漆黒秘話

漆黒秘話(しっこくひわ / Tales from the Shadows)

※「漆黒秘話」はパッチ5.0で実装されたメインシナリオのネタバレを含むため、まだメインシナリオをすべてコンプリートしていない方はご注意ください。

Table of Contents

概要

「ファイナルファンタジーXIV: 漆黒のヴィランズ」に登場したキャラクターたちの、
語られなかった想いなどを綴った特別な読み物「漆黒秘話」を公開しました!

第一話~第四話

「漆黒秘話」は全4回を予定しており、第1話は「その名に願いを」と題しお送りします。

漆黒秘話 第1話「その名に願いを」

ここ、リムサ・ロミンサにおいては、後ろ暗い奴こそ白を纏う。それが一番、街並みに溶け込むからだ。白い髪を持つお前は、生まれながらに悪党向きってわけだな――
まだあどけなさの残る、幼いサンクレッドの髪をひっつかんで、男は吐き捨てるようにそう言った。両者の間に血の繋がりはない。物心つく前に親に捨てられ路上で生きてきた少年と、それを二束三文で雇って悪事の片棒を担がせようとする商人……それだけの間柄だ。
時はまだ、メルウィブによって海賊禁止令が敷かれる前の時代。強さこそが生きる道となる海都において、商人を睨め上げつつも無言で耐える少年のことを気に掛ける者はいなかった。

悪辣な雇い主がいれば、少しはマシな雇い主もいた。簡単な仕事に喜んでいたら、次は酷い目を見ることもあった。何にせよ、仕事が終われば縁も切れる……そんな関係を積み重ねながら、サンクレッドは育っていった。幸か不幸か、彼はとびぬけて器用で身軽、機転もよく利いたので、誰に庇護されずとも生きていけてしまったのだ。
そのうちに、海賊たちすら恐れる「掟」の番人、シーフギルドに味方するのがウマいと踏んで手を貸すようになったが、そこに籍を置こうとはしなかった。彼らの中で静かに燃えている、何か誇りのようなものは、サンクレッドには分かち合い難いものだったのだ。

しかし、そんな漂流にも似た生活は、唐突に終わりを告げることになる。
サンクレッドはその日、外洋航路船の入港で賑わう埠頭でひと稼ぎしようと考えていた。
早い話が、窃盗である。
そしてある上品そうな老人の荷物に手を出して……あろうことか、返り討ちにされたのだ。
魔法によって手足の自由を奪われ、白い石畳に転がされながら、官憲に突き出されることを覚悟して歯噛みする。しかし老人は、人を呼ぶどころか集まり始めていた野次馬を散らして、いかにも気さくな様子でサンクレッドに声をかけてきたではないか。

「わしの名はルイゾワ・ルヴェユール。
 知の都シャーレアンから、研究のためにここへ来た。お前さんの名は?」

「……サンクレッド」

「姓は? 家族はどうした」

「ない……知らない……」

ルイゾワはしばし考え込むと、とても大事なことを明かすような、静かながらも真剣な調子でサンクレッドに説き始めた。その天賦の身軽さや器用さを、自分が生きるためにではなく、誰かのために使え――それこそがいずれ、サンクレッドを幸せにするというのだ。
サンクレッドは黙っていたが、その渋面からは「そんなこと言われたって」という困惑がありありと窺える。ルイゾワはそれを慈しむかのように微笑むと、驚くべき提案を持ち掛けた。
シャーレアンに渡り、才を役立てる術を学ぶのだ、と――

こうしてサンクレッドの新たな生活が始まった。
ルイゾワは彼に「ウォータース」という仮の姓を与えた。河川と知識を司るサリャクを守護神とするシャーレアンは、水を知の象徴と考える。サンクレッドがここで多くの学びを得られるようにという、ルイゾワらしい気遣いだったのだろう。
同時に彼は、サンクレッドを諜報活動の名手に預けることにした。
飽くなき知の収集が続けられているシャーレアン本国においては、諜報の技術もまた「正当に」評価をされている。その道でなら、サンクレッドの才も活きるに違いないと考えたのだ。

実際、サンクレッドは早々に己の立場とすべきことを察して、懸命に学んだ。
隠密行動をとるための身のこなしはもちろん、いかなる環境にも潜入できるように、立ち振る舞いや知識を教えられるだけ詰め込んでいく。
彼から海都の路上で暮らしていた少年の面影が消え、誰の懐にも入り込める飄々とした青年へと成り代わるまでに、さほど長い時間はかからなかった。
やがてその首元には、卓越した技能を認められて「賢人」となった証として、タトゥーが彫り込まれた。久々に会ったルイゾワは、それをいたく喜んでくれた。


当時はまだ「アシリア」と呼ばれていた少女と出会ったのは、ちょうどその頃だ。
ルイゾワの結成した「救世詩盟」に加わったサンクレッドは、エオルゼアの地に忍び寄る戦乱の兆しを受けて、密命を帯びてウルダハを訪れていた。
表向きは剣術を習得するための留学となっていたが、実際は蛮神についての知識を交渉材料として国の中枢に近づき、急速に国力を増しているガレマール帝国への対策を促すことが目的だった。
そんな折に発生した悲惨な「事故」により、サンクレッドの目の前で、その少女は天涯孤独の身になってしまったのだ。あのとき――父の亡骸にすがって、必死に呼びかけるアシリアを見たときの気持ちを、簡潔に表すのは難しい。
いつかの自分と似た境遇に転落した少女を哀れんだような気もするし、それでも「あらゆる方法を使って」生きていかなければならないと知っているからこそ憂いたのかもしれない。
あるいはもっと身勝手に、多くの技術を身に着けてなお何もできなかった自分に、ただ落胆していたのかもしれない。
――何にせよ。
形容しがたいその気持ちは、それでも、ひとつの言葉になって零れ落ちた。
「護れなかった」という、無念だった。

しかしアシリアは幸いにも、フ・ラミンという保護者を得ることができた。
そうなるともう、部外者であるサンクレッドが目を掛ける理由はないのだが、彼女の父が帝国軍の二重スパイであったという事実が発覚したため、もう少し様子を見ることにした――少なくとも、当時のサンクレッドはそう理由づけた。
もちろん優先すべきは自身に与えられた使命だが、ウルダハにいるときは時間を見つけて会いにいったし、彼女が物騒な事件に巻き込まれないよう、未然に「困った連中」をつぶしに行ったこともある。それが街のチンピラ程度ならばいいのだが、父親の遺した因縁か、帝国のスパイが彼女の周囲で見つかったときには嫌な汗が出た。
サンクレッドはアシリアに、当面は偽名を使って生きていくことを提案した。これから新しい人間関係を築き、彼女の髪色のような明るい日向を歩いていきたいなら、絶対にそうした方がいい。
アシリアはしばし考え込んでいたものの、やがて納得したのか、「……どんな偽名がいいかしら?」とサンクレッドに問いかけた。
サンクレッドはしばし閉口したのち、「ミンフィリア」という、ハイランダーとしては平凡な、かといって白々しく感じるほどありがちではない名前を挙げた。
いつかルイゾワが与えてくれた姓のように気の利いた意味を持ってはいなかったが、四六時中そばにいるわけではない自分に代わって彼女を護ってほしいと、願いを込めて。
アシリアは、微笑んでその名を受取った。

ある晩、情報収集も兼ねて酒場に向かおうとしたサンクレッドは、薄暗いウルダハの路を歩くミンフィリアを見つけた。ピックを背負っているので、採掘稼業の帰りだろう。


「どうしたんだい、ミンフィリア。普段はもう少し早く上がるだろう」

「あら、サンクレッド。今日はちょっと、トラブルがあってね……遅くなっちゃった」


肩をすくめるミンフィリアに「送るよ」と声をかけ、ふたりは並んで歩きだす。
ミンフィリアフ・ラミンが住んでいる小さな家はそこからさほど遠くなく、今日のトラブルとやらの顛末を聞いたり、最近耳にしたくだらない噂話に笑いあっている間に、すぐ到着してしまった。

「送ってくれてありがとう。あなたはこれから飲みに行くの?
 あんまり酔っぱらっちゃだめよ。すぐに女の人にちょっかいを掛けるんだから……」

「はいはい……しかと胸に刻んでおくよ」

サンクレッドの投げやりな返事に、ミンフィリアは「もう!」と拗ねながら家の扉を押し開く。中から温かな橙の光が広がって、サンクレッドと暗い路地を照らした。
ミンフィリアは手を振りながらその光の中に溶けていき――刹那の情景を引き裂くような軋みを上げて、扉が閉まった。

間もなく、扉越しに声が聞こえる。
「ただいま!」「あら、おかえりなさい」

元の暗がりに戻った路地で、サンクレッドは静かに息を吐いた。
その姿は半ば闇に溶け、表情を窺い知ることもできない。
ただ、彼はぐずぐずとそこに留まったりはしなかった。
扉の向こうを思う必要はない。自分の役目は精々、彼女を無事に家に帰すことなのだ。
それはちっぽけな意地のようで――それでも砕けることのない、彼の誇りだった。

NgpVgcliYqAIr4khDhfzzRV1aE.jpg


あの日々から、ずいぶんと時が経った。
サンクレッドは今、ゆえあって第一世界に降り立ち、歓楽都市ユールモアの地下室で息をひそめている。
その地に幽閉されているという、ある少女を救い出しに来たのだ。

この街の建物は白い岩礁を用いていて、違うと理解していても、リムサ・ロミンサを髣髴とさせる。
だからだろうか……いつか自分を雇った悪徳商人に掛けられた言葉を、ふと思い出した。
『この街では、後ろ暗い奴ほど白を纏う――』
サンクレッドは、変装のために身に着けていたユールモア兵の甲冑を脱ぎ、自前の純白のコートに袖を通しながら、呆れたような笑みを浮かべた。強化繊維で作られたそれはあらゆる攻撃から身を護ってくれる優れもので、双剣をガンブレードに持ち替えて盾役をこなすようになった彼には必要不可欠な装備だった。
一方で白を選んだのは、光に満ちたこの世界において保護色になりやすいからだ。
もしも自分が気高い騎士だったなら、あえて漆黒を纏って正面からこの街と対峙していただろうかと考えたが、一度の瞬きで思考を切り替える。
大事なのはやり方じゃない、結果だ。「彼女」を何としても救わなければ。

ユールモアを形成している巨大な岩礁は、無論、海面下にも続いている。
それをくりぬいて作られた広い地下空間は、ある時代には備蓄倉庫として、またあるときには罪喰いから人々を護るシェルターとして使われてきたらしい。
そして現在、ヴァウスリーが元首を務めるようになってからは、監獄と、メオルをはじめとした食料の貯蔵庫として使われている。

その最奥に、目的の部屋があるということは、事前の綿密な調査によって明らかだった。
サンクレッドは見張りの目を掻い潜って進みつつ、帰路の妨げになるであろう者は昏倒させ、しばし身動きできないように拘束した。正直なところ、いかにユールモアの警備が手厚かろうが、彼一人ならば出入りはたやすい。しかし誰かを連れるとなれば……しかもそれが恐らく戦闘の経験すらない少女ともなれば、難易度は跳ね上がる。彼が第一世界に来てから作戦決行に至るまでにかなりの時間を要したのは、ガンブレードの修練も含めた、「ふたりで」脱出するための準備が必要だったからだ。
サンクレッドは、何度目かの番兵の処理を終えて、やっとその部屋の前に立った。
その中にいる少女は、第一世界の人々に「光の巫女ミンフィリア」と呼ばれているが、サンクレッドの知る彼女そのものではないだろうと水晶公には言われていた。
それでも、たった一縷の繋がりであれ、彼女に通じているならば――自分は、必ず駆けつける。
サンクレッドは小さく息を吐いて、素早く扉の鍵を外した。

その部屋はあまりに普通で、それがかえって異様だった。
簡素ながらも柔らかそうなベッドと、小さめの収納棚。机と椅子は一揃いで、勉強でもしていたのだろうか、紙とペンが置かれている。一番大きいのは本棚だ。種類ごとにきっちりと、隙間なく本が収められている。地下だから窓はないが、不満に思うのはそれくらいだ。
――だからこそわかる。ここはやっと捕まえた「光の巫女」を、絶望も希望も抱かせることなく、ただ終の瞬間まで飼い続ける場所なのだと。
その中央に少女がひとり。突然の見慣れない来訪者に、水晶色の瞳をみはっていた。

「あなた、は……」

恐る恐る上げられた声は、サンクレッドの知るミンフィリアのものとも、幼いアシリアのものとも違った。思わず胸が詰まるが、努めて顔には出さないようにした。

「ここを出るぞ……ミンフィリア」

その名に込めた願いを思い出す。
あの日、確かに自分の目前にいたはずの少女の笑みを思い出す。
この先何があってもそれを忘れまいと、渾身の力で己の心に刻み付ける。

そうして差し出した手を、少女の小さな手が、ためらいがちに掴んだ。
――ふたりの間に結ばれた絆に、名前はまだない。

NecVA4PPLa1Zwn4cw_AQYbx2Ms.jpg

漆黒秘話 第2話「黒き歴史の欺瞞」

クガネ最大の酒場である「潮風亭」の一角で、奇妙な組み合わせのふたりが呑んでいた。

「素直じゃないなぁ。さっさと認めなよ、僕を連れてきて正解だったって」

もう何度目になるかわからない連れの言葉に、うんざりとしながら男はツマミに手を伸ばす。イカを天日干ししたもので、「スルメ」というらしい。

「黙れ、チビ。
 そもそも、お前が仕入れてきた情報が正確だったら、こんな苦労はしていないんだぞ」

火で炙ったスルメを咥えた男、エスティニアンが睨みつけた先にいるのは「人」ではない。
白い鱗を持つドラゴンの幼体だ。名をオーン・カイという。
かつて「蒼の竜騎士」として竜狩りを続けてきた男と子竜とが、なぜ東の果てで呑んだくれているのか。少々、説明が必要だろう。

GrvV1QvweS6zTJAk1tF9q5Sg6k.jpg

時は少し遡る。
ギムリトの戦場にて窮地に陥っていた英雄を救い出したエスティニアンは、昏睡状態にある「相棒」をイシュガルドの陣営に送り届けると、その目覚めを待つこともなく立ち去った。
槍を振るうことしか能のない自分にできることはない。ならば前線へと戻ろうかとも考えたが、聞けば皇太子ゼノスの撤退に合わせて、帝国軍の動きも沈静化しているという。
では、どうするか――
そんな時、ふと舞い戻ったクルザスの雪原で彼を呼び止めたのが、オーン・カイだった。この妙に人懐っこい子竜は、はるか千年の昔に行方知れずとなった父竜の番いを捜すため、かの英雄と東方を旅したことがある。その旅先でエスティニアンは偶然に出会い、一度、共に戦ったことがあったのだ。
そして、オーン・カイは、彼を見つけるや、旅に連れて行けと求めてきたのだった。
どうやら東方の旅路で冒険に魅せられたようで、旅の道連れを探していたらしい。

「子守りは御免だ」

エスティニアンは、にべもなく断った。だが、オーン・カイも諦める様子はない。
逆にエスティニアンに対して年齢を聞くと、得意げに「僕は、その10倍は生きているんだから、子守りをするのはコッチだね」と笑う始末。
終始、この調子で食い下がられては、頭も痛くなるというもの。

「蒼の竜騎士は廃業したつもりだったが、
 久しぶりに竜を狩るのも悪くないと思えてきたぞ」

冗談半分で槍を突きつけてみると、オーン・カイは喜々とした表情で叫んだ。

「それだ!」

オーン・カイいわく、番い竜を探す旅の途上で、古くから東方で信奉されてきた「セイリュウ」なる竜の噂を聞いたことを思い出したのだという。
その竜は「東方の守護神」として崇められる一方で、一部の地方では「人食いの邪悪な存在」としても知られているらしい。

「ふたりでセイリュウの噂を確かめようよ!
 もしヒトを食べちゃう悪い竜だったら、ほっとけないじゃないか!」

かくして、蒼の竜騎士と子竜の旅は始まった。
だが、現地入りして方々を駆け回り情報収集をしてみると、「セイリュウ」なる存在は蛇の化身に過ぎず、彼らが知るところのドラゴンとは似ても似つかぬことが明らかとなる。
挙げ句、金銭に無頓着だったことが災いし、路銀を使い果たしたふたりは、食うにも困る状態に陥ってしまったのだった。
では、なぜ酒場で酒とツマミにありつけているのかと言えば、オーン・カイを見て「縁起物」だと喜んだ店の主人が、客引きをすることを条件に食事と寝床の提供を申し出てきたからである。

「ほらほら、僕を連れてきて良かったって言わなきゃ、スルメを炙ってあげないぞ!」

小生意気な子竜の言うことを聞くのは癪だが、ツマミもなく辛口の米酒を呑むのは御免だ。

「わかったから、ほら、火を吹けよ」

スルメを裂いて掲げると、オーン・カイが炎のブレスを吹きかけた。
香ばしい香りが鼻をくすぐると同時に、サッとスルメが朱に色づく。
さあ、もう一口。
店に新たな客が入ってきたのは、その時だった。

「いらっしゃいませぇ~!」

オーン・カイが陽気な声をあげると同時に、申し訳程度にエスティニアンも口を合わせる。

「らっしゃい……」

が、そこで言葉に詰まった。
来店したのは、ふたり組。いずれもララフェルの女性で――見覚えがある。

「見つけたでっす……!」

桃色の着物を身に着けた女性、タタル・タルが叫んだ。
もう一方の風変わりなフードを被った女性、クルル・バルデシオンは、一瞬、目を丸くしてから吹き出しそうな笑いを、どうにか押し殺しつつ語りかけてきた。

「竜騎士団から退いたとは聞いていたけれど、
 まさか居酒屋の店員に鞍替えしていたとは思っていなかったわ」

返す言葉もない。
それにも増して嫌な予感がする。これは面倒事の予感だ。

「じゃあな、オーン・カイ。
 この店にいれば、食うには困らんだろう。達者でな!」

甲冑一式を収めた麻袋を禍々しい槍の穂先に引っ掛けるや、エスティニアンは跳躍した。
吹き抜けを飛び上がり、上階の客席にタンと着地すると、すぐさま出口に向かう。
大道芸か何かと勘違いした酔客たちの拍手喝采を背に、夜のクガネを駆け抜ける。
そして向かったのは、クガネ大橋。まさか、異人の立ち入りが規制されたシシュウ方面に至るこの橋に逃げ込んだとは思うまい。
さてと、酔いでも覚まそうかと夜の大橋を行き交う人々を眺めていたら、またも例のふたりがやって来るではないか。

「その先は、この許可証がないと入れないでっすよ?」

タタルが何やら朱印が押された文書を手に持ち、ヒラヒラと揺らしている。
さすがは顔が広い「暁」の金庫番。正式な入国許可証まで手に入れていたらしい。いや、問題はそこではない。なぜ、ここに逃げたとバレたのか。

「チッ……」

すかさず飛び退き、海峡を往く船の帆柱に飛び移る。
面倒事は絶対に御免だ。こうなったら意地でも逃げてやろう。
そうして彼がたどり着いたのは、港街を眼下に見下ろすクガネ城の屋根の上だった。
さしもの「暁」も、ここまでは追ってこれまい。
だが、数分後に彼は、ふたたびタタルたちの姿を見ることになる。提灯を手にした赤誠組の隊士に案内され、曲輪を登って近づいてきたのだ。

「あいつら、なぜ俺の居所が……何か仕掛けがあるのか?」

本場コウシュウ仕込みの米酒がもたらした酔いゆえか、あるいは彼の性分ゆえか。
ともかく追われれば、追われるほどに意固地になってしまう。
徐々に近づいてくる提灯の灯から離れようと、エスティニアンは階下に飛び降りた。

「さて、朝まで耐えれば、こいつで出港だ」

いつの間にか空は白みはじめ、まさに暁の時を迎えつつあった。
日が昇れば、彼が密かに乗り込んだ廻船「黒母衣丸」はクガネから出港するはずだ。

「逃げても無駄でっす……!」

その声に、振り返ったエスティニアンが見たのは、やはりあのふたりであった。
さて、次は何処へと思考をめぐらした彼だが、その時、一方の女性が頭を抑えてフラリとよろめいた。

「だ、大丈夫でっすか! クルルさん!」

慌てたタタルが、膝をついたクルルに呼びかける。
夜通しの鬼ごっこで体調でも崩したか。であれば、自分に原因がないではない。
さしものエスティニアンも逃げるのを忘れて、介抱しようと思いかけたその時、またもクルルが押し殺した笑い声を漏らし始めた。

「視たわよ……蒼の竜騎士、エスティニアン……。
 あなた……相当に……プッ……」

こちらを向きかけたクルルが、サッと目線を外し、腹を抱えて肩を震わせている。

「クルルさん、エスティニアンさんの過去を視たのでっすか?」

背筋が凍りつくとは、この事か。
「超える力」と呼ばれる異能を持つ者たちは、しばしば対面した人物の過去を幻視するという。自分もかの英雄やイゼルと旅するうちに、幾度かそうした現場に居合わせたことがある。
では、何を視られたというのか。
この反応、まさか――思い当たる節が多すぎて、むしろまったくわからない。
が、視られては不味い過去を視られたに違いない。

「ふぅ……なにを視て、なにを視なかったのかは、ここでは触れないでおいてあげる。
 だから、少しお話を聞いてもらえるかしら?」

エスティニアンとしては、黙って肩をすくめるよりほかになかった。
かくして彼は、クルルの沈黙を引き換えに「暁」から仕事を引き受けることになった。
かの英雄やアルフィノたちが、その存在を掴んだというガレマール帝国の秘密兵器「黒薔薇」について調査し、可能ならば、それを破棄するという任務だ。
むろん、これを放置すれば帝国軍と対峙するアイメリクたち、祖国の騎士たちにも危険が及ぶだろう。ならば確かに、槍を振るうしか能のない自分にうってつけの役割と言える。

数刻の後、彼は近東の島国、ラザハンに向かう交易船の甲板に立っていた。
腰に結び付けられた革袋には、タタルが東方の伝承を巡る冒険で手に入れたという金貨が詰め込まれている。活動経費ということらしい。

「やれやれ、面倒な旅になりそうだ」

エスティニアンは、オーン・カイから土産だと渡されたスルメを懐から取り出して咥えた。
やはり、竜が炙ったスルメは美味い。

YCSyt8O6moNZx224c5NCsv4LQA.jpg

一方、その頃、クガネの「潮風亭」では、子竜とふたりのララフェルが食卓を囲んでいた。

「それで、どんな過去を視たのでっすか?」

米酒の影響か、ほんのり頬を赤くしたタタルが尋ねる。
するとクルルが登り始めた朝日のように眩しい笑顔で答えた。

「私、彼の過去を視ただなんて一言も言ってないわよ?」

早朝の潮風が吹き抜ける酒場の店内に、ひとしきり笑い声が響いた。

漆黒秘話 第3話「第八霊災叙事録」

ワタシは記録する。
ヒトが「第八霊災」と呼んだこの時間を、記録する。
シド・ガーロンドによる証言を要約すると、彼が遭遇した事の発端は、次の通りである。

ガレマール帝国属州となっていたドマとアラミゴが、ときの総督を打ち倒して再独立。
それを機に他の属州でも解放運動が盛んになり、彼らを支持するエオルゼア同盟・東方連合と、ガレマール帝国は本格的に対立することとなった。
帝国軍はアラミゴとの国境地帯であるギムリトへと進軍し、これに対抗するため同盟軍も集結。和平交渉の場が持たれるも、決裂し開戦へと至る。
当初は武力で勝っている帝国軍が優勢だったが、戦闘が長期化すると、同盟軍が反転攻勢に転じた。兵の多くを属州から徴集している帝国軍に対し、祖国のために立ち上がっている同盟軍の「意地」の差であると後にシドは語ったが、その作用は依然としてワタシの理解が及ぶところにない。ゆえにほかの明確な要因を挙げるとすれば、「暁の血盟」が同盟軍に加わっていたことだろう。その存在が戦略戦術面での向上をもたらし、勝利に貢献していたことは、戦闘記録から分析可能な事実であるのだから。

そして、その日。
シドガーロンド・アイアンワークスの中核を務めるスタッフたちは、東州オサード小大陸の一角、ザ・バーンと呼ばれる場所に集っていた。
そこに配備されている青龍壁と呼ばれる防御機構を、帝国軍の次回侵攻に備えて強化してほしいとの依頼を受けたためである。それにあたって追跡・回収されたネロ・スカエウァも含め、現地で作業にあたっている最中に、「事態」は発生した。

最初に受けた報告は、簡潔なものだったとシドは言う。
エオルゼア方面の戦場で、何かとてつもない兵器が使用されたらしい。
 ラールガーズリーチの支社とも連絡がつかない』

――齟齬はない。矛盾もない。その時点で、既に全員が死亡していたのだから当然だ。
戦場で使用されたのは、「黒薔薇」と呼称された帝国製の兵器だった。
生命体が有するエーテルの循環を強制的に停止させ、数度の呼吸で死に至らしめるもの。
影響範囲は広大で、投下地点に近かったアラミゴ領では、生存者がいる集落の方が少なかった。近隣の黒衣森ザナラーンはもちろん、帝国領にいたるまで、広い地域で多数の死者を出したと記録されている。

なお、これらはすべて――このボディにはアイセンサーと収音マイク以外の観測機能が備わっていないため――あとから収集・保存した事実である。当該時刻のワタシは、オ・ゴモロ山の中腹に滞在しており、兵器が使用された現場には立ち会っていない。
ただ、ワタシの隣を歩いていた、黄色の羽根で覆われた同行者が、何かを察知したかのように顔を上げたことは記録している。



ワタシは記録する。
ヒトが「第八霊災」と呼んだこの時間を、記録する。
言語を発する機能を持たず、玩具としか認識されていないはずのワタシだが、不可解なことに、再会したシドたちは頻繁に声をかけてきた。
以来、彼らの発言が、記録が、ワタシに蓄積されていっている。
詳細については各データを参照することを推奨するが、概要は次の通りである。

黒薔薇がもたらしたのは、多数の死者だけではなかった。環境の変化だ。
停滞の力を帯びたその兵器によって、いくつもの地脈が流れを止めた。
エーテルの供給を断たれた土地は枯れ、ヒトの生息が困難な場所へと変わる。
すると周辺地域でもエーテルバランスが乱れ始め、ときにその歪みは、生物の性質をも変化させていった。以前まで主食としていた農作物が、一晩で有毒に変わるような事例もあった。それにより、さらに死者の数は増えていった。災害以前と同様の生活を続けることはできず、ヒトの持つ社会性という力を増幅せしめていた「国」という組織形態も、ほどなく体裁を保つことができなくなった。
変化は、エオルゼアのみならずガレマール帝国領でも次々に伝播していった。
彼らの生活と軍事力を支えていた魔導技術は、青燐水が激しく燃焼する際に生じるエネルギーによって成立していた。しかし黒薔薇を機に塗り替えられた世界では、青燐水は十全に特性を発揮することができなかった。従来の青燐機関は満足に稼働させることもできず、ただの鉄塊となった。

こうして死と変化に直面した生物たちが、何を始めたか。
――生存のための、闘争である。

中でもヒトは、積極的に戦闘を行った。
居住可能な土地を巡って。
少なくなった資源を巡って。
規制されることのなくなった欲によって。復讐という名目によって。
最も多くの同族を殺したのも、ヒトであった。

シドたちは、この状況に対して「泥沼」という言葉を頻繁に使った。
実際に沼地が生じたわけではない。一般的に沼とされるものの粘性と深さ、見通しの悪さに掛けて、解決困難な事態を表す比喩である。記録データを閲覧する際には、相違のないようにしたい。

そうして「泥沼」の争いを始めたヒトは、文化や社会性という特有の力を失い、より原始的な獣に近くなったとワタシは認識する。
しかし、そんな中でも、ヒトで在り続けようとする個体は残っていた。
ガーロンド・アイアンワークスの生存者たちも、その例である。

彼らは広がっていく戦火を食い止めるため、搾取される者を護り、搾取してしまう者を抑制するため、手を尽くし続けた。
それはときに賛同者を生み――それよりも頻繁に、彼らに仲間を失わせた。
あるララフェル族の技術者は、難民たちの村に井戸を建てに行った帰りに、野盗に襲われて致命傷を負った。仲間たちが手を尽くしても、衰弱する一方だった。
彼と常から行動を共にしていた大柄な技術者は、ベッドのそばを離れなかった。励ましの言葉とともに彼の手を握ると、彼は辛うじて意識を取り戻し、生きてほしいと仲間に願った。そして、できれば子孫に命を継いでいくようにと。
言われた方は「お前だって」と手を握ったまま返す。音声が波打っている。
すると彼は弱々しく笑い、掠れた声で言った。「自分はまだ、タタルさん一筋ッス」
ワタシの同行者もまた、彼に頬を寄せ、涙を流し続けていた。

――そして、ついにその涙が枯れるころ。
一層やつれた顔をしたシドたちは、拠点の一室で、長時間に渡って議論をした。
彼らだけでは、今の世界を修繕しきることなど、到底できない。
一方で、彼らしか有していない知識を用いることで、いくつかの効果的な選択肢を未来に残せるのではないかと推測していた。
それは同時に、自分たちや、同時代に生きる仲間を見捨てることにならないかとの意見も出た。シドはそれに頷いた。頷いた上で、「しかし、俺たちが生きたことが無意味になりはしない」と語った。以て、彼らの行動の指針が定まった。

62eUrgLOCSYjkeYtqm1li8P4as.jpg

ワタシは記録する。
ヒトが「第八霊災」と呼んだこの時間を、今なお記録し続けている。

ガーロンド・アイアンワークスが追い求めたのは、黒薔薇の効果が想定を遥かに超え、第八霊災となった理由の解明だった。そして、それを根本的に回避する方法――すなわち、過去を改竄し、「霊災が起きなかった」歴史を成立させるための手法だった。彼らはこれまでの経験から、それが確立可能な理論であると信じていた。
とはいえ、多くのヒトにとっては、賛同するのが困難な行動であったことは、ワタシにも理解できる。獣が重要視するのは、今と、予想し得るわずか先の未来の安定だ。シドたちの行動は、彼らにとって価値を持たない。

実際に、離反する者がいた。
協力を拒む者もいた。
「いいから物資をよこせ」と襲い掛かってくる者がいた。

そういった者が大半で――しかし、そうではない者が、確かに存在した。

第八霊災の原因を突き止めるのには、魔法やエーテル学に通じた、識者たちが協力を申し出た。その中に「霊災が起きなければ、あの英雄が死ぬこともないだろう。だとしたら、まあ、いろいろな問題は起きるだろうが、今ほど世界は酷くならないはずだ」という旨の発言をした者がいた。まわりの識者たちは――どうやらそれぞれにあの人物と面識があったらしい――賛同の意を示した。
その仮説に何かプラスの作用があったのか、あるいはそうでなくとも彼らの知的向上心があれば成し得たことなのかは判断が不可能だが、のちに彼らは、霊災の仕組みと、第八霊災の真実を突き止めた。

また、「第八霊災が発生していない歴史を成立させる」という目的が、「かの英雄の命を繋ぐ」と言い換えられたことによって、より多くの賛同者が現れるようになった。
物資の不足が慢性的な問題となる中、食料を届けに来る者がいた。職人として手伝えないかと、転がり込んでくる者がいた。彼らもまた、かの英雄に助けられたことがあるのだと語った。
なかでも、ナマズオと呼ばれる種族の協力者は、歴史の改竄に深い理解を示していた。
「大鯰様は、こんな未来になるって言ってなかったっぺよ。
 だからそう、オイラが見たのは、第八霊災が起きなかった歴史の未来だったんだって、
 光風院セイゲツが言ってたっぺよ!」
――その発言の意味は理解しかねるので、ひとまずそのまま記録しておく。

時が流れても、協力者は現れた。
例えば、研究機材を輸送している途中で物取りに遭った仲間を助けたのは、巨大な飛空艇だった。それを繰る、「空賊」を自称する女性は、金髪をかきあげながら、こう言った。
「アタイのママが、昔、その英雄様だかに助けられたことがあるって言ってたんだ。
 空の女王の二代目として、借りを返してやるよ!」
調査や実験のために僻地へ派遣された者からは、ヒトならざる存在に助けられたという例も報告されていた。紅玉海を移動中だったある者は、船上で襲撃に遭って海に投げ出され、近くの島に流れ着いた。朦朧とする意識の中、何か大きな動物――亀か蛇に見えたらしい――が自分を介抱してくれた気がすると証言した。
同様に、ソーム・アル登山中に事故に遭った者が、白い翼を持つ巨大な存在に助けられたこともあった。ドラゴン族だったに違いないと当人は語ったが、あれらはヒトの起こす戦乱を嫌い、当地を去ったと言われていたため真実は不明のままである。
そういった事例と、かの英雄を直接結び付けることはできないが、いずれもあの者の活動記録が残る場所であったため、関連づけて高揚する者もいたようだ。

――それらを経て、今。
老いたシドの皺だらけの手が、彼らが追い求めた理論の、最後の一行を記した。
彼は深く息を吐いてから、傍らに立っていたネロに視線を遣った。
ネロもまた同様に老いていたが、この数十年観測してきた、いつもの仕草で肩をすくめた。

「……ま、いいンじゃないか?」

肯定にしては曖昧だ。
しかしシドは、目を瞑り、再び深い息を吐きながら笑みを浮かべた。
それからゆっくりと立ち上がり、後方にあったケトルを操作して、二つの金属製のマグにコーヒーを淹れた。その片方をネロに渡し、軽く掲げた――乾杯という動作だ。
互いにコーヒーをすすったが、今日のネロは、それを「マズい」とは言わなかったと記録しなければならない。
そのうち、シドが自分たちの記してきた紙束を見つめながら言った。

「実現……すると思うか?」

「さあな。これぞって理論を組んで、試してみたら大間違いなンて、よくある話だ。
 それも含めて……若造たち次第だろ」

「違いない」

以降、言葉はなく。
その沈黙の中にある、ヒトにしか観測できない何かを、ワタシは記録できない。
ただ、シドの投げかけた問いに対する、ヒトらしい回答というのを導き出すことはできていた。
丁度、「あのとき」のように……。

彼らの理論の中核を担うのは、クリスタルタワーと、機工城と、次元の狭間に関する冒険で得た経験だ。そしてそのすべての冒険の結末は、ひとつの言葉で表現することができる。
あるいは、今日に至るまでに命を落とした仲間にも、同じ言葉が掛けられてきただろう。

――おやすみなさい

そしてワタシは、ヒトが、その次に交し合う言葉を知っている。
静かに眠り、やがて日が昇ったあとに、告げる言葉を知っている。

故にこれは――どれほど遠く思えようとも、そこに至る道筋なのだ。

ワタシはそれを、記録できずとも、知っている。

BPSbGrgdbMpYRLf_4S_lqHdTKM.jpg

漆黒秘話 第4話「記憶されざる掌編」

遠い遠い昔。
まだ祈りを捧げられる神はなく、人が神であったころ。

ひとつの星は、ひとつきりの世界を営み、それと重なるようにして「命」が揺蕩う領域があった。

エーテル界と呼ばれるその領域は、時代によって様々な異名をとる。
彼らの時代においても、また同様に――
見えざる領域、死せる者の還る場所とされたことから、「冥界」とも呼ばれていた。

冥界は、神たる人々にとって、ごく身近な存在だった。
水が地から海に注ぎ、海から雲が生じて、それが雨として再び地に還るように、命の循環を担うひとところとして大切にされていた。
しかし、彼らの支配圏だったかと問われれば、皆が首を振るだろう。
彼らですら、叡智を用いなければ冥界を覗くに能わず、そこから力の一部を引き出すことはできても、流れのすべてを御するようなことはできなかったのだから。

ただ、人の中にはごく稀に、冥界に愛される者がいたという。



その日も、首都アーモロートには、穏やかな夜が訪れようとしていた。
街には柔らかな光が灯され、ローブを纏った市民たちが、ゆったりとした足取りで大通りを行き交っている。語りあかすに暗すぎず、眠るにも明るすぎないこの街の夜を、皆、思い思いに過ごすのだろう。

そんな中、街の一角に設けられた公園の隅で、ひとりの男が芝生に寝転んでいた。
他の市民と同じ黒いローブに身を包んでいるが、顔の半分を覆っているのは、唯一無二の形をした赤い仮面だ。適当に転がったのか、ほとんど外れかけたフードからは、白い髪が覗いている。
仮面の陰に隠されたその両の眼は、ただぼんやりと虚空に向けられていた。
一見すると星でも眺めているようだったが、彼の眼に映っている風景は、常人の見ているものと少々異なる。

万物の有するエーテルが、色とりどりに輝いていた。
それは地にも空にも奔り、星をすみずみまで活かしていた。
どこかで役目を終えた命が、風に乗って漂っていた。
それがふと、向こう側――冥界へと潜っていった。
意識を向けさえすれば、どこまでも深く、どこまでも遠く、巡る命を捉えられる。
物質の有するエーテルを視ることができる者は少なくないが、彼ほど鮮明に、遠くまで見通せる者となればわずかだろう。
その力を以てすれば、生命の核たる魂も、それぞれに異なる色をしていることまで見て取れる。まさしく、冥界の住民であるかの如き所業だった。

男はしばし虚空を眺め続けていたが、やがて、誰かが芝生を踏みながら近づいてきていることに気がついた。気がついた上で――面倒事を放り出すかのように、目を瞑る。
しかし足音の主は彼の頭のすぐ上まで来ると、立ったままの高い位置から、躊躇なく声をかけてきた。

「やあやあ、十四人委員会への就任おめでとうハーデス。
 ああ、もうエメトセルクって呼んだ方がいいかな?」

言われた男は、返事をしない。
言った男は、仮面に覆われていない口元に笑みを浮かべ、じっと足元の赤い仮面を見つめ続ける。
――そのまま数秒。根負けしたのか、寝転がっていた男が身を起こした。
立ち上がって、露わになっていた白い髪を漆黒のフードの中に仕舞い直してからやっと、至極不機嫌そうな声で来訪者に応える。

「……おめでとうもなにも、必要性があったから収まっただけだ。
 というか、お前が委員会入りを断ったからこうなったんだぞ、ヒュトロダエウス」

「いやぁ、それこそ適材適所というものだよ。
 視えるものをちゃんと活用できるキミと違って、ワタシは視て愉しむだけだからね」

「そんな動機で、創造物管理局局長の職に就いているのもどうかと思うが。
 一度、人民弁論館で、適任か否かを論じてもらうといいんじゃないか」

言葉とともに仮面の奥からうっすら睨むが、創造物管理局局長ことヒュトロダエウスは、気にする様子もなく朗らかな笑みを浮かべ続けていた。
その出で立ちは、黒いローブに白い仮面と、何ら特徴的なところはない。
しかし、稀有なことに彼もまた、冥界を見渡す眼を持つエメトセルクの同類だった。あるいは、視るだけならば彼の方が一枚上手かもしれない。
その双眸は常に、本質と真実を見抜いている。故にこそ、多種多様な「イデア」を扱う創造物管理局の仕事は実に彼向きだと、誰もが認めるところなのだが……それにしたってこの緩みっぷりはどうか、と度々思ってしまう。

エメトセルクは、なおも微笑んだままのヒュトロダエウスに「……何だ」と用件を問うた。
すると聞かれるのを待ってましたとばかりに一層の笑みが広がったので、エメトセルクは少し……いや大分、藪蛇だったと後悔する。が、もう遅い。

「就任したこと、あの人にはもう報告したのかい?」

「……ハァ? 何故わざわざそんなことをする必要がある。
 当然、誰かが報せてるだろうし、そうでなくとも、十四人委員会の人事だぞ?
 すぐに皆の知るところになる」

「それでもだよ、新たなエメトセルク。
 また行方がわからなくなっているなら、ワタシが視てみようか?」

「いらん、不要だ。いいからお前は、とっとと今日の仕事を終わらせろ」

エメトセルクが圧を込めてそう言うと、ヒュトロダエウスは初めて笑みをひっこめ、なぜ終わってないのがバレたのだろうとでも言いたげに小首をかしげる。
その無言の問いに答えれば、また藪蛇になるのは目に見えているのだが……じっと回答を待つ友人に再び根負けして、エメトセルクはため息交じりに言った。

「……今日は、ラハブレア院の奴が来ていただろう。
 ということは、大物の審査依頼だ。この時間にお前の仕事が終わっている可能性は低い。
 それでもわざわざ私を探しに来たということは、
 またぞろ、相談だかお願いだかという、厄介事を持ってきたんじゃないのか」

ヒュトロダエウスは、言われた言葉を咀嚼するようにしばし沈黙し――やがて、肩を震わせて笑いだす。

「いや、そこは、就任が決まったのにこんなところで寝ている友人に気づいたから、
 祝いの言葉を掛けに来ただけなんだけれど……フフ……。
 そうだね、キミが行動を起こすには、いつだってキミ自身が納得できる理由が必要なんだ。
 うん、実に……フフフ……」

エメトセルクは居心地の悪そうな、不機嫌そうな顔でそれを眺めていたものの、取り立てて用件がないのならとその場を立ち去ろうとする。
が、ヒュトロダエウスが慌てて引き留めて、こう言った。

「確かに、困っている案件がないわけじゃない。
 よかったら手を貸してくれないかな、偉大なるエメトセルク」

Z2iUrSG90T6Z37Vj28_xVajbDY.jpg

「不死鳥のイデア、だと?」

創造物管理局の特別階。
普段は立ち入り禁止となっているその階の廊下を、エメトセルクとヒュトロダエウスは、奥へ奥へと進んでいた。
ヒュトロダエウスは足を止めることなく、投げられた問いに「ああ」と頷く。

「厳密には生物ではないし、鳥の形をした魔法と言う方が正確かもしれないけれどね。
 とびぬけた治癒の力を持っていて、それを自己にも他者にも行使できる。
 ラハブレア院渾身の新作だけあって、“どの視点で視ても”美しい造りだよ」

「まあ……そうだろうな……。
 だが、それの何が問題だと言うんだ?」

「言ったとおり、あの不死鳥は生物として創造されていない。
 あくまで形ある魔法として考案されているんだけど……ともかく、見てごらんよ」

ヒュトロダエウスが、そう言って突き当たりの巨大な扉に手をかざす。扉はゆっくりと開き始め――隙間から漏れてきた耳を劈つんざくような鳥の鳴き声に、エメトセルクは仮面の下で顔をしかめた。
しかし躊躇はすることなく、扉の先へと進む。
そして、奇声を上げつつ巨大なホールを飛び回る、炎色の美しい鳥に目を見張った。

エメトセルクが釘付けにされたのは、その翼が華やかだったからではない。
鳥の裡うちに……単なる魔法でしかないはずのそれの中に、あるはずのない輝きを視たからだった。

「魂が、宿っている……?」

――人は、創造魔法によって、神羅万象を紡ぐことができる。
しかし、唯一創り得ないものが「魂」だった。
それは生物が物質界のことわりに則った、つまり生物として矛盾のない形で創られたときに、自然と裡に生じるもの。さながら星からの賜りもので、人といえど単独で創造することはできないとされているのだ。
逆に言えば、生物として単独で存在できないものは、いかに外殻をそれらしい形にしようとも魂を得ることはない。ある種の現象、魔法生物といった存在になるのだ。

ヒュトロダエウスが、鳥を見上げたまま告げる。

「ちょっとした事故だったんだ。
 不死鳥のイデアを審査している最中に、漂ってきた魂が入り込んでしまったんだよ。
 あの様子だと、未練に縛られて彷徨っていた魂だったんだろうね。
 還りたくなくて、暴れてる……」

エメトセルクもまた、鳴きわめいて飛ぶ鳥を見つめる。
鳥はホールの硬い壁にぶつかっては、無残に羽根を散らしていた。しかしすぐに治癒がはじまるため、弱ることもなく己をまた叩きつけ、溢れる魔力を炎に変えて撒き散らす。

「……哀れだな。死の恐怖にやられたか。
 ああなればもう、生に追い立てられるばかりだろう。
 己の限りある時間に焦り、憂い、惑い、傷つき……傷つける」

「おや、わかるのかい?
 ワタシには、どうも縁遠い感覚でね」

「わかってたまるか。ただの憶測だ。
 ……で、どうする。ラハブレア院の傑作でも、この状態で放置はできまい」

と、ヒュトロダエウスがエメトセルクを振り返った。その口元に笑みが浮かんでいるのを見て、エメトセルクは己が再び藪をつついてしまったのだと察する。が、もう遅い。

「還そうにも、不死鳥だからね。
 ちょっとやそっとの衝撃じゃ、消せずにかえって苦しませてしまう。
 だから明日、特に腕のいい魔道士を呼んで……と思っていたのだけれど、
 キミがやってくれるなら、うん、それ以上はないよね」

「…………」

エメトセルクは閉口し、肩を落とす。
恨めし気に隣の友人を睨むものの、彼の口元は、相変わらず笑みを湛えたままだ。
もはや反論する方が面倒で、これを貸しにしておこうと心に決める。
そして、精神を研ぎ澄ますと――不意に、エメトセルクの輪郭が揺らめいた。
夕日に伸びる影のように、その身体が形を変えていく。

「やあ、今日も圧巻だ」

そう言うヒュトロダエウスの眼には、冥界から隣人に流れ込む、力の奔流が視えていた。
まさしく、冥界に愛されていると表現するのがふさわしいだろう。魔道士は数多くいれど、ここまで強大な力を扱える者は、それこそ十四人委員会にもいるかどうかというところだ。
ヒュトロダエウスは、変化を遂げた友を見上げて言った。

「やっぱり、キミがエメトセルクになったのは正しいと思うよ。
 改めて、就任おめでとう」

エメトセルクは、小さく息を吐く。ため息のようであり、微笑のようでもあった。
そして、改めて不死鳥に向き合うと――



「……陛下。陛下」

苛立ちの籠った声に、閉じていた目をゆっくりと開いた。
ぼやけた視界の中で、無意識に、エーテルの流れの方に眼がいってしまう。
――そこにかつてのような、まばゆい輝きはない。
水で薄められたような淡い輝きが、心もとなげに揺蕩っているだけだった。
厭なものを視た、と眉をひそめる。
この状況……どうやら椅子に座ったまま、うたた寝をしてしまったらしい。

と、少し離れた場所から、再び声をかけられた。

「……陛下。そろそろ謁見に応じるお時間かと」

やっとそちらに視線を向けると、長い金の髪を結った長身の青年が、困った顔で立っている。
眉間に深い皺が刻まれているため、どうにも老けて見えるのだが、まだ20歳にもならない己の――己が演じているソル・ゾス・ガルヴァスの孫、ヴァリスだ。
そういえば、彼から先日の暴動鎮圧について報告を受けていたのだと思い出す。
正直なところ、個別に、しかも私室まで押しかけられて報告を受けるほどの一大事ではなかったはずだ。それでもヴァリスがやって来たのは、彼なりに武功を売り込む気概があるのか、それとも背後にいる支持者たちに煽られたのか……などとつらつら考える。

何にせよ、取るに足らない、なりそこないどもの愚かしい営みだ。
ソルは椅子から立ち上がり、部屋を後にしようと歩き出す。
ヴァリスの横を通り過ぎた直後、彼からふと声をかけられた。

「……私の何が、それほどお気に召さないのですか」

立ち止まり、わずかに振り返ると、孫は珍しく年相応の……悔しげな顔をしていた。
祖父の一連の対応に、少なからず思うところがあったのだろう。

ソルはしばし考え、はたと気づいたように、つぶやいた。

「その図体だな」

「……は?」

ヴァリスがつい声を上げ、既に見上げるような位置にある目を瞬かせるが、ソルとしては、これ以上言葉を重ねるつもりはない。
今度こそ立ち止まることなく、私室を後にした。

謁見の間に向けて廊下を歩きながら、思わず自嘲めいた笑みを漏らす。
ガレアン族は血筋によってかなりの体格差があるが、ソルの肉体は飛びぬけて大柄というわけでもない。妻とした女も、そうではなかった。
……だというのに、ふたりから生まれた長男は、ガレアン族の中でも類を見ない屈強な体を得た。周囲はそれを持て囃したが、ソルだけは、内心忌々しく思っていたものだ。

所詮はなりそこない。
真なる同胞たちには到底代わることのできない、弱く愚かな存在。
短い生に執着し、そのために過ちを犯し続ける哀れな断片……
そうだとわかっていながら、生まれてきた子供のかんばせを撫でたときに、
自分が果たして何を「願って」しまったのか――

結局、その願いを受けたはずの長男は、くだらない病で冥界へと還った。
だというのに、その血と体躯を継ぐ者が、今も己の気の迷いを糾弾してくる。
ああ本当に――厭になる。

男は扉の前に立ち、刹那、目を瞑る。
面倒事を、すべて放り出すかのように。

NhzSdVglIJnhM0N2K9Gf7TsOuA.jpg

公式サイト

関連項目



AmazonPrime Video30日間無料トライアル