暁月秘話

暁月秘話(Tales from the Dawn)

  • 2022年8月26日から公開されたもの。
「ファイナルファンタジーXIV: 暁月のフィナーレ」に登場したキャラクターたちの、語られなかった想いなどを綴った特別な読み物「暁月秘話」を公開しました!
  • ※「暁月秘話」はメインシナリオのネタバレを含むため、まだメインシナリオをコンプリートしていない方はご注意ください。
  • ※全4回(第1~4話)の更新を予定しています。

※「暁月秘話」はメインシナリオのネタバレを含むため、メインシナリオをコンプリートしていない方はご注意ください。

Table of Contents

概要

「ファイナルファンタジーXIV: 暁月のフィナーレ」に登場したキャラクターたちの、
語られなかった想いなどを綴った特別な読み物「暁月秘話」を公開しました!

暁月秘話 第1話「或る友人たちの記録」

人の営みの中心を担う、首都アーモロート
その広大な都の一角に、アニドラス・アナムネーシスと呼ばれる施設がある。人が創造せし種々の記録、すなわちイデアを保管する場所であり、人が見出した万物万象の理ことわりを収めておく場所でもあり、言うなれば人智のすべてを内包している巨大な匣はこだった。
それほどに膨大な記録を有していれば、整理整頓にも少なからず人手がいる。増え続ける記録――概ね書物かクリスタルに記されていた――を仕分け、並べ替えていくのは職員たちの仕事だった。彼らには確かな知識が求められる。ゆえにアニドラスの職員に任ぜられるということは、特に学者のような知を追い求める人々にとって、格別な名誉とされていたのだ。

男は、そうした職員のひとりだった。
余人は新たな物事を創造することに情熱を傾けていたが、彼が興味を持ったのは「既に存在している物事」の追求にほかならない。石を石たらしめる要素を分析し、そこに敷かれた視えざる法則を導き出す。最も小さきを知ることで、その集合体たる星や世界そのものを解明しようとする学問だった。
彼はアニドラスの職員として先達が記した資料を丹念に並べ、時間が空けば、それらを参考にして自らの学説を磨いた。樹木の年輪、あるいは大地に生じた層のように、知識を黙々と重ねていくのが好きだった。

ある日、男はアニドラスの所長に呼び出された。曰く、会ってほしい人物がいるのだという。続いて出された名前には聞き覚えがあった。ここ数百年で、生命に関する実に鮮烈な研究結果をいくつも発表した、気鋭の学者。生命体をあくまで物質の一種とみなした考え方は、確かに男の得意とする分野にも通じるところがある。その学者がアニドラスで資料を探すにあたっての助手を求めているというので、興味半分、断る理由が見当たらなかったの半分で、面会を承諾した。

約束の刻になって、入口の近くに設しつらえられた応接室へと足を運ぶ。重厚な扉をノックすると、存外に涼やかな女性の声が返ってきた。隔てるものを押し開けば、声の主、くだんの学者がひとり佇んでいる。黒いローブで頭から足元までを覆い、白仮面で目元を隠すという格好は、男を含め大多数の市民たちと変わらない。しかし彼女は、男が入室するなりフードを下ろし、仮面を外したのだ。

「はじめまして。ヴェーネスと申します」

それは、素顔であることを必須としている特別な場所を除き、友人などの親しき間柄でのみ良しとされる姿だった。あるいは重大な決めごとをするとき、師に教えを乞うときといった、切実な相談に臨むときの礼儀とされていた。彼女がどちらの意味で容貌を晒したにせよ、男を使い魔のように扱うつもりはないのだという意思が読み取れる。
男は予期せぬ事態への戸惑いを深い呼吸に乗せて吐き出し、彼女の真っ直ぐな姿勢に敬意を払って、己の仮面に手をかけた。

以来、互いの命が尽きるまで続く奇妙な友人関係は、こうして始まったのだ。


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ヴェーネスは明朗で礼儀正しく、冴え渡った頭脳から繰り出される弁論は聴く者から感嘆の溜息を引き出した。男はそれを目の当たりにするたび、珠の宝石を思い起こさずにはいられなかった。どこから見ても歪みのない完全な球体。だからこそ当たり障りなく、どの角度にも光をぼんやりと反射しているような……そんなものを。

印象が変わったのは、資料集めを手伝うようになって数年が経ってからだった。アニドラスの片隅で書き物を続けていた彼女がペンを置く。気づいた男は手にしていた本を棚に戻し、彼女が記していた内容を背後から肩越しに覗き込んだ。
紙上で、彼女が長らく追ってきた仮説が矛盾のないひとつの輪になっていた。真実になっていた。それを理解すると同時に、男の胸にも安堵と嬉しさが込み上げてくる。

「ああ、おめでとう」

しかし、ヴェーネスは振り返らない。
不思議に思って今度は横から覗き込むと、彼女は自らが書きつけたものに釘付けになっていた。そのまま微動だにせず数秒。おもむろに、そのしなやかな両手が口元に運ばれた。
――笑っている。
指の下に隠しきれないほど、それはもう、にんまりと。日頃たたえている儚げな笑みではなく、湧き上がる歓びを溢れさせたかのような笑みだった。
明るい海の色をした瞳までもが、爛々と輝いている。いつの間にやら仮面を外していたのか、はたまたそれをつけていることを男が失念するほどに、確かな光が灯っていた。

「すごい……」

うわ言のように、ヴェーネスが言った。

「私たちが生きているのは、まるで奇跡だわ」

「おかしなことを言う。
 それが一定の法則に基づいた必然の結果であると、君がこうして証明したのでは?」

「その必然が必然であることが、すごいのよ……こんなにも……」

彼女の目は、紙面に広がった真理に惹きつけられたままだった。
パキリ、と脳裏に浮かぶ珠の宝石が割れる。新たに生じた断面が、光を鋭く強く反射して、彼女という宝石に一際眩い輝きを与えていた。
ああ、これこそが彼女の在るべき形だったのだ。
たとえ根拠を綴ることができずとも間違いないと、輝きを前に男は思った。




ヴェーネスは世界の形を明らかにするほどに、何かを感じ取っているようだった。
そしてあるとき、アニドラスに飛び込んできて男に言ったのだ。

「旅に出るわ、私」

どこへと問えば、あてはないという。世界を知るための旅。今そこに在るものを聞いて、感じて、考えるための旅なのだと彼女は答えた。

「承知した。どうか、気をつけて」

そう伝えると、ヴェーネスはまた歓びに満ちた笑みを浮かべて、ローブの裾を軽やかに翻し、巨大な匣から去っていった。入口の扉が閉まりきるまで見送って、男は職務中の定位置となっている椅子に戻っていく。運ばれてきたものに目を通し、しばし考え、正しい場所に収める……黙々と、その繰り返し。
ただ、彼女が次にここを訪れたとき、どんな資料を求めるだろうかと想像するようになった。自分の学説を練るためにあった時間が、次第に専門外の分野を知るための時間になっていった。
新たな学びは、不思議なほどに面白かった。

あるときはたったの数ヶ月、またあるときは数十年を経て、ヴェーネスはアニドラスに顔を出した。旅の途中で出会った胸躍る出来事、それらをより深く理解するために匣の中の知識を求めたのだ。見聞きしたことを活き活きと語る彼女に、もはや出会った頃のどこかぼやけた印象はない。たとえるなら複雑な面を持つクリスタルのように、時々の歓びを映して輝いていた。
男は彼女の話に――あるいはその中で彼女がとった大胆すぎる行動に――幾度も驚かされつつ、彼女が持ち込んだ疑問に対してすぐさま資料を差し出して、驚かれもした。

変わったことといえば、もうひとつ。ヴェーネス十四人委員会アゼムの座に就任したのだ。世界を見回る観察者の役目は、なるほど今の彼女にふさわしいと男は思った。同時に、人を導く立場となったのだから、相応の礼節をもって接さねばならないと考えた。
再びやってきた彼女に、男は以前にも増してうやうやしく資料を薦めた。
するとどうだろう、彼女は眉をひそめ、いかにも不服だという顔をするではないか。

「あなたにまでそんな風に扱われると、居心地が悪いのですが」

「今や大勢の尊敬を集めている御方を、私ばかりが気安く呼ぶわけにはいかないでしょう。
 観念してください。じきに慣れる」

初めのうちにそんな攻防があったものの、彼女はアゼムとしての仕事をこよなく愛し、大いに活躍した。人里を凶暴な獣が襲うようになったと聞けば、それらの住処の森に分け入り、原因を突き止めた。調査に向かったまま戻らぬ知人を案じる者がいれば、険しい山々を越えて探し出した。子どもの無垢な憧れが生んでしまった塔ほどもある創造生物を打ち倒し、農作物に紛れた有毒植物を選り分け、大掛かりな対策が必要と見れば十四人委員会に持ち帰り、それ以上に自ら解決に乗り出した。
黄金の毛並みの使い魔に乗って、絶え間なく、地と海と空を駆けていた……。

かと思えば、冗談かと疑うほどに呆気なく、その座を後任に譲ることを決めたという。
旅先で面白い子に出会ったのだと語る彼女は、宝物を見つけたかのように嬉しげだった。

「しかし、あなたがアゼムとしてやるべきことも、まだあるのでは?」

「私は座にいなくたって世界を回れます。
 それよりも、あの子にもっと遠くまで踏み出すきっかけをあげたいの。
 旅は旅人の数だけある……たとえ同じ場所に立ったって、
 あの子は私と違うものを見聞きして、感じて、考えるでしょう。
 新たな発見が、きっとたくさんあるわ」

その言い様だと、座を降りるとともに還ることはなさそうだと、男は密かに期待を募らせた。
このころ既にアニドラスで働いていた同僚の多くが、自身の到達点と呼べるだけの真実に至り、賞賛を受けながら星に還っていたのだ。
広く知識を求めるようになった男に、彼らと同じ道は望むべくもない。己が命を手放すまでに達するべき願いがあるとすれば、目の前の傑物がどこへ行くのか……その歩みが至る先を見届けたいということだけだった。

間もなくヴェーネスアゼムの座を譲り、いずれにも属さぬ助言者として白き衣を纏うようになった。一方で男は、アニドラスの所長に任ぜられた。
かくして来たる終末のとき、アニドラス・アナムネーシスがヴェーネス派の拠点となったのである。




災厄が星を焼き払い、ゾディアークがそれを退けた。
かの神のもとに集いし人々は、これより新たな贄を捧げ、星に命の種を蒔くという。それらはやがて刈り取られ、贄となった者たちの代わりに差し出されるのだ。なべて世はこともなし、人は楽園へと回帰するだろう。
男とヴェーネス、その仲間たちは、彼らの計画に異を唱えた。未来は過去のために費やされてはならない。傷も喪失も受け入れて、なお先を目指すことこそが進歩である。ゆえに、ゾディアークを人の手が届くところに存在させてはならなかった。

かの神を遠ざける手段として選ばれたのは、ヴェーネス派に属する者たちの生命で「枷」となる存在を創造することだった。規模として勝るゾディアークに肉薄するため、こちらは贄を魂さえ残さずに使い切らねばならない。

それらを定めたあとの夜、男はアニドラスに留まっていたヴェーネスに声をかけた。

「ヴェーネス様……ハイデリン召喚の際は、やはり、あなたが……?」

枷、すなわちハイデリンを創るには、贄のほかに核となる人物が必要だ。彼女が務めるのが適切であることは、言わずもがな皆わかっていた。一方で、彼女さえ残っていれば失敗しても次を望めるはずだという意見もあったし、そのためにも最後まで人で在ってほしいという想いもあった。

「……大丈夫、核になるということは、消えるということではありません。
 私がどう在るかは、いつだって私次第です」

「そうおっしゃるなら、止めるのはよそう。
 ただ……いち個人としては……惜別にたえない」

男が素直に告げれば、ヴェーネスは困ったように、ともすれば泣きそうに顔を歪ませ、しばし押し黙ったあとに呟いた。

「それはこちらの台詞ですよ」

何を惜しんでいるというのか、少し考え、やっと気づく。
男は、贄として消え去ることになっていたのだ。

上手い返しが見つからず、いつもやってきたように、懐から出したクリスタルを彼女に差し出した。そこには彼女が求めていた星外にまつわる知識の、最後の一篇が収められていた。
何故それが必要なのかは聞いているが、すべてではなかったと思う。こと未来の出来事について、彼女はほとんど言及しなかった。「私たちの未来が、教えられたものと同じとは限らない。こうなるはずと思い込まずに最善を選ばなくては」強い決意を込めて、そう言っていた。珠の宝石だった、あの彼女が。

「……君の変化は眩しかった。私自身の変化も面白かった。
 以上を根拠として仮説を立てよう。
 人が変わり続けていけば、いつかは必ず、よかったと言える瞬間に辿りつく。
 手を貸すから、君がそれを証明してくれ」

返事はすぐにかえってこない。
長い長い静寂のあと、ヴェーネスがため息をつくように小さく笑って、差し出されたクリスタルを受け取った。男もまた笑みを浮かべ「それはそれとして」と付け加える。

「君の雄姿を最後まで見届けられないのは残念だ。
 やりようがあるなら、私をハイデリンの目にでもしておいてほしい。
 決して閉じることなく行く末を見守ろう」

嘘ではないが、叶うとも思っていない。男は消えるし、別れは別れだ。
でも、言葉は残していける。
思い出にでも笑い話にでもして、長い道を歩んでほしい。

その終点で、君という人にもまた、「よかった」と言ってほしいのだ。


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暁月秘話 第2話「「アポリアに始まる」」

雪のちらつく皇都イシュガルドで手紙を受け取った。ギルドシップの同業者を介して届けられたそれは、つまるところ依頼状だった。
知っている情報を伝えるから、よければ協力してほしい……要約するとそんな内容で、末尾にはクルル・バルデシオンのサイン。先日ラヴィリンソスで出会った奇妙な集団を思い出しながら、エレンヴィルは「さて、どうしたもんか」と唸った。

釣られてみるか否か、決めかねたまま宿に戻ったところで仕事用のリンクパールが鳴る。応答すれば、ギルドシップの事務員が興奮した様子で言った。

「大撤収だと! この星からの!」

事務員は、つい先ほど哲学者議会が発表したという内容をまくしたてた。
終末、星の意志の予言、月への脱出計画……嘘だろと言いたくなる一方で、ここのところ感じていた疑問に答えがはまっていく。最後に「お前もきりが良くなったらすぐ本国へ戻ってこい」と告げるなり、通信が慌ただしく切られた。

それから3日。エレンヴィルは既に捕獲していた動物をそれぞれの生息地に返した。己の身ひとつであれば転移魔法で本国に帰還できる。その間にも、近東方面に出ていた同業者から、ただならぬ災厄が起きているという悲鳴さながらの報告が届いていた。
だから、オールド・シャーレアンに降り立ったときにはもう、迷う余地もなかったのだ。足早にバルデシオン分館へと向かい、扉の先に受付と話しているクルルを見つけるや否や、懐から例の手紙を取り出して告げた。

「とりあえず、話を聞かせろ……!」

クルルは突然の来訪者に驚いた様子だったものの、すぐに顔を引き締めて頷いた。

そこで聞いた話は、哲学者議会の発表以上に信じがたいものだった。暁の血盟が辿りついた真なる歴史。古の時代に起きた終末が再来したのだということ。月へ逃げるだけでは救えないものを救うため、別の抗い方を探していること……。
エレンヴィルは常から、物事を積極的に学ぶよう心掛けていた。グリーナーである以上、専門分野についてはもちろん、世界の文化や情勢、旅に必要な多くのことを知っておかねばならない。事実、エオルゼアの抱える問題を解決に導いた組織があることも把握していたし、そこに英雄と呼ばれる人物がいることも――シモフリネズミの捕獲で出会い、トード姿で再会するとは思ってもみなかったが――知ってはいた。
しかしこうして蓋を開けてみれば、掴んでいた情報などほんの欠片に過ぎなかったと痛感せざるを得ない。彼らは想像だにしないような世界の真相と向き合っていたのだ。

いまだこの星には、未知なるものが多く存在する。
自分の見聞きしてきた範囲ですらそうなのに、クルルが明かした話まで踏まえたら、どれほどの発見が埋もれていることだろう。
それらを見つけることのないまま星を去るのは―――単純に、悔しいと思った。

「俺に何ができる?」

問いが口を衝いていた。
クルルは感謝を示すように表情を和らげて、グリーナーの足と連絡網を貸してほしいと答えたのだった。




契約は間もなく果たされることとなる。
方舟に積み込むエーテル縮退炉の改良、そのために必要な人材の手配を、グリーナーズ・ギルドシップが一部引き受けたのだ。知神の港に集った人々はセントラルサーキットへ資材を運び込み、すぐさま作業を開始。星海から戻った暁の血盟の要請、および哲学者議会の承認を受けて、今は天の果てウルティマ・トゥーレを目指す船を完成させようとしている。

となると、月の跳躍航行装置を輸送してくるのと並行して、方舟に積み込んでいた各種サンプルを船外に運び出さなければならない。ラヴィリンソスの職員と、イルサバード派遣団などから応援に来た面々、そしてエレンヴィルを含めたグリーナーたちは、タウマゼインから保管院の空き倉庫まで無我夢中で荷物を運び続けていた。
またひとつ昇降機に木箱を積み込む。慣れているとはいえ、すでに全身が軋み放題だ。次に取り掛かる前に身体を伸ばしていると、声を掛けてくる者がいた。
イシュガルド騎兵の鎧、その襟元から覗く黄色の鎧下はフォルタン家を示すものだったか。海賊の青年とやたらに火花を散らしていた人物だと、顔を見て思い出した。

「なあ、ククロの工房ってどこだかわかるか?

 この荷物はそっちに届けてほしいって言われたんだけどさ……」

「それなら……いや、俺が運んだ方が早いな。代わる」

「おっ、マジで? ありがとなー!」

フォルタン家の青年は満面の笑みを浮かべ、抱えていた荷物をエレンヴィルに渡した。やはり疲労が溜まっているのだろう、手が空くなり呻きながら腰を叩きだす。「代わりにこっちを頼む」と去り際に伝えれば、恨めしげに――しかし拒否はすることなく――荷物の山へと向き直った。

「こんなことなら、蒼天街の竜たちにも来てくれって頼めばよかったなぁ……」

思わず耳が声を追った。
ドラゴン族は総じて身体能力が高く、近づくことさえ難しい。竜詩戦争の終結以来、人との関わり方も変わりつつあると聞くが、雑用を気軽に頼めるほど良い関係が築かれているのだろうか?
詳しく聞いておけば、今後ドラゴン族に関する依頼が入ったときに役立つかもしれない……しばし無言のうちに悩み、結局、振り返らずククロの工房へ向かうことにした。
この仕事を完了させないことには次の仕事などないのだ。加えて、ああいう無遠慮に距離を詰めてきそうな相手とは、積極的に関わらないのが信条だった。

ほどなくして着いた工房では、要となるエーテル縮退炉の改良が進められていた。円状に立ち並ぶ建物には技師たちが忙しなく出入りしており、中からククロ・ダンクロが大声で指示を飛ばしているのが漏れ聞こえてくる。
エレンヴィルが手近な技師に荷物を見せると、難なく引き取ってもらうことができた。渡した荷物が建物内へ運ばれていくのを何とはなしに目で追いかける……と、入れ違いに鮮やかな黄色の生物が出てきたではないか。
世界各地から協力者を連れてきたエレンヴィルには、心当たりがあった。あれもガーロンド・アイアンワークスの一員だ。仕事柄とても気になっていたものの、なんとなく問いただせずにいた「何か」……今度こそ正体を掴めるのではと近寄ってみる。

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黄色の生物には、ガーロンド社の制服を着たララフェル族の技師が付き添っていた。確か、ウェッジと呼ばれていたはずだ。ひとまずそちらに「おつかれ」と声を掛けてみる。
彼もエレンヴィルを覚えていたのか、「どもッス」と気さくな返事が返ってきた。

「休憩か?」

「残念ながら、おつかいに行くところッス……。
 アルファたちも一緒ッス!」

どうやら黄色の生物はアルファという名前らしい。
なにゆえ「たち」なのかと思えば、アルファの背後に甲虫を思わせる模型が控えていた。対象を追いかけて走る玩具の類だろうか。荷物を載せられるようにも見えず、この一団の謎が深まっていく。

「なあ、アルファはいったい何なんだ?」

「何って、うちの社員ッス?」

「そういうことじゃなくてだな……生物の分類的に」

「そりゃあ、チョコボッス!」

チョコボ。
もちろん知らないわけがない。エオルゼアでは代表的な騎乗獣とされ、三大州を中心として数多くの亜種が存在していること、それらすべての特徴までしっかり把握している。しかしこんな形状をした種類は図鑑の中ですらお目にかかったことがないのだ。
返す言葉に詰まるエレンヴィルを見上げ、アルファが「クエッ!」と鳴いた。

「……鳴き声は、確かに……チョコボに聞こえなくもない……か……?」

得意げに親指を立てて肯定するウェッジ
突然、その脚めがけて模型が突っ込んだ。さほど痛くはなさそうだが、驚いた拍子に彼は状況を思い出したようで、

「親方たちを待たせてるから急がなきゃッス!
 それじゃあまたー!」

と言うが早いか走り出す。アルファがひと鳴きしてそれを追いかけ、さらに模型がカシャカシャと音を立てて追従し、不思議な一団はみるみる遠ざかっていった。
エレンヴィルはといえば、呆気に取られ立ち尽くすしかない。

黄色が点となり消え去るころになって、置いてけぼりにされていた思考がやっと追いついてきた。
よりにもよって「チョコボかどうか」がわからないとは。
無論、アルファがまだ認知されていない新種だった可能性もある。実際にそういった生物を捕獲した経験も一度や二度ではない。それらはくまなく調査され、分類され、名付けられた。アルファだって、研究者に引き渡せば然るべき定義に収まるに違いない。

「……それにどんな意味がある?」

ここのところの怒涛のような出会いによって磨かれた思考が、考えろと促してきた。
シャーレアンで定められていることが真実そのものとは限らない――暁の血盟が明らかにしたように。現実は常に入れ替わっていく――竜が必ずしも人の敵ではなくなったように。
ならばこの頭は、何を以て「未知」とし、何を経て「既知」とするのか。
考えろ。考え続けろ。それでこそ本当の発見ができるはずだと、己の深いところから声が響く。

佇むエレンヴィルの傍らを、技師や職員たちが慌ただしく通り過ぎていった。おもむろに視線を向ければ、彼らに個々の顔があることが妙に目新しく感じる。そこから発せられる言葉のひとつひとつが急に謎めき、風景を形作る細かなものが際立って主張しはじめる。
本当にまだ何もわかっちゃいなかったんだ、とエレンヴィルは思った。
知らず笑みが浮かんできた。

やはり、暁の血盟には勝ってもらわなければならない。
吐く息とともに力いっぱい伸びをして、改めて前を見据える。
――さあ、やるべき仕事はまだ山積みだ!




一年で一番忙しい時期をさらに濃縮したような、嵐さながらの時間が過ぎた。
荷物を運ぶ人々の間を、レポリットが転がるように駆けまわる。小さくも達者な口から次々と発せられる月の知識をシャーレアンの研究者が受け取り、計画に反映させていった。議員たちさえ小走りになり、各所の進捗を手早くとりまとめていく。エレンヴィルが次に工房を訪れたとき、ククロ・ダンクロは掠れきった声でまだ叫んでいた。タウマゼインでは昼夜を問わずガーロンド社の何某かを見かけたし、色鮮やかな衣を纏ったラザハン錬金術師が技師と顔をつきあわせて作業していた。実験農場や酪農場が提供した食材を調理して配ったのは、職員たちの家族や使用人、頼もしいラストスタンドの店員たちだ。途絶えることなくコーヒーやらチャイやら栄養剤やらが差し入れられていた。仮眠に使った毛布を、床に転がる別の誰かにそっと掛けている者がいた。

それでもいつかは雨が止むように、段々と手空きになる者が増えていった。エレンヴィルがリトルシャーレアンで最後の荷物を置いたころには、過半数が己の作業を終えていただろうか。やることがなくなった人々は、しかしラヴィリンソスに留まって、指示があればいつでも動けるように待ち構えていた。

そんな人々の頭上、人工の空に鐘の音が響いた。続いて各所に設置された拡声器から、わずかにノイズを纏った声が流れてくる。

「皆、聞こえるだろうか。哲学者議会のフルシュノ・ルヴェユールだ」

誰もが足を止め、固唾を飲んで聴き入った。
フルシュノは人々の奮闘に改めて感謝を述べ、いくらかの確認作業がいまだ続行中であることを告げる。「だが」と続けば、一気に聴衆の期待が膨れ上がった。

「方舟は完成した。我々が伸ばした手は、果ての星を掴むだろう」

各々が彼の言葉を呑み込むだけの、わずかな間。
すぐさまそれを拍手と歓声が埋め尽くした。リトルシャーレアンはもちろん、ラヴィリンソス全体が沸き上がり、笑いだす者、泣きだす者、抱き合う者に隣人の背中を叩く者、十人十色の歓びがあちらこちらで咲いていた。
エレンヴィルはひとり、安堵の息を吐く。外に出せるのはそれだけだが、内を満たしている熱はきっと周りと変わらない。
ただ一言、届けと願う。天の果てまで。まだ見ぬこの星の明日まで。

――それが聞き届けられたのだろうか。
晴れて終末は過ぎ去り、平穏を取り戻しつつある知の都で、エレンヴィルは再びバルデシオン分館を目指して歩いていた。今度は依頼状を持たず、代わりに提案をひとつ携えている。
バルデシオン委員会への協力の継続。代わりに大撤収の後片づけを手伝えという、申し訳程度の条件たてまえつきだ。彼らに関わると厄介事に巻き込まれそうだという懸念はないでもないが、あれだけのことをやり遂げたあとだからか、らしくもなく期待の方が勝っていた。

ともすればこの道の先で、棚上げしていた課題と向き合う日がくるかもしれない。
グリーナーを目指したきっかけであり、エレンヴィルという「街の名」を選ぶよりも前に遠い故郷で投げかけられた、あの難題と――

分館の扉を開けば、クルルがまた驚き顔で振り返った。

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暁月秘話 第3話「生きると云うこと」

この世界に、赦しほど残酷なものはない。
それは誰かの納得できる形に収められるということだ。
「大丈夫」「気にすることはないわ」「疲れているんだよ」「いつでも相談してくれ」
そうして存在を赦されるほど、決死の想いは、まるで取るに足らないもののようになっていく。悲嘆なら丸められ、憎悪ならば棘を折られて、八百やおの腕が優しく押し込むがまま型にはめられるのだ。
抵抗を試みる。想いがありふれたものに変えられる前に、気力を振り絞り、伸びてきた腕に爪を立てる。しかし腕の主たちは、こちらを見下ろして「そうかそうか」と寛容に微笑むばかりだ。
またも赦される。爪痕さえ、どこにも残らない。

――自分は今度こそ、赦されないものになれるだろうか。
ヒュペルボレア造物院、遥か上空と繋がる創造天空層に佇むヘルメスはそう自問した。
下階から緊急事態を知らせる警報が微かに聞こえてくる。あらかじめ記録された音声が、創造生物が脱出した恐れがあること、警戒態勢に移行したことを繰り返し告げていた。今や院内には鈍化の魔法がかかり、職員や観測者を除いて能力が制限されている。
そう仕向けたのは、ほかでもないヘルメスだった。

転身を果たしたことによって常の倍はあろうかという掌が、院内に張り巡らされたエーテル網に触れる。既定の術式によってそこに干渉すれば、新たな檻が開かれたことが光で宙に書き綴られた。
解き放たれた創造生物たちは、迫り来る侵入者たちに襲い掛かるだろう。彼らがそれをいなし、丁重に檻へ戻してくれるとは思っていない。迎撃するのが道理というものだ。創造生物に命を認めているヘルメスにとって、そうして排除された個体はまぎれもなく犠牲者であり、自らの行いは殺戮にほかならなかった。
到底、善良とはいえない。正しくもない。こんなことしたいわけがない――だがしかし、自ら戦うことと生態を熟知した実験体をけしかけることだけが、数でも力でも勝る彼らに対して咄嗟に取りうる妨害策だった。なにせ本気の抗争は初めてなのだ。人は星の血潮であるとはよく言ったもので、同じ向きに流れている者同士、弁論を戦わせる以上に争い合うことがなかった。ヘルメスとてこうして実力行使で人を排斥しようなどと試みたことはなく、言い知れない不安が猛烈に込み上げきて、今にも理性の縁ふちから溢れそうだった。

エーテル網に触れたものの情報が、魔法を介して次々と描き出される。案の定、侵入者たちは創造生物たちを蹴散らしながらヘルメスの元へ近づいていた。
新たな檻を開け、新たな犠牲を生み出しながら、それらと戦う侵入者のひとりに思いを馳せる。当初はアゼムの使い魔を名乗っていた、未来からの稀人。現在の文明が滅んだあとに新生した人類。エルピスの花を暗く染めてなお、微笑んでみせた人物のことを。
あのとき宵闇の中で垣間見たのは、優しさでも寛容さでもなく、強さだった。困難に揉まれながらここまで辿り着いたのだと、語らずとも示していた。
同じ強さを持てるだろうかと、ヘルメスは今一度あの微笑みを思い描き、己を奮い立たせる。だとしたらどれほどの困難があろうとも――罪なき命の血に塗まみれ、取り返しのつかない決裂を迎えようとも、最も大事な想いだけは見捨てまい。

「メーティオン、君の話をちゃんと受け止めたいんだ」

振り返れば、青い少女が佇んでいた。その視線はヘルメスの方に向けられているようでいて、どこも見てはいない。以前の彼女からは想像もつかないような生気の抜けた姿に、胸が不安とは別の痛みを覚えた。それでも多少は共有意識との接続が安定したのか、運んできた際にヘルメスが伝えた「少し待ってくれ」との要求に従ってくれている。

先んじてレーテー海で受けた報告から、アーテリス外で暮らす知的生命が過酷な状況に置かれていることは窺い知れた。そうであれば彼らが命について思うこと、メーティオンが受け取ったはずの「答え」も、この星の住民では受け入れ難いほどに厳しい内容かもしれない。
だからこそ時間が要るのだ。ここでの常識に照らし合わせず、ましてや未来がどうなるといった結果ありきで考えるのでもなく、己の問いと返された答え、ただそれだけで向き合う時間が。

ヘルメスは一段と強固な鍵を解除して、創造生物評価室にラドンロードを解き放った。道程で既に屠られた命の重みが罪の重みとなって、ひとつずつ圧し掛かってきている。ここで侵入者たちを押し留められなければ次こそヘルメス自身が戦うこととなり、いっそう大きな罪に問われるだろう。
それでいい――とヘルメスは薄く笑った。
赦され、型の内に押し戻されることのほうがよほど恐ろしい。自らの疑問や、そのためにメーティオンと重ねてきた試行錯誤が、跡形もなく「正常」に取り込まれてしまうことだけは認められなかった。

「君を翔ばした者として、君が懸命に翔んだことを無意味にはさせない」

ヘルメスは異形の巨躯でメーティオンの前に跪いた。猛獣でもなだめられるようにと設計した頑強な手では、いつものように彼女を撫でることはできない。
代わりに羽と同じ青色をした瞳を真っ直ぐ見つめれば、その中に、ここへ至る日々が映り込んだ気がした。




たとえば、最初にその青を思い描いた日。
目を覚ましたヘルメスは、しばしの沈黙を経てのそりと首を傾げた。どういうわけか自室のベッドではなく、アナグノリシス天測園の空き部屋で眠っているではないか。曖昧な就寝前の記憶を寝ぼけた頭で手繰り寄せていると、同僚のエウアンテがやってきた。彼女がため息交じりに語ったところによれば、天測園の片隅で行き倒れていたのでひとまずここに運んだということらしい。
状況を理解して、ヘルメスはいたたまれずに身を縮めた。

「すまない……長らく考えていた使い魔のイデアが完成間際なんだ。
 それで熱中して……休息がおろそかに……」

念願だった星渡る創造生物を、「意思を持つエンテレケイア」という形で実現させようと考えついてから幾星霜。前例がないこともあって設計は困難をきわめた。大目的が異星の生命との交流である以上、単にデュナミスを動力とするだけでは不十分で、知的生命を探知する能力や、星間を短時間で移動する術式を仕込む必要もあったのだ。
作業は一進一退を果てしなく繰り返し、つい先日、ようやく完成形が見えてきたところだった。

エウアンテは縮こまったままのヘルメスに苦笑すると、せめて食事はきちんとしたものを摂るようにと果物が入った籠を差し出した。

「それにしても、完成間際ということは、外見のデザインを乗り越えたのね。
 あなた、いつもそこで詰まるでしょう?」

籠を受け取ろうとしていたヘルメスが不自然に動きを止める。
指摘されたとおり、創造生物の外見を考えるのはヘルメスの最も苦手とする工程だった。これが唯一にして絶対の存在とされる人間の容姿であれば他者と差異がないことが望まれるが、その他の生物については星の彩りとして固有の外見を与えるべきだとされていたのだ。
かの高名な幻想生物創造の大家、ラハブレア卿などは装飾の細部にまで洗練された美を追究すると聞いたことがあるが、生憎ヘルメスには何をどうすれば「美しい」ができるのかわからなかった。

「……存在が複雑な分、外見はシンプルにしたい。
 鳥の形であれば構造をよく理解しているし、能力との相性も悪くないはずだ。
 それから、交流の一助として、人に寄せた形態もとれるように……なんとか……」

「それはデザイン以前の話じゃない。
 もっと何か考えていないの? 見た目の特徴とか、どんな印象にしたいとか」

ヘルメスは返答に窮して深く考え込んだ。
異星の生命がどういった外見を好意的に捉えるかわからない以上、自分の感覚を頼りにするしかない。何かひとつでも指針となるものが転がっていないかと、浅い引き出しを片っ端から開いてまわった。宇宙や星のこと。デュナミスの輝き。鳥が空を舞う姿……

「ああ、そうだ。色は青がいい。
 自分と遠くの星々を繋ぐ色、エルピスの空の青だ」

思ったままを口にする。
エウアンテは数回目を瞬かせたあと、小さく噴き出して「いいわね」と言った。
その後、彼女や話を聞いた同僚たちからデザインに関する資料を押し付けられ、特別講義まで受けること数回、能力面の設計完了よりも若干遅れて、星渡る創造生物はついに明確な形を得たのだった。
それを初めて創り出した瞬間を、ヘルメスは忘れない。イデアに従って注意深く魔力を編み上げると、輝きの中に一羽の鳥が生じたのだ。覚めるような空の青から羽先に向けて黒が混じる様は、創造天空層から臨む星と宇宙の境界に似ていた。長い尾羽は翔べば空に線を描き、さながら流星の尾のように映えるだろう。

「メーティオン」

この名前しかないと思った。声にして呼べば、幸せが胸にこみあげてくる。
外見をきちんとデザインできたかどうか最後まで自信がなかったが、目の前の存在は確かに美しいと、ヘルメスは顔をほころばせたのだった。

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そして、ふたりの宇宙探索が始まった。
メーティオンの分身を創り出し――それぞれが別行動をとるため「姉妹たち」と呼んだが、得た情報を定期的に共有意識に統合するという構造を踏まえれば、やはり分身という認識が近いだろう――宇宙での試験飛行を重ねた。
結果は、最悪ではないものの良好でもないといったところか。メーティオンの能力自体は目的達成に足るものだったが、実際に翔んでみるとトラブルが続出したのだ。

「あっ」

ある夜、職務のあとに試験飛行を再開し、しばらく経ったころにメーティオンが声を上げた。
ヘルメスが星々に向けていた視線を下げると、口頭で意思疎通をするため人の形態をとっていた彼女が、大きく目を見開いたまま固まっている。どうかしたのかと問う間もなく、その体が何かに強く弾かれたかのように仰け反った。咄嗟に抱き留めて事なきを得る。しかしメーティオンは冷えきった骸のように硬直したまま、呼びかけてもなかなか返事をしなかった。
何度目かでやっと、ヒュッと鋭く息を吸い込む音がして、彼女の身体に時が流れ込んだ。同時に髪の合間から覗く飾り羽が大きく膨らみ、強い悪寒を感じているのだとわかる。労わるように肩をさすってやりながら落ち着くのを待っていると、腕の中から悔しげな唸り声が上がった。

「しっぱい……姉妹わたし、また消えちゃった……!」

これまでの経験から予測はついていたものの、ヘルメスは言葉を詰まらせる。一方でメーティオンは軽やかに立ち上がると、此度の失敗の経緯をたどたどしい口調で報告しはじめた。
前提として、デュナミスを動力とするメーティオンは、自身を構成するエーテルを極限まで減少させることで大抵の環境からの影響を受けずに済む。灼熱の燃える星でも、芯まで凍てついた星でも、濃密な有毒ガスに覆われた星でさえ問題としないのだ。仮にその環境を「熱い」「寒い」「苦しい」と感じる生命がいた場合は同様の感覚を抱くことになるが、そもそも極端に適性のない土地には暮らしていないはずである。
一方で彼女は、デュナミスの動きには少なからず影響を受けてしまう。エーテルが濃いアーテリスにおいては強い想いによってやっと作用したデュナミスだが、宇宙空間においては思いもよらぬ形で作用していることがあり、彼女を大きく惑わせていた。
ある星では「星そのもの」がデュナミスを繰っていた。人が感情を露わにするのと同じように、大地が何かを想っていたのだ――それは人が認識できる「思考」とは完全に別物だったが。またある宙域では、デュナミスが嵐のように滅茶苦茶に作用していた。その中心には星海に似たエーテルの溜まり場があり、集積された記憶の数々がその嵐を生じさせているようだった。
メーティオンは知的生命の捜索にあたりデュナミスの動きを追っているため、そういった場所に引きつけられては力の奔流に耐えきれず消滅してしまうのだ。今回もまた然り、ということだったらしい。

「でも、大丈夫! どういう場所がダメか、だんだん、わかってきた。
 間違わなくなったら、知的生命いる星、たどりつける!」

「それはそうかもしれないが……」

意気込むメーティオンと対照的に、ヘルメスの声は沈んでいた。試行錯誤を続けたとして、あと何体の分身を消滅させてしまうのだろう。たとえ彼女の存在そのものに影響がなかったとしても、あんな倒れ方を見た後では余計に気が重かった。
俯いて黙りこくるヘルメスメーティオンが不思議そうに覗き込んでくる。暗澹とした心が伝わってしまわぬように気を取り直そうとしていると、不意に彼女の手が伸びてきた。
小さな掌が、ぎごちなく、容赦なく、ヘルメスの頭を撫でまわす。

「諦めるはダメ、答え、ちゃんと集めよう。
 ヘルメス幸せ、みんなも幸せ、そしたらわたしも、たくさん幸せ!」

深緑の髪を好き放題にまぜて、彼女の手は離れていった。
あとに残ったのは荒れた芝生のようになってしまった頭と――どちらからとも知れない、互いの小さな笑い声だった。

「……ああ、そうとも、君の言うとおりだ。
 先ゆく星々の答えを聞こう。この世界が変わるきっかけにできたらいい」

もう一度、今度はふたり並んで夜空の星を見上げる。
胸の内には未来への柔らかな期待だけが満ちていた。




そんな日々は、ヘルメスの力不足によって終わりを迎えた。『星々の答えを持ち帰る前にメーティオンの共有意識が暴走、すべての個体が跡形もなく消滅した』のだ。
『その際に生じた混乱からカイロスが誤作動』し、『視察に来ていた人々まで巻き込んで数日分の記憶を消し飛ばす惨事』となってしまった。あとで聞いたところによると、いくつかの創造生物の檻が開けられていて、実験体同士で争ったのか、相当な数が消滅していたという。それを報告してくれた造物院の職員は、「所長のことですから、混乱の中で彼らを逃がそうとしたのかもしれませんね」と微笑んだ。

ヘルメスは悔いた。メーティオンを翔ばしたことを。彼女を創ったことを。自分が疑問を抱いてしまったことを。周りと同じように考えておけばこんな被害は出さなかったのだと、深く己を恨んだ。

そんなヘルメスを、周りは赦した。
記憶が消えたのはたかだか数日のこと、長きを生きる人々にとっては些末な時間だ。メーティオンや造物院の創造生物たちが消滅したことについても、誰一人としてヘルメスほどには気に留めなかった。必要ならばまた創ればいいのだから。
その意見を否定できる理由を、もはやヘルメスは持たなかった。
赦されることを受け入れた彼は、以後、多くの人々と同じように生きた。推薦を拒むことなく十四人委員会に入り、星を善くするために知恵を尽くし、世界の分断とともに人生の終わりを迎えたのだった。

この世界に、赦しほど残酷なものはない。
彼が必死につけた爪痕は、どこにも残っていなかった……かのように見えた。

たとえば古き時代の終わりに、あるいは遠い未来で、終末を生き抜こうとした人々がいたとして。彼らが天を睨みつけたとき、確かに浮かび上がってくるのだ。
メーティオンが懸命に翔んで持ち帰った絶望こたえに、ひとつの生命として正々堂々向き合いたいという願い――その男が赦されざる者となって護ろうとした、最も大事な想いだけは。

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暁月秘話 第4話「死すると云うこと」

これといった前触れもなく、薄闇の中でユルスは目を覚ました。
テルティウム駅に停まっている列車の中にはほとんど隙間なくマットが敷かれ、軍人とあらば老いも若きも入り混じって雑魚寝をしている。
音を立てぬように注意を払って身を起こし、誰かが拾ってきて壁に掛けた時計を読み取ろうと目を凝らした。灰色の闇に溶けた針が曖昧に示すところによれば、どうやらまだ明け方らしい。同僚たちの寝息の向こう、車両後方へと伸びる暗がりの先で青燐ストーブが青い光をぼんやりと放っていた。
そういえば寒さで起きることはなくなったなと思い返す。イルサバード派遣団からの支援を受け入れる前は冷え切った手足を温める術もなく、疲れに任せて眠りについても、一晩のうちに幾度も目を覚ましたものだった。

もうひと眠りするには頭が冴えすぎている。いっそ外の空気でも吸ってくるかと思い立ち、軍靴の傍らに並べておいた荷物袋を引き寄せた。気配を殺しながら、すみやかに身支度を調えていく。
と、近くで眠っていた同年代の兵卒プブリウスがおもむろに寝返りを打った。起こしてしまったのではないかと思わず動きを止めるが、しばらく待ってみても文句ひとつ上がらない。代わりに彼の寝息が聞こえてきて、ユルスは安堵しながら昨夜の出来事を振り返った。

駅の片隅に置かれたランプ。その周りを囲むようにして、数名の兵士たちと雑談に興じていた。各々が持つ質素なカップには蜂蜜を水で割ってスパイスと共に煮込んだものが注がれていて、湯気とともに懐かしい香りを立ち上らせている。配給の余り物で作ったというそれは駅を仮宿とするすべての人々に配られ、束の間の和やかな時間をもたらしていた。
何度目に会話が途切れたときだっただろうか、言葉少なに同僚たちの話を聞いていたプブリウスが、緊張した面持ちでカップを強く握りながらこう言ったのだ。

「俺さ、シャーレアンに行こうと思う」

ユルスもほかの兵士たちも、すぐには返事ができなかった。ただしその驚きは「ついにきたか」といった類のもので、恐らく全員が予感できていたのではないかと思う。
テロフォロイが去り、終末の脅威もやり過ごしたガレマルドだったが、復興の進みは遅かった。政治の担い手たる皇族や元老院議員が一遍にいなくなってしまったことに加え、周辺諸国もガレマール帝国への対応には慎重を期し、いまだ大方針を決めかねている。暫定政権樹立の必要性は提唱されており、実際そこに向けた動きもあるものの、一気にそれを成し遂げるだけの勢いは内外どちらにも足りていないのが現状だった。
行政機能を維持できている属州の指導者たちも、しばし様子見が賢明と判断したのだろう。同胞の合流は歓迎するとしつつ、帝国そのものの再建に進んで名乗りを上げることはなかった。おかげで「あそこは混乱に乗じて別の国として独立するつもりなんだ」「あっちだってそうさ、前から何かと勝手をしてたからな」と、恨み節の噂がユルスの周囲でもよく飛び交っている。

そうなれば、ガレマルドでは当面まともな生活は送れまいと思われるのも道理だ。承知の上で帰還してくる者がいる一方で、精神汚染の治療を受けるために他国へ運ばれ、完治したあとも当地に残留を希望する者が少なくなかった。さらにはシャーレアンなども帝国民の移住を積極的に受け入れる姿勢を見せている。そこに人生の再建を賭けたのはプブリウスだけではなかったということだ。
彼の決断を聞いた兵士たちは、理由を問うでも説得するでもなく、押し黙るしかなかった。それが何より雄弁な返答だった。プブリウス自身も弁解を積み重ねたりはせず、ただ視線をカップの中に落としていた。

「……明日、アルフィノとアリゼーに相談するといい。
 あいつらなら、頼れる先を紹介してくれるはずだ」

小さな責任感からユルスが沈黙を破る。今なお復興に協力してくれているお人よしの双子は、所用で明日の朝までキャンプ・ブロークングラスに滞在していた。
プブリウスが表情を緩め「そうするよ」と言うと、重苦しい緊張がやっと解けていく。兵士たちは口々に彼の門出を激励し、再会を誓った。そして冷めかけたカップを掲げ「故郷の大地と同胞に」というお決まりの文句で乾杯したのだった。




駅から地上へ続くスロープを上っていく。四角にくり抜かれた出口が淡くおぼろげな光を纏い、近づくほど冷たさを増す空気が寝起きの熱っぽい頬を撫でた。
いざ外へと踏み出せば、そこにはただ現実が広がっている。
まだ明けきらない薄色の空を覆う禍々しい影は、天を掴もうとするかのように聳そびえた巨大建造物「バブイルの塔」だ。かつて魔導城だったその場所に向かって、むき出しの家屋の骨組みや瓦礫の山が連なっていた。市街地の中央に建てられた二連の塔――ソル帝が治世の初めに造った「新宮殿」パラティウム・ノヴムまでも、片側を残して無惨に崩れ去っている。
テルティウム駅の近辺は建物こそ原形を留めていたものの、そこにいるべき人々がひとりたりとも存在していなかった。寒さに肩をすくめながら朝の勤めに向かう者、夜番を終えて帰路につく者、家の前の雪を除ける使用人たち、犬を連れて散歩する者、誰より早く登校しようとする勤勉な学生……誰も彼もが数ヶ月前までここにいたのに、別れも告げず去ってしまったのだ。永遠に。

ユルスは深呼吸をする。凛とした空気が内側にも行き渡り、すみずみまで覚めていく心地がした。それでも眼前の悪夢にも勝る現実は醒めてくれてない。善や悪、理屈や展望が運命を紡ぐのだと信じていた人々を顧みることなく、泰然とそこに横たわっていた。
そんな理不尽はとっくに飲み下したはずなのに、またも戦友との別れが決まった後だからだろうか、今朝はかさぶたが剥がれたかのように虚しさが滲む。見回りでもしようと自身に言い聞かせ、ユルスはあてもなく無人の街に繰り出した。

どこまでいっても鈍色の廃墟が続く。
獣たちもこの時間は市街地にいないのか、明け方の街路は静寂に包まれていた。ふと視界の端に動くものを見つけて、ユルスはそちらへと歩み寄る。道路脇の瓦礫に挟まれてはためいていたのは千切れた古新聞だった。どこかの家にあったものが飛んできたのかもしれない。さらに破れてしまわないよう注意しながら引き抜いて広げてみる。

「ああ、あのときの……」

見覚えのある紙面に、思わず独り言が漏れた。
それは数年前の建国記念式典にあわせて刊行された号外だった。

例年、短い夏が始まるころに、ガレマルドでは建国記念日を祝う盛大な式典が催されていた。帝国の発展を祝し、そこに貢献してきたすべての人を讃える日とあらば、帝都市民はほとんど総出でお祭り騒ぎをしたものだ。街のあちこちに出店が立って、食事や飲み物、農耕をしていたころからの伝統的な飾りや、最新鋭の魔導仕掛けの玩具までもがずらりと並ぶ。陽気に軍歌を合唱する一団がいると思えば、過去の厳しい暮らしや戦いの記憶をしみじみと語り合う老人たちもいた。
そして皆が最も楽しみにしていたのが、ガレマール帝国軍の行進パレードだった。都を縦断し魔導城へと至る中央道路を、数えきれないほどの兵士や魔導兵器が足並みを揃えて進んでいくのだ。一糸乱れぬその様は、見ている者すべてに興奮と畏敬の念、そして誇りを抱かせた。
兵士たちの行く手には、城のバルコニーから見物している皇族たちがいる。ガレマールを強く豊かな国に導いた者たちが一堂に会する光景を前にして、観衆は誰しも歴史という流れの中に自身が存在しているのだと実感した。その瞬間において、ガレアンという血の繋がりはいかなる国も種族も破ることのできない最も強固な鎖であり、世界の心臓は間違いなく帝都だったのだ。皆が顔を上げ、心から「栄光あれ!」と叫び続けていた。

ユルスが拾った新聞は、彼がまだ学生だった時分――晩年体調を崩しがちだったソル帝が、結果的に最後の式典参加をした年のものだった。式典の賑わいやスピーチの概略を記していたと思しき本文は千切れてしまっているが、併せて掲載されていた皇帝一家の肖像がかろうじて残っている。
肖像の中央では偉大なる初代皇帝ソルが厳かにこちらを見据えていた。老いてなお威厳は衰えていないものの、その表情は猛々しいというよりもどこか物悲しげに感じられる。ユルスは彼の笑った顔を見たことがなかった。
その右隣には、ソル帝の次男ティトゥスと奥方のアレキナ、ふたりの子であるネルウァが並んでいる。父子はいずれも神経質そうな顔立ちをしていて、書物で見た若かりし日のソル帝と印象が似ていた。
一方左隣にはソル帝の孫、亡き長男ルキウスの忘れ形見であるヴァリスが立っている。父親譲りだという体格はガレアン人としても稀有なほどに大柄で、功績と風格のいずれにおいても大将軍にふさわしいと当時も称賛されていた。良き理解者であったという奥方のカロサを早くに亡くしたため、傍らには母であるヒュパティアが連れ添っている。彼女はこの翌年、病によって夫の元へと旅立ってしまった。ティトゥスと跡目争いを続けるヴァリスを、死の直前まで励ましていたという。
そしてもうひとり、一番端で退屈そうにどこか遠くを見ている青年――ゼノス・イェー・ガルヴァス。その姿を見ても雪原で対峙したときほどの憎悪は湧き起こらなかったが、思い出に漂っていた心が急速に現実へと引き戻された。

ユルスは今、薄汚れた新聞の切れ端を手にし、廃墟の中に佇んでいる。あの日の熱狂の行き着く先がこんなにも侘わびしいと、誰が想像できたことだろう。仮にすべての瓦礫を片し、再び建国記念式典を催すことになっても、まったく同じ興奮は戻ってこない気がした。
ひとつの時代が終わったのだ。否応なしに次の時代へと送り込まれた自分たちは、何を頼りに生きればいいのだろう。
ユルスはしばし思案したのち、新聞の埃をはらって丁寧に折りたたむと、そっと懐に仕舞ってその場を後にした。

それからまた静まり返った街を歩いた。
風もなく、自身の軍靴が砂礫を踏みしめる音だけが辺りに響く。
途中、見回りとしての務めを果たすべく、形を残している家々の中を窺いもした。どこも利用できる物資はとっくに持ち出され、使いようのない日用品だけが転がっている。度重なる破壊によって飛び散らかったまま煤すすと土埃に埋もれ、拾う者はいないようだった。
やがて一軒の廃屋に辿りつく。屋根が抜け、壁も大きく崩れ落ちていて、建物と呼べるのかどうかも怪しい有様だ。そういえばここを詳しく調べたことはなかったと思い、入口を半ば塞いでいる瓦礫を慎重に乗り越えて中へと進入した。
そして、驚き息をのむ。

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そこに帝国軍の兵士が横たわっていた。
多くの死を見てきた今、彼も事切れていると一目で理解する。
ユルスはゆっくりと遺体に近づくと、傍らに膝をついて様子を確認した。
厳しい寒さから腐敗はあまり進んでいなかったが、ずいぶん前に亡くなった者のようだ。内戦中の戦死者であれば遺体が引き上げられているはずなので、テンパードとなった者か、あるいはそれと抗戦を続けていた者だろう。切創のほかに強く引っ掻かれた痕や噛まれた痕があったことから、後者に違いないとユルスは判断した――テンパードと化した自身の家族もそんな風に襲い掛かってきたからだ。注意しながら兜を外してみる。顔に見覚えはなく、第I軍団以外に所属する下級兵のようだった。彼もまた数奇な巡り合わせから精神汚染を免れ、生き抜くために戦い、ついにここで力尽きたのだろう。

外した兜を彼の傍らに置き、黙祷を捧げる。エオルゼアの人々のように神に祈るのではなく、死者に安らかな眠りが訪れんことを願い、先祖たちとともに同胞の行く末を見守ってほしいと願うのだ。
ただ、今日はそれも無性に虚しかった。
アルフィノアリゼーによれば、暁の血盟は魂が流れ着く星海にまで行ったらしい。そこでは魂が新生に向けて記憶を洗い、傷を癒やしているのだという。それが生と死の真実なのであれば、信奉する神への祈りも、ユルスたちの願いも、まったく介在する余地がない。生きているうちに成し遂げたことが――あの建国記念式典のように――やがて意味を失い、死も再誕を果たすためのシステムでしかないのならば、わざわざ生きて死ぬ意味はどこにある……?

またも心が頼るものをなくした気がして、ユルスは視線を落とした。
とはいえ、遺体の傍らで考えるべき内容でもない。生憎なんの道具もないので埋葬は改めて行うとして、せめて名前だけでも把握できないかと彼が身に着けているものを確かめていった。乱闘の最中でなくしてしまったのか、規定の認識票は所持していないようだ。装備も汎用の支給品で、手がかりになるようなものは見つけられなかった。
代わりに、拳の内側に何かが握り込まれていることに気づく。

「これは……認証鍵のケースだな」

魔導アーマーを操作する際に使用する認証鍵。彼はそのケースを握りしめていた。
肝心の鍵そのものがないところを見ると、本体に挿したまま逃げてきたか、死後に別人が持っていったか、あるいは――

「誰かに託した……?」

同胞を逃がすためだったのか、救援を呼んできてもらうためだったのか、目的まではわからない。しかし空のケースを固く握りしめている様はまるで願いを込めているかのようで、ほかのどの予想よりも腑に落ちた。

ふと……急に目覚めたときと同じ感覚で、忘れかけていたひとつの記憶と繋がった。
あの新聞が出た夏の初め、学友が深く感じ入った様子で詩集を薦めてきたことがあったのだ。付き合いで一読したものの、詩というものにまるで興味がなかったユルスには、何が面白いのかさっぱりわからなかった。
ただ、理解しきれずとも印象に残った言葉はあったのだ。

――死は、最後に贈る愛である。

生きていくために必要なもの、自分が生きて経験するはずだったことを、あなたに、誰かに明け渡すということ。それが死なのだと詩は語っていた。
魔導アーマーの認証鍵を託した彼もそうだったのだろうか。この手に掛けるしかなかった家族や、自ら命を絶ったクイントゥス、救えなかった戦友たち、別れも告げずに去っていったすべての同胞が、死とともに愛を遺してくれたというのだろうか。

死者たちは答えを返してくれない。
それでも、傷口から溢れていた虚しさは止まった。

「そのとおりなら、どんなに時代が変わっていったって、
 生きて死ぬことは無意味にならないはずだ。
 ……俺も、死ぬまで生きてみるか」

言葉を掛けても遺体は沈黙を貫いたまま。
静寂の内に、抜け落ちた天井から光が差し込んだ。つられて見上げれば、空はずいぶんと鮮やかさを増している。そろそろ駅で眠っている仲間たちも起きてくる頃合いだろう。
ユルスはもう一度、短く黙祷を捧げて立ち上がった。

廃屋をあとにして朝に染まる街を歩いていく。
引き返すことなく、ただ前へと向かって。

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