと知ったときには、驚いたものだ。
これほどまでに強く、人々を惹きつけて止まない人物が自分の意志によらず、強いられて戦っているという事実は、妙な話だがピピンにとって希望となった。獄門剣闘士とは、剣闘試合に出場して賞金を得ることで、自らの保釈金を支払い、自由を買おうとする者たちである。ラウバーンは苦しい立場にあっても、己の力で己の道を斬り拓こうとしているのだ。ならば自分も、と思わないではいられない。いつしかピピンは、自ら進んで剣の鍛錬にいそしむようになっていた。生き残り、自由を掴むために。




「これで支払いは終わる。晴れて自由の身というわけだな」

とある試合が終わった後、勝者として控室に戻ってきたラウバーンは、そう言った。

「おめでとうございます、ラウバーン!」

ついにラウバーンは、保釈金を支払い終えたのだ。素直に祝福の言葉を述べたピピンは、はたと気付いた。自由となれば、ラウバーンが剣闘士を続ける理由はない。目標として背を追い続けてきた人物との別れが迫っていると理解した瞬間、ピピンの顔は曇った。

「どうした、嬉しくないのか? 貴様は今日から自由になるのだぞ?」

ラウバーンは、戸惑いの表情を浮かべている。今度は、ピピンが困惑する番だ。
賞金の詰まった革袋を手にした剣闘士と、その付き人の少年が、ふたりそろって困ったような顔をしているのだから、端から見れば滑稽な光景だったろう。ラウバーンは、出会ってからの数ヶ月間、自らの自由を購うためではなく、ピピンの父親が抱えていた借金を返済していたのだ。そして今日の勝利で得た金を以て、支払いが終わるという。

「これでもう、お前が剣闘試合に出る必要はない。
 新参者同士が戦う最初の試合は、双方が不慣れなぶん、死人が出ることも多いのだ。
 殺されたくもなければ、殺したくもなかろう?」

事情を聞くうちに、ようやく理解が追いついたピピンは、ただただ涙を流した。苦しい生活から解き放たれる喜び、死の恐怖から逃れられた安堵、そして、ラウバーンへの感謝、さまざまな感情が一気に吹き出したのだ。

翌日の早朝、少ない私物を詰めた小さな麻袋を手に、剣闘士宿舎を出るピピンの姿があった。見送りはいない。獄門剣闘士であるラウバーンは独房の中。訓練士も興行師も、ほかの剣闘士たちも、無関係になる少年の門出に興味はないらしい。
まだ太陽の熱で焼かれていない石畳を踏みしめ、ピピンは歩き出した。突然に訪れた自由を噛みしめるように、一歩、また一歩と。だが、人通りのない大通りを歩むうちに、不安感が増す。あのろくでなしの父のことだ、また借金を重ねるに違いない。そして、売れる物があれば息子であろうと売ることは、すでに証明済みなのだ。
ピピンは立ち止まり、そして、駆けだした。来た道を引き返すように。

「どうして、貴様がここにいる?」

独房の前に佇む少年を見て、ラウバーンは言った。ピピンが答える。

「ラウバーン、お願いがあります。もう一度、ボクを剣闘士として鍛えてください!
 誰かに救われるんじゃなく、自分の力で、自分の道を斬り拓きたいんです!
 あなたのようにッ!」

家に戻れば、ふたたび父に売られかねない。そこが、この剣闘士宿舎よりも良い場所とは限らないだろう。ならば、これまで重ねてきた訓練を活かせる環境で、尊敬する人物の背を追いたい。
少年なりの覚悟を見て取ったラウバーンは、ただ微笑んだ。

その後、ラウバーンが取った行動をピピンは一生忘れないだろう。父がピピンを売り払う時に、興行師が記した契約書を買い取り、八官府に養子縁組の届け出を提出したのである。契約書には、興行師を保護者とすることに同意する旨が記されていたのだ。その記述を盾として、強引に親権を奪い取ったのである。
以降、ピピンは、新たな父の下で暮らすこととなった。獄門剣闘士の義父と、自由人の子が、剣闘士宿舎で暮らすという奇妙な生活の始まりである。ラウバーンは師として、ピピンに剣の稽古を付けた。だが、剣闘士となることは認めず、成人年齢に達してから己の道を決めるようにと諭したのだった。
そして今、傭兵としての経験を積み、25歳の青年になったピピンは、不滅隊の将校として義父の故郷を取り戻そうとしている。

「あの時も生き残ったのです。今回もまた、賭けに勝ってみせますよ、義父上!」

呪剣ティソーナを手に、ピピンは戦場へと駆けだした。

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紅蓮秘話 第4話「月とともに眠る前に」

さて、今宵の物語をはじめましょう。
はじまりの父と母が創られてから、いくつもの季節が廻ったころ。
そして、今となっては昔の昔。
この輝ける草原に暮らしていた、あるアウラ族のお話です。

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いかついテール山脈を下り、(カール)とともに進んだ先に、アジム・カートという湖があります。
太陽神アジムが「明けの父」をお創りになったその場所には、大きな大きな石造りの神殿がそびえ、ふりそそぐ陽の輝きを讃えていました。
その辺りを好んで暮らしていたのが、オロニル族の人々です。アジム神の化身の血を継ぐという彼らは、祖先と家族を愛し、強く、誇り高く生きていました。

そんなオロニル族に、ひとりの幼い少年がいました。
名は、マグナイ。同じ年頃の子どもたちと比べると、ひとまわりは躰が大きく、そのぶん無口な少年です。おとなたちに負けず劣らずの怪力で、羊乳のなみなみと入った桶を一度に四つは担ぎ、身の丈ほどもある石斧を振り回して狩りの手伝いをしていました。
オロニル族は、「兄弟闘技」という競技で兄と弟を決めますが、マグナイを連れて狩りから帰ったおとなたちは、「そのうちお前の方が『兄さん』になっちまうかもなぁ!」と笑って、彼の頭をわしわしと撫でるのでした。

その小さな戦士マグナイは、何よりも物語を愛していました。
特に好きなのが、一族にまつわる昔話で、何度も何度も語り部にその話をせがみます。
太陽神アジムと月神ナーマの争いや、やがて生みだされた鱗ある父母の話。手を取り合う人々の姿をみて、神々も愛を知った話。しかし太陽と月は交わることなく、天のそれぞれに去った話。そして、月神に連なる者を護らんと、太陽神が己の化身を地上におとし、それがオロニル族になったという話……。
語り部が話をしめくくると、マグナイはきまって真剣に頷きます。そして太陽神から託された使命を精一杯はたすべく、武芸の稽古に励むのでした。

そんなマグナイが、ある日、語り部に問いました。

「自分のナーマは、どうしたらわかる?」

彼らの伝承によると、月神が太陽神を想ってこぼす涙は、地上でその化身たるオロニル族の「運命の相手」になるのです。それを、月神にちなんで、「私のナーマ」と彼らは呼んでいました。
語り部は人生の伴侶を得ていたので、その馴れ初めを話しました。しかしマグナイには、それが素敵な運命だとは、ちっとも思えませんでした。

マグナイは、ナーマを得た兄さんたちにも同じことを聞いてみました。
ある兄さんは、市場で出会い、意気投合したのだと言いました。
別の兄さんは、狩場で弓を引く姿を見かけ、ひと目でそれと察したのだと言いました。
一族の中から相手を見つけた兄さんは、長くともにいるうちに、いつしか彼女に添うのが当たり前になっていたのだと笑いました。
みんなの話はてんでばらばらで、マグナイにはやっぱりよくわかりません。それでも、話をする兄さんたちが、あんまりに幸せそうな顔をするので、やっぱり彼らは運命の相手と巡り合えたのだろうと思いました。
きっと自分も、自分にとって最高の人と運命で繋がれている……いつか巡り合うことができれば、互いにそうだと気づくに違いない。マグナイは密かに期待で胸を膨らませました。



それからというもの、マグナイは時折、自分のナーマがどんな人なのかを想像するようになりました。草原はとても広いので、しっかり考えておかなければ、見落としてしまうかもしれないと思ったのです。

彼にはたくさんの姉さんたちがいましたが、みなとてもたくましく、マグナイが好きに時間をすごしていると、すぐに仕事を持ってきました。マグナイは働くことが嫌いではありませんでしたが、姉さんたちに早く早くと急かされるのは、あまり好きではありませんでした。三つ上の姉さんと、五つ上の姉さんが色とりどりに染めた布を干しながら、自分のナーマはきっと、姉さんたちのようにガミガミと声を荒げない、可憐で控えめな人だろうと思いました。なにせ、最高の伴侶なのですから。

またあるとき、妹が逃がしてしまった羊を、マグナイひとりで追いかけたことがありました。
途中、茂った夏草のようなハルガイたちにまとわりつかれているうちに、赤く燃えていた太陽はすっかり沈み、ついに羊を捕まえるころには、天を星々が埋めつくしていました。マグナイは仕方なく、羊とともに、凍てつく草原の夜を過ごしました。
いつの間にか眠っていた彼が目を覚ましたのは、夜明けのこと。薄ぼけた空に白い星が溶け、地平の向こうから柔らかな金を纏った太陽が昇りはじめていました。
マグナイはこんな朝が好きでした。天と地を鮮やかに染めていく太陽は、遠く遥かな彼らの父祖。それが世界を祝福し、澄んだ光で統べていくさまをじっと見つめているだけで、満たされる心地がするのです。赤子の頬のように染まった空に、うっすらと影を落としていた薄雲も、やがては光に溶けていきました。
マグナイは、この朝焼けのように柔らかく、美しく、胸を満たすものがずっとそばにあればいいと思いました。すなわち自分のナーマはそういう人であるはずです。ええ、なにせ最高の伴侶なのですから……。

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そうしているうちに、小さな戦士だったマグナイは、誰よりも屈強な青年に成長しました。
兄弟闘技をへて、一族でもっとも強い「長兄」となった彼は、威厳と力に満ちあふれ、「終節の合戦」までも制しました。一族の仲間たちも、彼こそは黒き鱗のアウラ族を統べ護る者としてふさわしいと、大いに讃えたものです。

しかし、マグナイがどれほど立派になっても、彼のナーマは見つかりませんでした。
彼を気にする乙女がいたとて、「そうではない」「こうではない」と注文をつけて拒むので、すぐに誰にも言い寄られなくなってしまったのです。
同じ年頃の弟たちは次々とナーマを見つけているというのに、長兄が孤独では誰もがいたたまれません。弟たちは、ある日、マグナイにこう進言しました。

「偉大なる長兄よ、あなたの力によって、我らオロニル族は合戦をも制し、
 名実ともに、この一帯の覇者となりました」

「しかれば、この地に住まう女人を集め、あなたのナーマを探してはいかがでしょうか」

「合戦に勝利したのも、すべてはそのためだったのやもしれませぬ。
 さあ、さあ、馬を駆けさせ、ヨルを飛ばし、女人を集めて参りましょう」

こうして、マグナイのために、盛大な花嫁探しがおこなわれることになったのでした。



ほどなくして、そのとき一帯にいた部族の女性が、草原のひとところに集められました。
彼女たちの前には、ひときわ豪奢な布を被せた日よけが建てられ、その下にはマグナイが難しい顔をして座っています。弟のひとりが、うやうやしく言いました。

「さあ偉大なる長兄よ。この中にはきっと、あなたのために落とされた涙がいるはずです」

マグナイは静かに頷くと、立ち上がって女性たちの前に進み出ました。
そしてひとりひとり、様子を見て回ります。
不安げな者、憎々しげな者……反応はそれぞれでしたが、マグナイはそのうちに、ひとりの女性に目を留めました。口元を布で隠しているものの、清楚でかわいらしい少女です。彼女は周囲の者と囁き合うでもなく、マグナイを警戒するでもなく、柔らかな空気をまとわせながらどこか遠くを見ていました。

「おい、お前……」

マグナイが近づくと、彼女はぎょっとして身を引きました。
なんということはありません、ケスティル族である彼女は、日よけに使われている豪華な布を見て、「市に出したら人気がでそう」と考えていただけなのです。
そんなことを知る由もないマグナイは、咄嗟に彼女の腕をつかみ……なぜか、驚いたように身をこわばらせました。

――なんて、細い。

力いっぱい握りしめたら、簡単に折れてしまいそうです。
たったそれだけのことが、マグナイをひどく動揺させました。彼は何も言うことができず、かといって手を放すこともできず、掴んだままの彼女をじっと見つめます。背格好は姉さんたちと大して変わらないはずなのに、手の内にあるものがあまりに儚く華奢に思えて、心臓がうるさく音をたてました。

もしや、これが。この者が。

答えを求めるように、マグナイはなおさら真剣に彼女を見つめました。
もし彼女が、次に頬を染めたなら……照れたように頷いたなら……もう間違いはありません。
今すぐに感謝の祝詞を捧げ、盛大な婚儀を行おうと、マグナイは思いました。

――ああ、なのに。
マグナイの鬼気迫る視線を向けられた彼女は、涙さえうかべながら、ぶんぶんと勢いよく首を横に振ったのです!それと同時に、固唾をのんで見守っていた人々の中から、鋭い声が上がりました。

「おい、その手を離せよ。泣くほど嫌がってるのに、悪趣味かテメェは」

声の主は、怖いものなどない様子で、マグナイたちに近づいてきました。
砂漠の砂のごとく白い長髪をなびかせ、身に纏うのは、死を恐れぬ者の青……オロニル族と幾度も覇権を争ってきた、ドタール族の族長、サドゥでした。彼女もまた、候補のひとりとして集められていたのです。
マグナイサドゥの言葉で我に返ると、ケスティル族の少女の腕を離しました。うろたえる少女に、サドゥは「いいから、離れてろ」と静かな声をかけます。少女は深々とした礼で感謝を示しながら、急いで人ごみに紛れていきました。

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「テメェがオロニル族の新しい族長か。
 この前の合戦じゃ、直接やり合えなかったからな……どんなものかと思ってたが……。
 なるほどクソ偉そうだ、そんで酒や宝よりまず女ってクチか?」

「……余輩が求めるものを、お前などが理解できるものか。
 下がれ、敗北した弱者が、覇者の道を妨げる道理はない」

サドゥが、獲物を定めたベルスのように、青い目を細めました。
そしてマグナイの弟たちが止めに入るよりも早く、まじない道具の杖を構えると、ひとふりで炎をまき散らしたのです。
集められていた女性たちは、炎に追い立てられるように、その場から逃げ出しました。
マグナイが眉を寄せてサドゥを睨むと、サドゥは喉を鳴らして笑います。

「ああ悪い、せっかく囲った女たちが逃げちまったか。
 だが、先に火をつけたのはテメェだぜ?
 うちの一族は確かに負けた……
 だが、やりあってもないテメェに弱者よばわりされる筋合いはない」

サドゥは「来いよ」と、再び杖を構えました。
すぐに駆けつけてきた弟たちから石斧を受け取ったマグナイは、族長同士の戦いゆえ、手出しをせずに下がっているよう告げました。そして斧を構えながら……ため息をひとつ。

「なぜだ……いったいどこにいる……?
 慈愛にあふれ、可憐で控えめ……儚い朝焼けの雲がごとき……余輩のナーマは!」

そして彼が駆けだしたのを合図に、それから三日三晩にも渡る、宿命の戦いがはじまったのでした。
その結末と、長兄マグナイのナーマ探しの行く末は、またの夜に語るとしましょう。
彼や、彼が出会う人々が紡ぐ物語は、まだまだ続くのですから――

紅蓮秘話 第5話「一夜に咲いた艶花」

ガレマール帝国属州ドマ――
この地で遊女を生業とする女ヨツユは、時のドマ総督による命を受け、ある料亭の座敷で、「標的」に酒をついでいた。

(まったく、面倒な任務を受けちまったものだよ……。
 戦いしか能のない男なんて、簡単に落とせると踏んでいたんだがね)

かすかな苛立ちを押さえ込み、心中で嘆息する。
一夜のうちに相手を骨抜きにし、情報をひきだし、しかるべき相手に売る。
帝国の諜報員として、幾度となく繰り返してきた任務。
今宵も、そうした退屈な一夜になる……はずだった。

帝国軍、第XII軍団長ゼノス・イェー・ガルヴァス
ドマ駐留軍の者を欠片も信用していないのだろう。座敷の中だというのに鎧を脱がず、長く美しい金髪をさらりと揺らしながら杯を傾けている。
無気力そうに虚空を見つめているが、瞳の奥にギラギラとした光を湛えているようにも見える。
まるで、誰かを待ち望んでいるように。

もともと、ヨツユは雇い主であるところのドマ駐留軍から、別の任務を命じられていた。
現在、駐留軍は、かつての国主カイエンを大将にドマ反乱軍が蜂起するのではと警戒を強めている。
そんな中、彼女にも、諜報のため反乱軍へ潜入せよとの任務が下ったのだ。
妓楼を訪れる帝国軍から仕入れたという体で、反乱軍に帝国側の状況を提供してやり、身を挺して情報を集めてくる憂国の士だと思わせる。
そうして取り入り、逆にドマ反乱軍の情報を、帝国に流す……。
生まれ故郷を裏切る行為にほかならないが、ヨツユには一片の罪悪感もなかった。

養父母や死別した夫から、絶え間ない暴力と辱めを受けてきた。
その光景を見かけた者たちも、誰も彼女に手を差し伸べてはくれなかった。
この国の人間など、彼女にとっては憎悪の対象でしかないのだ――

しかし、潜入任務を始めたばかりのある日、彼女は駐留軍の情報将校に呼び戻された。
帝国本国から、軍団長ゼノスがドマの視察に訪れるというのだ。
その名には聞き覚えがあった。

帝都では現在、床に臥せっているソル帝の跡目争いが激化している。
ソル帝の長男はすでに逝去していたため、次男である元老院首席ティトゥスと、長男の子である大将軍ヴァリスとの間で、次期皇位を巡る争いが水面下で行われているのだ。
そして、ゼノスは、軍部からの支持が厚いヴァリスの長子。文官出身でティトゥス派に属す現ドマ総督からすれば、対立派閥の重要人物ということになる。

そんな大物の相手を、一介の諜報員に任せるだなんて、あたしも偉くなったもんだ……と、ヨツユは情報将校に冷やかな笑みを送る。

「カイエンとドマ反乱軍による蜂起の芽を、いまだ潰せずにいる。
 ドマ総督の無能ぶりに目をつけられたかい。
 政敵に痛い腹を探られようとしているとは……ご苦労なことだね」

図星だったのだろう。情報将校は苦々しげに眉を潜める。

「ドマ統治に苦戦していることを、我が派閥への攻撃材料にされていることは百も承知。
 だが、これは好機でもある。
 ゼノスを籠絡し、逆にヴァリスの弱みを握ることが叶えば、
 今度は我らが優位に立てるのだ」

「何でもいいよ。やることはいつもと同じ……。
 一夜の夢を男に与え、すべてを刈り取り奪い尽くす。それだけさ」

かつて畜生のように扱われた己に、誰も彼も溺れさせよう。
睦言なぞいくら貰ってもうんざりするばかりだが、相手が無様に破滅していく様は、僅かながらも女の腹を満たすのだ……。

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だが、ドマの地を踏んだゼノスの「無気力」に、出迎えたドマ総督も、料亭で待ち構えていたヨツユも、出鼻をくじかれた。
総督にもほとんど目をくれず、気だるげな態度を崩さない。
彼の来訪目的を、政敵による内情調査だと踏んでいたドマ総督は戸惑い、早々に世話役という名目でヨツユを残して去っていった。

夜もだいぶ更けてきたが、ゼノスは酔いが回った様子もなく酒を飲み続けている。
いっそ強引にしなだれかかり事を推し進めるかと考え始めた頃、ふとゼノスが口を開いた。

「ドマ……。ここは、いかな地だ……?」

急な問いかけに、口ごもる。
答えるのは簡単だ。生まれ故郷を罵倒する言葉なら、いくらでも出てくる。
しかし、上機嫌にさせ情報を引き出すべき標的に、そのような本音を語れるはずもない。
適当に誤魔化そうと考え、目を上げてハッとした。
先程までただ虚空を見つめていた瞳が、真っ直ぐにヨツユを見据えていたのだ。

「戯言も聞き飽きた。
 それより、どのような仕打ちを受ければ、ここまで濁った目の女が生まれるのか、話せ。
 酒の肴くらいにはなろう」

「……あら、ずいぶんとひどい物言いですこと。
 お酒の方は、ずいぶんと進んでおられるようですが?」

なんとか言葉を返すも、ゼノスは静かに見つめてくるだけ。
どうやら、取り繕った言葉に返事をするつもりは毛頭ないらしい。

その態度、物言いを、何故か不快には感じなかった。
ただ、ゼノスの瞳が発する強い光に惹きつけられていく。
ああ、こいつはもしや、とんでもない――間違いなく“勝ち馬”だ。

気がつけば、雨が降り出していた。
雨にかき消されたかすかな沈黙は、しかし、ヨツユゼノスの間に、なにか薄暗い密約を結んだように思えた。

「多少なりともドマを知れば、すぐにわかりましょう……。
 今や、ヤンサは掃き溜めですよ」

ついに漏らした言葉に、ゼノスはようやく面白くなってきたと言わんばかりに杯をあおる。

「その濁り、やはり憎悪か。
 陳腐だが、これほどまで拗らせた女は初めて見た」

「陳腐なのは、ドマ人を名乗る連中の方……。
 古臭い因習と精神論に縛られて、それが自らの首を締めていることにも気づかない。
 制圧され、手足をもがれてもなお、忠義だの誇りだのにすがり、己が周りも見えぬまま」

一度口から流れ出た言葉は、止まりそうもない。
このまま一晩中でも呪言の如き憎悪を吐き出しつづけられそうだった……が、
言葉は不意に遮られた。
急にゼノスが、座敷の外へと視線を移し立ち上がったのだ。

「いつ来るかと思えば、雨に乗じるつもりだったか。
 ようやく見つけた退屈しのぎも、ここまでだな……」

いったい何を、と尋ねる間もなく、耳障りな音とともに座敷の窓が砕け散った。
それが銃撃によるものだと理解しかけたときには、すでに窓枠を乗り越え数名の男たちが侵入してきていた。

全身を黒で包んだ賊は、素早くゼノスを取り囲むと剣を構える。
思わずしゃがみこんだヨツユも、すぐに事態を飲み込んだ。
高位の皇族となれば、このドマにおいても命を狙う者も少なくもないだろう。
だが、忍びのような黒装束に身を包んではいても、剣も構えも帝国式となれば、偽装もお粗末と言わざるを得ない。

「あんたたち、あたしを囮に……!」

もとより女もろとも始末するつもりなのだろう。その叫びにも、賊は誰一人反応を示さない。

そんな危機的状況においても、ゼノスの顔は、退屈そうだった。
壁に立てかけた自身の剣を気にかけるでもなく、ただ呟く。

「軍団長ゼノス、遊女にうつつを抜かしているところを襲われ、死亡。
 自身の領内で皇族を殺されるという失態よりも、
 その醜聞がもたらす衝撃の強さを取ったようだな。
 暗殺の罪をドマの元国主にでもなすりつければ、
 反乱の芽を摘む口実にもなる、か……」

賊は、やはり答えない。
油断なく包囲を狭めていき、そして次の瞬間、いっせいに襲いかかった。

黒装束の男たちが群がり、鎧姿の巨体が覆い隠される。
無数の刃に刺し貫かれただろうと、ヨツユは彼の死を確信した。
……しかし、一瞬の後に倒れたのは、賊の方であった。
中央では、先程と同じように涼しい顔でゼノスが立っている。

いつの間にか、彼の手には賊が持っていた剣が握られていた。
刹那、真っ先に届く刃を見極め、奪い取ったのだろう。
そして、それをただ一太刀、振るったのだ。
死骸を見下ろし、ゼノスはため息を漏らす。

「謀反の噂が絶えぬ地ともなれば、
 多少は愉しめるかと期待していたのだが……。
 この程度の奇襲で、俺を屠れるなどと考える浅はかな男が総督とはな。
 やはりここにも獲物たり得る者はなし、か……」

そう呟くゼノスを呆然と眺めていると、頬に薄気味悪い温かさを感じた。
思わず拭うと、その手が紅色に染まっている。
賊の返り血を浴びていたのだろう、気づけば着物も悲惨な有様である。

「……笑う、か」

言葉に顔を上げると、ゼノスがこちらを見下ろしていた。
告げられ、初めて自分が笑みを浮かべていたことに気づく。
ヨツユが見てきた帝国軍人は、みな己の保身や弱者への弾圧にばかり精を出し、こうも圧倒的な「力」を有した者などいなかった。
この力がドマに向けば、この国を完膚なきまでに蹂躙し尽くすことが叶う……。

ヨツユの笑みを見て、「ふむ……」とゼノスは興味深げに目を細めた。
死骸を踏みつけ、朱に塗れた顔に唇を近づけ囁く。

「女……名は、なんと言う?」

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その後、事件は大きく取り沙汰されることなく、彼女もドマ反乱軍相手の二重間諜という元の任務に戻っていった。
時は経ち、血にまみれた夜の衝撃も薄れてきた頃に、元国主カイエンによる反乱が勃発。
ドマ総督は反乱を抑えきれず、軍上層部はゼノス率いる第XII軍団の投入を決定した。
ゼノスは迅速に部隊を展開。
首魁カイエンとの一騎打ちを制し、またたく間に反乱を鎮圧してみせる。

町人地に凱旋する第XII軍団の隊列を見つめる人混みの中に、ひとりの遊女の姿があった。
ドマの民からの憎悪の視線を、表情一つ変えずに受け流し、兵の先頭に立って歩む男。
その行進のあとを追い、女が消えていったことに気づいた者は、誰もいなかった。

そして、数日後。
ゼノスの代理総督として、ドマ全土に向けひとりの女の名が発表された。
名は、ヨツユ
豪奢な着物を身に纏い、彼女はドマ城から民を見下ろし、嗤う。
この地に巣食う屑どもを蹂躙し、搾取し、嬲り尽くす力を得られた喜悦に――

紅蓮秘話 第6話「蒼を捨てた竜騎士

古の遺跡に吹く風は、黄金の輝きを帯びているように感じられた。
魔力を乗せた咆哮を発し、竜詩を紡ぐことを何よりも好んだというかの天竜……詩竜ラタトスクの棲処であったからだろうか。今や竜たちの言葉で「悲しみの詫び言」を意味する「ソール・カイ」と呼ばれる天上の宮殿は、千年の時を経てなお、清涼な魔力で満ちていた。

「許せ、なんて言える立場でもないが、戦いは終わったぜ……」

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かつて蒼の竜騎士と呼ばれた男、エスティニアンは竜詩戦争の発端となった「人の裏切り」によって犠牲となった詩竜に向かって、そうつぶやいた。
すると一陣の風が吹き抜け、手向けの花を散らし、宙へと巻き上げた。

『誰かと思えば、蒼の竜騎士であったか……』

突然、魔力に乗せられた強烈な意思が、頭の中に響き渡る。続いて、竜の羽ばたきを感じて振り向いたエスティニアンが見たのは、詩竜と同じく七大天竜に数えられる存在、聖竜フレースヴェルグであった。

「チッ……」

雲廊での決戦で、かの英雄に救われたエスティニアンは、親友アイメリクの貴族院議長就任を見届けると、そのままひっそりと皇都から姿を消した。むろん、友の支えとなり新たな門出を迎えた国のために働くべきかと、考えなかったわけではない。
だが、竜詩戦争は終わったのだ。竜を狩る者の筆頭として戦いを導いてきた男、何より邪竜ニーズヘッグに肉体を奪われて槍と牙を民へと向けてしまった男は、竜との融和へと向かう祖国には不要である。そう考えての決断であった。
では、何処に行き、何を成すというのか?
エスティニアンは、その答えを導き出すための第一歩として、追悼の旅を続けてきた。
生まれ故郷、ファーンデールの跡地に赴き、父と母、そして弟アミニャンに祈りを捧げた。
皇都を望む高台に立ち、親友と相棒の命を救ってくれた騎士にも礼を述べた。
さらには、罵り合いながらも共に旅し、自分たちの進路を拓くために散っていった女のために魔大陸へと赴き、花を手向けさえした。
かつての自分であれば、絶対にしなかったであろう旅だ。
その終着点に選んだ場所で、姿なき詩竜に言葉を投げかける姿を、あろうことか聖竜に見られたのである。

「七大天竜ともあろう者が、のぞき見とは趣味が悪い」

照れ隠しに憎まれ口を叩く竜騎士の姿を見て、聖竜は顔を歪める。微笑んだのだ。

『邪魔だったか、蒼の竜騎士よ。だが、その花と想いに感謝すべきだと感じたのだ。
 妹たるラタトスクは、もはや竜詩を紡ぐこともできぬ身なれば、
 我が成り代わり、想いを伝えるほかあるまい』

一時は、邪竜の魂と融合し、その想いを我が物として感じたことのあるエスティニアンだ。
ニーズヘッグフレースヴェルグが、いかに血を分けた妹竜を掛け替えのない存在と思っていたのか嫌というほど知っている。だからこそ、その聖竜の意思に救いを感じた。

「そうかい……ありがとうよ。だが、俺はもう蒼の竜騎士じゃあない。
 竜騎士の役割を演じる必要はない、もう終わったのさ」

それは素直な想いである。だが、聖竜は彼が背負う得物を見逃してはいなかった。

『そう言うわりに、我が兄弟の魔力を帯びた竜槍を手放しておらぬのは何故か?』

問われて、はたと気づいた。皇都を出る決意をしたあの時、確かに自分は竜騎士の甲冑一式を置いていこうと決意していた。しかし、邪竜ニーズヘッグの力で変異したこの槍だけは、手放すという発想すらしなかったのだ。
答えに詰まるエスティニアンを見て、聖竜はふたたび意思を発する。

『お前には、まだ戦う理由があるということだ。
 役割は終わったと言いながら、まだ完全に終わったとは思えていない』

そうなのかもしれない。
まだ完全な決着はついていないのではないか。竜を屠るためだけに研ぎ澄まされてきた、この槍術が必要となることが――蒼の竜騎士ではない今の自分に成すべきことが――あるのかもしれない。

『蒼を捨てた竜騎士よ、人と竜の双方のために歩むと、その槍に誓うのならばついて来い。
 竜と共に生きる、真の竜騎士に相応しい鎧を与えてやろう』

欠けた翼を広げて、大空へと舞い上がる聖竜を呆然と見上げていたエスティニアンは、我にかえると駆け出し、単座式飛空艇マナカッターに飛び乗った。

しばしの飛行の後、辿り着いたのは「ソール・カイ」の外れにある遺構であった。どうやら、竜と人との蜜月時代に築かれた飛竜留めのようだ。
その一角に聖竜は降り立つと、奥へと進むように促した。
そして、エスティニアンは、それを見つけた。

「こいつは、驚いたな……」

人のために建てられたものであろう兵舎らしき遺構の室内には、いくつもの鎧櫃が並んでいる。多くが朽ち果てていたが、竜の魔力によって保たれていたのか奇妙な程に綺麗な櫃が、ひとつだけ遺されていたのだ。
開けてみて、さらに驚愕した。

『かつて竜騎士とは、竜と共に戦う者のことを示していた。
 我が妹、ラタトスクもまた、人の騎士を背に乗せることを好んだ。
 彼らがまとう鎧に加護を与えるほどにな』

鎧櫃の中には、紺碧の美しい甲冑一式が二揃い並べられていた。

『そこに残るふたつの鎧は、本来であれば次にラタトスクの背に乗る者たちに与えられるはずだった。だが、力を与えるほどに、欲深き者はさらなる力を求めるもの……
 鎧よりも、その力の源を欲した愚か者が現れたのだ。
 その後に起こったことは、承知であろう?』

人の王トールダンが配下の十二騎士と共に詩竜を惨殺し、魔力の根源たる「竜の眼」を奪い、喰らったのだ。
使われることのなかった、最後の竜騎士の鎧。ただそれを見つめながら、振り返ることもなくエスティニアンは問い返した。

「ならばなぜ、俺にこの鎧を……戦う力を与えようとする?
 俺もまた、欲深き愚か者のひとりなのかもしれないんだぞ!?」

数秒の沈黙の後、フレースヴェルグは答えた。

『……ふたたび人を信じてみようと思わせてくれた娘がいたのだ』

聖竜は続ける。

『身につけられるどころか、名すら与えられずに残された鎧だ。
 蒼を捨てながら、新たな蒼を受け継ぐ気があるならば、持ってゆくがいい』

しばしの後、エスティニアンは古の兵舎の中から、太陽の下へと歩み出た。
深き蒼をまとって。

「この鎧に名がないというなら、俺が与えよう」

魔力を宿した眼を細めて、聖竜は竜騎士を見つめる。

「こいつの名は『アイスハート』だ。
 蒼の竜騎士の称号を捨てながらも、未だ怨念にまみれた魔槍を持つしか能のない男。
 その行く末を見守るには、相応しい名だろうさ」

エスティニアンの言葉を聞いて、聖竜は盛大な咆哮を発してみせた。
あるいはそれは、竜の笑いであったのかもしれない。

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かくして新たな鎧を得た竜騎士エスティニアンは、雲海を後にした。
真の決着をつけるため、そして、歩み続ける相棒たちの道を切り開くために。

そして時は流れた。
エスティニアンは今、ギラバニア湖畔地帯を臨む岩山に立っている。眼下には城塞都市「アラミゴ」に向けて進軍する兵の列が長々と続いている。きっと、あのどこかにイシュガルドの軍勢を率いる親友や、かつてともに戦った相棒と少年たちも含まれているのだろう。
帝国の巨砲を破壊することで道は拓いた。ならば、圧政者たちを打ち払うのは、頼もしき彼らに任せておけばいい。
彼に残された使命は、もうひとつあるのだから。

だが、微かな残滓さえ残されていないソレを見つけるのには苦労をさせられた。
結局のところ、友たちが戦う様をただ眺めることなどできず、密かに同盟軍の側面を突こうとしていた帝国軍の飛行型魔導アーマー部隊を叩き落としていた彼は、やがて王宮方面の空に、懐かしささえ覚える魔力を感じることになる。
急ぎ撃破した魔導アーマーの残骸から槍先を引き抜いたエスティニアンは、勝敗が決しつつあった戦場を駆け抜けた。だが、アラミゴ王宮の空中庭園へと辿り着いた時には、すべてが終わっていた。
ただし、彼の使命だけは、まだ残されている。
ゆっくりと、咲き誇る異国の花々を踏みしめて、彼は歩んだ。

「やれやれ、手間をかけさせやがって……。
 蛮神の核に使われたことで、エーテルの残滓すら失われたか……。
 どうりで、まったく感じ取れないわけだ……」

エスティニアンは、背負っていた槍を手にした。魔槍「ニーズヘッグ」、かつて自分でもあった竜の名を与えた槍の穂先をソレに向ける。

「とはいえ、このままにもしておけん」

力と魔力を込めて貫き、破壊する。
もはや抜け殻同然であった竜の眼は、黒き霞となって、紅蓮の空に散っていった。

「本当にさよならだ、ニーズヘッグ」

こうして蒼を捨てた竜騎士エスティニアンの追悼の旅は終わった。
真の意味で決着を付けた彼は、ようやく新たな一歩を踏み出すことができるのだ。
彼が歩む先の空が、晴れ渡る蒼か、暮れゆく紅か、あるいは宵闇の黒なのかはわからない。
だが、どんな空の下であっても、彼は人と竜のために暗き魔槍を振るうことだろう。

紅蓮秘話 第7話「罪人の戦」

荒野を駆ける軍用チョコボキャリッジの荷台は、嫌な緊張感に包まれていた。
片側の座席に陣取るのは、不滅隊に新設されたばかりの対蛮神戦を主任務とする特務隊の面々だ。
逆側の座席には、協力関係にある組織から送り込まれた者たちが座る。
そんな協力者のひとりである若者、アレンヴァルド・レンティヌスは、場に漂う空気を変えようと声を発した。

「それで、あんたたちは蛮神との戦いには慣れているのかい?」

向かいの席にいたララフェル族の魔道士は、無言で肩をすくめるだけ。それを見かねてか、隣にいたヒューラン族の女魔道士が答えてくれた。

「ああ、実戦経験はそれなりのつもりさ。
 あたしも、隣のクリスピンもイフリートの相手は4度経験している」

そう言って指し示したのは、さらに隣に座しているヒューラン族の男だ。

「そうは言っても私たちより、ジャジャサム少闘士の方が経験は上ですけれどね。
 彼は、かの海雄旅団の出身で、岩神タイタンの討伐にも参加していますから」

先程から冷ややかな視線を向けてきているララフェル族の魔道士が、そのジャジャサム少闘士なのだろう。豊富な経験ゆえに実績の怪しい若造である自分たちを、侮っているといったところか……。とはいえ、これから共に戦う者たちとのいざこざは御免だ。

「つまりはベテラン揃いだってことか、こいつは心強いな。
 俺も足を引っ張らないように頑張らないと……」

素直な若者を演じるために、アレンヴァルドは下手に出てみたのだが、すぐに後悔させられることになる。

「まったくだ。ガキどもは足を引っ張らないように見学でもしていろ」

終始無言を貫いてきたジャジャサムの一言目がこれなのだから、先が思いやられる。
アレンヴァルドは肩をすくめていなしながら、自分の隣に座る「ガキども」の片割れを見やる。ここで彼女が激昂して、口を挟めば状況の悪化は必至だ。
ところが彼女は――フォルドラ・ルプスは、目を閉じたまま素知らぬ顔をしている。こちらもこちらで、他人を無視することにかけてはベテランということか。
危険な作戦を前に和やかな会話で親睦を、という目論見が失敗に終わったアレンヴァルドは、無駄な努力を諦めることとし、ここに至る経緯に思いを馳せた。

暁の血盟」の一員として生まれ故郷、アラミゴの解放のためにエオルゼア同盟軍との共同作戦に参加していた彼は、戦場にて敵としてフォルドラと出会った。
同じ年、同じ場所で生まれながらも、まったく異なる道を歩んだふたり。アレンヴァルドは、その身に流れるガレアン族の血を疎まれ、母親に捨てられ孤児となり、そして故郷を離れて冒険者となった。一方のフォルドラは、生粋のアラミゴ人ながら帝国市民権を持って生まれ、ガレアン族として育ち、やがて母親を捨てて帝国軍へと入隊した。
それぞれが、それぞれにより良い人生を歩もうとした結果、対極に立つことになったのだ。
アラミゴ市民は、「暁」の一員として活動するアレンヴァルドを解放者として称賛し、今や囚われの身となったフォルドラを売国奴として罵り、死を願った。
ところが奇妙な偶然から、ふたりは同じ戦場に立つことになる。
解放後のアラミゴの行く末を決めるための代表者会議が、カリヤナ派アナンタ族による襲撃を受けた際、ともに美神ラクシュミと戦ったのだ。

「仕事は終わった……牢に戻る」

リセ・ヘクストの説得に応じて捕虜の身でありながら剣を取り、代表者を守るために戦ったフォルドラは、戦いの後、素直に剣を置くと牢へと戻っていった。
そんな彼女の処遇を巡っては、代表者会議においても多くの議論を呼んだらしい。
結局のところ、アラミゴ解放軍の新たな総司令官となったラウバーンが出した答えは、「囚人部隊」の創設であった。

美神との戦いで証明されたことだが、超越者として人工的に異能を与えられたフォルドラは、蛮神のエーテル照射に耐性がある。つまり、蛮神最大の脅威となっている「テンパード化」を無効化できる稀有な存在ということだ。
そこで、この異能を国家のために用いることを条件に助命し、囚人として服役させながらも軍事訓練を認め、対蛮神戦の機会があれば真っ先に投入する。
彼女も、これを認めたことで今があるのだ。

「キャリッジ停止! 総員、下車せよ!」

御者の隣に座っていたルガディン族の不滅隊将校からの声で、アレンヴァルドは注意を現実に引き戻した。素早く荷台から飛び降り、そして整列する。

「さて、改めて作戦の概要を説明する。
 昨日、『暁』のクルトゥネ氏より、緊急通報が寄せられた。
 南ザナラーンのザンラク祭場にて、異様なエーテル放射を観測……神降ろしが行われた可能性が極めて高いとのことだ」

ルガディン族の将校が、整列した兵たちの前を行き来しながら説明を続ける。

「だが、幸いなことに、今回は優秀な人材の支援を受けられる」

その一言で、アレンヴァルドフォルドラに兵たちの注目が集まる。

「『暁』のアレンヴァルド君と、アラミゴ解放軍のフォルドラ君だ。
 ふたりとも、蛮神のエーテル放射に耐性があるという。
 また、例の特殊条件については、事前に共有したとおりである」

特殊条件――その言葉に、兵たちの目つきが変わる。
しかし、フォルドラは涼しい顔で自嘲気味に笑う。

「安心しろ、裏切りはしないさ。
 この首は今も見えない綱で、絞首刑台と結ばれているんだからな」

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そう言い放って、自らの首を指し示す。
囚人であるフォルドラの首には、鈍い黄銅色の首輪が巻かれていた。いや、正解には首輪ではなく魔器だ。彼女に離反の気配があれば、随行するアラミゴ解放軍呪術士が魔器を起動、拘束魔法により動きを縛ることができる。
その拘束が長期間続けば呼吸もできず、彼女はもがき苦しみ、死ぬことだろう。
絞首刑台と結ばれているとは言い得て妙だ。

「ゴ、ゴホン……
 ともかく、たっての希望により、先陣はアレンヴァルド君とフォルドラ君に任せる。
 特務隊は標的イフリートとは距離を取り、使い魔と魔法による攻撃に専念。
 私は見届け役の解放軍部隊を護衛しつつ、陽動作戦を指揮する。以上、質問はあるか?」

かくして、イフリート討滅作戦が始まった。
中継地となった忘れられたオアシスから進発した部隊は、サゴリー砂漠を東へと横断。ルガディン族の将校、ダンシング・ウルフ大闘士に率いられた陽動部隊が、砂漠北東のアマルジャ族の陣営に攻撃をかけつつ、その横を通過する形で特務部隊は北上。ザンラク祭場へと突入する。
先頭を駆けていたアレンヴァルドは、見張りのアマルジャ族闘士を斬り捨てて安全を確保すると、後ろを振り向く。フォルドラに魔道士3名から成る特務隊の面々、支援役の癒し手などが整然と並ぶ。
そして、辿り着いた祭場にそれはいた。
牙が並ぶ口から、炎を溢れさせる異形の存在――焔神「イフリート」である。

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結果から言えば、この作戦は成功裏に終わった。
召喚に用いられたクリスタルの量が、それほどでもなかったこと。代表者会議での戦いのように民間人を守る必要がなかったこと。蛮神戦の経験が豊富な特務隊の支援が受けられたこと。勝利のための準備は整えられていたのだ。

「総員、撤収!」

ダンシング・ウルフ大闘士の号令に従い、部隊は祭場から脱出すべく南へと向かう。事件が起こったのは、その時だ。
「ガハッ」と声にならない叫びを上げ、ひとりの兵が倒れた。
見ればその背から、一本の矢が突き出ている。黒鉄の矢ジリを持つアマルジャ族の矢だ。

「西方に射手! 岩陰に身を隠せッ!」

誰かが挙げた叫び声を合図にしたかのように無数の矢が降り注ぐ。とっさにアレンヴァルドは盾を頭上に掲げて防御姿勢を取りながら、無防備な特務隊の魔道士を守りつつ後退する。
しかし、フォルドラは味方の隊列とは逆行した。
剣を振り回して矢を払いつつ前進を続ける。

「あのガキ! 逃げるつもりか!」

ジャジャサム少闘士の声に、まさかと思う。が、見れば最初の一矢で倒された兵こそ、アラミゴ解放軍から派遣されてきていた監視役であった。今のフォルドラは、枷を外されたに等しい状態だ。
だがしかし、彼女は逃げ出したわけではなかった。矢を受けて倒れた監視役の元へたどり着くと、肩を貸して助け起こす。
それを見て、アレンヴァルドも駆け出した。射手が陣取る高台に向けて、真正面から突撃をかける。何か策があるわけでもなく、ただ注意を引こうとしただけの無謀な行動であった。
猛然と突き進む彼の姿を見て、敵も動揺したのだろう。接近させまいと射られた矢の多くは狙いが外れる。しかし、それでも数本の矢がアレンヴァルドに届いた。
一矢、盾で受け、続く矢も剣で切り落とす。さらなる矢は白銀の甲冑に当たるも勢いが弱く弾かれた。仮面を付けたアマルジャ族の射手が、眼前に迫る。
だが、敵とていつまでも動揺しているわけではない。必中を期して引き絞られた矢が放たれ――

「うあああああああァッ!」

やぶれかぶれの叫び声とともに繰り出した斬撃が、身を護ろうと突き出された弓を断ち斬り、そして分厚い胸板を裂いていく。
おそらくそれが隊長格であったのだろう。仮面の射手が倒されると、アマルジャ族の兵たちは一気に潰走を始めた。

「やれやれ、無謀なことをしやがって……これだからガキは嫌いなんだよ」

そう言うジャジャサム少闘士は、使い魔に戻るようにと命じる。
岩のような使い魔の体表には、仮面の射手が最後に放った矢が深々と突き刺さっていた。

帰路の荷台は、温かな空気に包まれていた。
なぜ身を挺して自分を救ったのか、一命をとりとめた監視役に問われたフォルドラは、ただ一言、「帰りを待つ娘のためだ」とだけ言い放ち、その後は無言を貫いた。
話したこともない家族のことを引き合いに出され、監視役の呪術士は終始、不思議そうにしていたが、アレンヴァルドにはわかっている。

彼女は、その身に与えられた過去を視る異能ちからを正しく使ったのだ、と――

紅蓮秘話 第8話「少年たちの魔導展」

帝国歴38年の冬は例年以上に寒さが厳しく、その日もまた帝都は雪のヴェールに包まれていた。そんな一面の銀世界を、黒い制服に身を包んだひとりの少年が駆けてゆく。

「よし、一番乗り!」

雪と同じ白銀の髪を持つ少年は、重厚な石階段を一段飛びで駆け上ると魔導院付属中央図書館の正面玄関に立った。が、入口を飾る巨大な大理石の柱の影から、鮮やかな金髪が目立つ痩せっぽちの少年が現れる。

「残念だったな、ガーロンドォ! 開館一番乗りは、このオレ様がいただいた!」

それが、シド・ガーロンドネロ・スカエウァの出会いだった。少なくともシドの認識においては――
事情は少々複雑なのだ。
ガレマール帝国の魔導技術界を牽引する筆頭機工師、ミド・ナン・ガーロンドを父に持ち、自らも天才少年として幼少期から名を馳せてきたシド少年は、この年、弱冠12歳にして魔導院への入学を許されていた。一方のネロ少年もまた、地元では秀才として有名な存在であり、同い年で魔導院へとやって来た。通常は16歳にならなければ受験資格すら得られないエリート養成機関なのだから、彼らふたりの実績は驚異的といえる。
ところが、地元では常に一番手であったネロにしてみれば、面白くない。パトロンを得て、帝都に登ってきてはじめて出会った同い年でありながら自分を上回る評価を得ている存在、それがシドだったのである。だからこそ、入学式に向かう道すがらで、ひと目見たその時から、この銀髪の少年を絶対に負けられない相手と認識していたのである。

「誰だよ、お前……」

いかに天才と言われようとシドもまた、未熟な少年なのだ。独り言に割り込まれ、あまつさえ無礼にも呼び捨てにしてきた見知らぬ少年を前に、黙ってはいられない。

「誰……だと!? そうか、天才ぼっちゃまは、田舎者なンて眼中にないってか?
 いいぜ、聞かせてやる……オレ様の名は、ネロ……ネロ・スカエウァ!
 魔導展でお前をケチョンケチョンにして、最高金賞を獲る男だッ!」

魔導展――ガレマール帝国学徒魔導技術展――とは、帝国内の学生たちが自ら作成した魔導装置を出品し、技術力を競う一種の品評会である。シドは、魔導院入学前の前年に史上最年少で最高の栄誉となる金賞を獲得していた。今日、開館時間に合わせて図書館に来たのも、今年の出展作品を作るにあたっての調べ物のためである。
もちろん、年上の学生連中には、打倒シドを掲げて熱心に取り組む者も少なくない。とはいえ、こうして面と向かって勝負を挑む者など皆無であった。シドが面食らったのも無理からぬ事だろう。
そして、この日を境に何かにつけ、ネロシドに突っかかってくるようになる。
図書館で書物の貸出を受けていれば、その内容が低レベルだとあげつらい、工作室の一角で旋盤を使って部品を製作していれば、その精度が見るも無残だと口を出す。果ては、食堂で食べる昼食のメニューにすら、味覚が子供じみているなどと因縁をつけてくる始末だ。

「いったい何なんだよ、あのネロって奴は!」

出展作品の組立作業を続けながら、シドは独り毒づいた。

そうこうしている内に、数ヶ月が過ぎた。
暦の上では春になったものの、寒冷地にある帝都の雪解けはまだ遠い。しかし、魔導展の会場となっていた講堂の内部は、学生たちの熱気でむせ返るようであった。最終審査に大きな影響を与えるデモンストレーションを目前に控える状況で、参加者たちは皆、自分の魔導装置の最終点検を行っていたのである。
シドもまた、出展作品である「エーテル翼搭載型・羽ばたき飛行機械」の分解整備に余念がない。そんな彼の前に、またもや妨害者が現れる。そう、ネロ・スカエウァだ。

「そんなチャチなオモチャじゃ、勝負にならないンじゃないのか?
 オレ様の超高圧雷流カノンの方が、数十倍……いや、数百倍も刺激的だぜッ!」

ネロが両手で抱えていた筒状の魔導装置を掲げてみせた。どうやら、それが彼の出展作品ということらしい。
また口論になるのも馬鹿らしく、無視を決め込んだシドが黙々と手を動かしていたその時、講堂内に爆発音が響いた。

「なんだ!?」

誰かの作品が爆発でもしたのか。音の発生源を確かめようと立ち上がったシドが見たのは、白煙の中から現れる武装兵たちの姿であった。それも帝国軍の兵ではない。統一性のない装備に、毛むくじゃらの獣のような顔――それは、明らかに属州民であった。
一瞬の静寂の後、ひとりの女生徒が悲鳴を発したのを切欠に、堰を切ったように混乱が講堂内に広がる。我先にと脱出しようと、生徒たちが作品を放り出して逃げてゆく。

「オイオイ、冗談だろう?
 ここは天下の帝都だぜ、なんだって反逆者どもが襲ってくるンだよォ!」

常に強気なネロであっても、突然の事態に動揺を隠せない。そんな中、シドは呆然とした様子ながらも、乱入してきた者たちの動向をしっかりと確認していた。

「対象はここにはいない。お前たちは軍の足止めを、残りは上だッ!」

あたりを見回していたリーダー格らしき男がそう発するや、反逆者たちは二手にわかれた。逃げ惑う学生たちを追い散らしながらもバリケードを築き始める者たちと、リーダーに従い階段へと向かう者たちだ。

「誰かを探している……?」

囁くように思考を口に出したシドは、はたと気づいた。
今日、この講堂を訪れている者の中で最高位の人物――それは、筆頭機工師であり魔導展の審査委員長を務める男、ミド・ナン・ガーロンド、すなわち彼の父親である。
理由まではわからないが、父の命が狙われている。そう直感した。

「親父ッ!」

羽ばたき飛行機械を抱えたまま、シドは駆け出した。
反逆者たちから逃れようと出口へ殺到する学生たちの流れから離れ、別の階段から上階へと向かう。目指すは来賓たちの休憩室となっている会議室だ。
やがて、会議室へと通じる曲がり角まで来た時、シドは荒々しい男の怒号を聞いた。

「今すぐあの実験を中止してもらう! さもなくば命はないものと思え!」

この一言で、彼の中ですべてが繋がった。
ここ最近、ミドは皇帝陛下直々の命令で機密性の高い実験を行うべく、辺境の属州都市「シタデル・ボズヤ」と帝都を頻繁に行き来していた。そして、あの反逆者たちの風体は、伝え聞いたボズヤ人の特徴と合致する。
つまり、反逆者たちは責任者のミドを捕らえることで、その実験を中止させようとしているのだ。帝国最高の頭脳と言われるミドが人質となれば、軍もおいそれと突入することはできない。となれば、この襲撃事件は長期化するだろう。

「なるほどな、目的は親父さんってわけか……」

シドは飛び上がるほど驚いた。
いつの間にか、すぐ背後に金髪の少年――ネロが片膝をついていたのである。

「ネ、ネロ……なんで、お前がここにッ!?」

囁き声で詰問するも、ネロは飄々とした様子で答える。

「お前が反逆者どもに殺されでもすれば、勝負がつけられなくなっちまうンだぜ?」

「勝負って……この状況で、まだそんなことを!」

「オレ様の超高圧雷流カノンが最高金賞を獲得するのは、確定事項だ。
 でもよォ、そこにお前の作品がないってンなら、何の価値もありはしねぇ」

唖然とするシドは、しかし、そこでひとつ閃きを得る。
自分とネロが、後生大事に抱えているそれぞれ作品を交互に見ながら――

「そんなに勝負にこだわるなら、ちょっと協力しろ。
 この事件、俺たちで解決するんだ」

かくして少年たちによる人質救出作戦が始まった。
近くの用具室に身を隠したふたりは、シドの羽ばたき飛行機械に、ネロの超高圧雷流カノンを組み込み始めたのである。かくして完成したのは、即席の無人攻撃端末だ。

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「名付けて、魔導タレットだぜ!」

完成したそれを見て、得意げに宣言するネロを無視しながら、ありあわせの部品で仕上げた制御装置を操作する。ロバの鼻息のような滑稽な音をたてて小型青燐機関が始動すると、ゆっくりとエーテル翼をはためかせて、命名されたばかりの魔導タレットが浮上する。

「いいか、操縦は俺が……火器管制は任せるぞ、ネロ!」

「やってやンぜ、ガーロンドォ!」

用具室を飛び出した魔導タレットが、廊下を高速で飛行する。
そして、見張りのボズヤ人を超高圧雷流カノンから放たれる雷撃で失神させると、勢いそのままに扉を打ち破り、会議室へと乱入した。操縦者であるふたりの少年も、その後に続く。

「帝国軍か!?」

突然、室内に転がり込んできた奇妙な魔導装置を見て、ミドを拘束していた反逆者たちが、そう思ったのも無理はない。

「こっちには人質が……!」

言いかけた言葉は、すぐさま悲鳴に変わった。

「オラオラ、オレ様の技術力に痺れやがれッ!」

調子に乗ったネロが、辺り構わず雷撃を放射させたことで、地獄絵図が展開された。
その後、しばらくしてシドからの連絡を受けて突入してきた皇帝親衛軍の兵士たちが見たのは、雷撃を受けて失神したボズヤ人たちと、同様に泡を吹く筆頭機工師の姿だった。
後日、日を改めて行われた魔導展の終幕式にて、最高金賞を獲得したのがシド・ガーロンドネロ・スカエウァによる合作「魔導タレット」であったことは言うまでもない。

「何、難しい顔してるんですか?」

目付役の部下、ジェシー・ジェイに声をかけられて、無意識にヒゲを触って考え込んでいたシド・ガーロンドは顔を上げた。

「ああ、ちょっとな……昔のことを思い出していただけさ」

その返答を聞いて、ジェシーは眉を寄せる。

「例の研究データを取り寄せたことと関係が?」

目下、取り組んでいる問題解決のため、帝国本国からある研究データを取り寄せてからというもの、上司であるシドが思いつめたような表情をすることが多く、彼女は心配になっていたのだ。だが、そんな想いを払拭しようとでもいうのか、シドは笑ってみせる。

「心配かけちまったか? なぁに、大丈夫さ……過去と向き合う準備はできている。
 それに、悪い思い出ばかりってわけでもないんだからな……」

さぁ、勝負の時は近い。
シド・ガーロンドは、決戦に臨む仲間たちの元へと歩き出した。

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公式サイト

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