蒼天秘話


蒼天秘話(そうてんひわ / Tales from the Dragonsong War)

Table of Contents

概要

ファイナルファンタジーXIV: 蒼天のイシュガルドのストーリーで登場したキャラクターたちの邂逅や
ストーリーでは語られなかった想いなどを綴った特別な読み物「蒼天秘話」を公開しました!

第一話~第四話

第五話~第八話

  • 2016年8月5日~8月26日にかけて全4回で掲載された。

蒼天秘話①「友と竜と」(Through Fire and Blood)

早朝の雨で湿った干し草の山が、白い煙を吐き出しながら燃えている。
何度となく煙を吸い込み、その度にむせ返りながらも、少年は必死に走り続けた。無事でいてくれと念じながら。
だが、その想いはあえなく打ち砕かれた。ようやく辿り着いた自宅の庭先で、両親の焼けただれた亡骸を見つけたからだ。せめて弟だけはと願う微かな希望さえも、半壊した家に入ったところで潰えてしまった。彼は見つけたのだ、床に横たわるその姿を……。
少年は、弟の近くに駆け寄り膝を突いた。上半身には傷ひとつなく、まるで眠っているかのようにさえ見える。だが、無残にも崩落した梁により下半身が潰されていた。震える手で弟の雪のように白い髪をなでながら、少年は滝のように涙を流し、そして呪った。
故郷「ファーンデール」を襲った邪竜「ニーズヘッグ」を……羊の放牧に出ていたがために、ただ独り生き残ってしまった己の運命を……。

「おい、起きろ! 生きているんだろう!」

男の声に導かれるようにして、エスティニアンは夢から覚めた。

「アルベリク……?」

ぼやけた視界に男の姿を認め、反射的にエスティニアンは己の師匠の名を呼んだ。しかし、どうやら別人だったらしい。

「アルベリク卿のことか?
 どうやら、まだ混乱しているようだな。これでも飲んで目を覚ますんだ」

羊の胃袋で作られた水筒から強引に水を飲まされて、ようやくエスティニアンの意識は覚醒した。地に伏していた彼の側に、若い黒髪の男が膝を突いて、心配そうに顔をのぞき込んでいる。
年齢は自分と変わらない……20代前半だろう。鉄灰色の鎖帷子から、自分と同じ神殿騎士団の一員だと解った。
だが、名前が分からない。ひたすらに竜を狩る力を得ようと槍術の鍛錬に明け暮れていたエスティニアンは神殿騎士となってからも、ほかの団員たちとなれ合うことなく、常に孤高の存在であり続けていたのだ。

「すまない、世話をかけたな……」

そう言葉にしたものの、後が続かない。

「やれやれ、同じ部隊だというのに、名前も覚えてくれていないのか?
 私の名はアイメリク。お互い、この状況でよく生き残れたものだ」

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そう言われて、エスティニアンは周囲を見て息を呑んだ。未だ火が燻る牧草地に、十名を超える騎士が倒れている。激しい炎にさらされたらしく、いずれも皮膚は焼け、鎧も煤にまみれていた。その光景を見て、ようやく彼は思い出した。
ドラゴン族の目撃情報が入ったため、早朝、部隊の仲間と中央低地に入り、エバーレイクス周辺の哨戒任務についたこと。そして、なだらかな牧草地に入ったところで、岩陰に潜んでいた大型ドラゴンの奇襲を受け、ブレスの炎に焼かれたこと。果敢に反撃し、どうにか槍を突き立てて撃退したことまでは覚えていたが、どうやら大量の煙を吸い込んで倒れてしまったようだ。
あの夢を見たのも、牧草が焼ける独特の匂いのせいだろうか……。
そう思った途端、仲間の亡骸に肉親の影が重なり、強烈な憎しみが心の底から沸き上がってきた。両親の……弟の仇であるドラゴン族は、一匹たりとも生かしてはおけない。

「悪運だけは、昔から強いものでな……」

立ち上がったエスティニアンは、目眩を感じながらも、味方の亡骸から一本の槍をつかみ取り、歩き出した。

「おい、皇都に戻るなら逆だぞ?」

アイメリクと名乗った黒髪の騎士が、慌てた様子で呼び止める。

「せっかく命拾いをしたんだ、お前は皇都に戻るがいい……。
 俺は、ヤツを必ず仕留めてみせる」

「たったひとりでドラゴン狩りを? 無茶だ!
 何より追撃しようにも、私たちを襲ったドラゴンがどこに去ったのかさえ解らないのだぞ?」

エスティニアンは、振り返ってニヤリと笑う。

「気を失う前、俺はヤツの土手っ腹に、槍をブチ込んでやったのさ。
 見ろ、牧草地に点々と残る血痕を……こいつを辿れば行き着くはずだ」

それだけを言って、エスティニアンはひとり再び歩き出した。弟の夢を見せてくれた礼は、必ず返さなければならない。


数時間に及ぶ追跡行の末、エスティニアンはついに獲物を見つけ出した。
傷を負ったドラゴンは、身を隠すために深い谷間の天然洞窟に逃げ込んだようだ。

「こちらの体力にも余裕がないもんでな……速攻で勝負を決めさせてもらう!」

自分の心を奮い立たせるようにつぶやくと、エスティニアンは槍を構え疾走した。ドラゴンが襲撃者に気付き、首をもたげた時には、間合いは十分に詰まっていた。
ドラゴンが炎のブレスを吹くと同時に懐へと飛び込み、身を躱しながら槍を突き上げる。
戦神鋼の穂先が、ドラゴンの翼膜を切り裂く。
鼓膜を振るわす咆吼が、洞窟内に響き渡る。

「ククク……これで、もう飛んで逃げられんぞ。
 もっとも、この狭い洞窟内じゃあ、自由に飛び回ることもできんだろうがな!」

だが、自慢の翼を傷つけられ怒り狂うドラゴンには、元より逃げるつもりはないらしい。
痛みと怒りに身を震わせ、エスティニアンに襲いかかってきた。薄暗い洞窟内で、若き神殿騎士と傷ついたドラゴンの一騎打ちが始まる。
エスティニアンの槍が竜の鱗を削いだかと思えば、炎のブレスが鎖帷子を赤熱させる。
互いの体力を削り合う一進一退の攻防に変化を与えたのは、偶然の出来事だった。
エスティニアンは、障害物が多い洞窟の地形を上手く利用し、何度となくドラゴンの攻撃を躱していた。だが、避けたブレスに焼かれた岩盤の一部が、ついに熱に耐えきれなくなり崩落したのだ。
全神経をドラゴンの動きに集中させていたエスティニアンは、突然、頭上から降り注いできた岩石への反応が遅れてしまう。

「チッ!」

どうにか致命傷となるような大岩の直撃は免れたが、続けざまになぎ払われたドラゴンの尾を避けることはできなかった。
全身を貫く衝撃とともに、声にならぬ悲鳴を上げたエスティニアンは、洞窟の壁に叩きつけられる。

視界がぼやける中、やけに意識だけがハッキリとしていた。
ドラゴンが一歩、また一歩と迫る震動を感じながら、脳を揺さぶられたせいか身体がピクリとも動かない。

「ここまでか……」

ようやく槍を握る指先に力が戻りかけたときには、眼前にドラゴンの姿があった。怒りをブレスに込めるかのように、大きく息を吸い込んだドラゴンの肺がふくれ上がるのを、エスティニアンは呆然と見上げていた。
しかし、そのブレスがエスティニアンを焼くことはなかった。
突然、ドラゴンの頭が大きくのけぞり、ブレスの炎があらぬ方向に向かって吐き出されたのだ。
何が起こったのか解らなかったが、エスティニアンは好機を見逃さなかった。

「おおおおおぉぉぉぉッ!」

雄叫びとともに底力を振り絞り、エスティニアンの身体が跳躍する。
それは、かつて自分を救ってくれた「蒼の竜騎士」の動きをトレースしたかのような、完璧な跳躍攻撃だった。
最高到達点で身体をひねり、穂先にすべての体重を乗せ、自らが槍となって降下する。

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かくしてエスティニアンは、初めて竜狩りを成し遂げた。
眼前に横たわる大型ドラゴンの眼には、一本の矢が深々と刺さっている。呆然とドラゴンの死骸を見つめていると、弓を手にした男が彼の横に並んだ。

「お前……帰らなかったのか……」

「馬鹿を言うな。
 満身創痍で、単身ドラゴンを追撃する仲間を見捨てられるほど、私は非情じゃないぞ」

「すまない……世話をかけたな……」

ぶっきらぼうに礼を言うエスティニアンに対し、黒髪の男は苦笑いをした。

「これで貸しはふたつだからな。皇都に戻ったら、酒のひとつは奢ってもらうとしよう。
 それと、私の名はアイメリクだ。君の友になる男の名前くらい、覚えておいてくれ」

今度はエスティニアンが苦笑いをする番だった。

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蒼天秘話②「氷の女神」(The Dreamer and the Dream)

手にした淡い水色のクリスタルを、イゼルは強く握りしめていた。
敵対者として出会った光の戦士と「暁」の少年、そして、決して相容れることのないと思っていた蒼の竜騎士……奇妙な組み合わせの同行者たちとの旅は、ここドラヴァニア雲海の「白亜の宮殿」で終わりを告げた。待ち望んでいたはずの聖竜「フレースヴェルグ」との対面も、ただ幻想を撃ち砕かれるだけの結果に終わってしまった。
そして彼らは、邪竜「ニーズヘッグ」を倒すことで「竜詩戦争」を終結させるという道を選んだのだ。彼女は戦いを止めることができなかった。
だが、一度は絶望に呑まれたものの、それでも彼女はせめて人同士の争いを止めんと、皇都に侵攻した同志たちを止めて見せた。その同志とも別れた今、彼女は静かにこれまでの出来事を思い出していた。

「すべての始まりは、あの出会い……」

5年前、寒さに追われて辿り着いた高地ドラヴァニアの地で、イゼルは偶然にも聖竜と出会った。
慣れぬ土地を彷徨い森から出てしまった彼女と、雲海の彼方から獲物を求めて降下してきた聖竜の出会いは、果たして偶然だったのだろうか。星の意思が導いた運命だったのかもしれないと、今の彼女は思う。

「聞いて、感じて、考えて……」

かつて星の意思の呼びかけを聞いた彼女は、その真意と常に向き合ってきた。
聖竜の過去を視ることで「竜詩戦争」の発端となる人の裏切りを知った彼女は、竜たちの慟哭を聞き、その悲しみを感じることで、異端と呼ばれる道に立ち入った。千年続く果て無き戦いを止める方法と考えた結果である。
自ら手を汚す覚悟を決めた彼女は、異端者たちに接触し、やがて異能を用いて彼らを率いる「氷の巫女」となった。
すべては戦いを導く、皇都「イシュガルド」の頂点、教皇を倒すため。

「教皇を排除し、戦いに疲れた人々に真実を告げれば、すべてが終わると信じていた……」
「だが、そうはならなかったのだな?」

古のドラゴン語で紡がれた問いかけに、イゼルは頷く。
両の眼を取り戻した聖竜「フレースヴェルグ」が、じっと彼女を見つめていた。

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「私は、同志を率いて魔法障壁を破り、ニーズヘッグに連なる竜たちを皇都に導きました。
 彼らが教皇を倒してくれると信じていたから……」

イゼルの組織は、砂の都「ウルダハ」の商人から情報や物資を得ていた。彼らの目的がどこにあるのか明確に解っていた訳ではないが、大義の前には些細なことと考えた。
商人たちから神殿騎士団総長が戦勝祝賀会に招かれると聞き、皇都への再攻撃を実行した。そして彼女は防衛責任者が不在の皇都を奇襲し、見事に魔法障壁を打ち破り、竜たちを皇都へと導いてみせたのだ。
だが、イゼルの期待に反して、竜たちは教皇庁を目指すことはなかった。復讐の好機に酔いしれた竜たちは、皇都に入るや手近にいる弱き者たちに襲いかかった。
下層民たちが暮らす雲霧街で繰り広げられた凄惨な殺戮劇を見て、彼女は自分が何をしてしまったのかに、ようやく気付いたのだ。

「まことに愚かな娘よ……」

今のイゼルは、聖竜の言葉を正面から受け入れる覚悟ができている。

「そう、私は愚かだ……過去の裏切りも、シヴァの想いも、竜たちの怒りも……。
 すべてを都合の良いように解釈し、取り返しの付かない罪を犯してしまった。
 だからこそ、この罪を償わなければ……」

その想いあればこそ、彼女は光の戦士たちと旅したのではなかったのか?
そうだ。そうなのだ。だからもう一度、光の戦士たちと共に歩もう。その先に何があるのかは解らないが、共に考えることで導き出せる答えがあるはずだ。彼女を盲信し、教皇や貴族たちへの憎しみを向けるばかりの同志たちとは違う、本当の仲間の姿がそこにはあった。

「行くのか娘よ……」
「えぇ、私は行きます……光の戦士たちの下へ……。
 今はどこにいるのか解らないけれど、彼らと合流し、ふたたび共に歩むつもりです」

決意を告げる彼女の顔を見て、偉大なる聖竜の顔が歪んだ。
それは竜の微笑みだった。

「ならば我の背に乗るがいい、幻想を抱く娘よ。
 ニーズヘッグの眼を持つ者が、禁断の魔大陸へと向かっている。そして、竜を狩る者が持つ眼も、
 これを追うように動いている。光の使徒もまた、そこにおろう……」
「まさか……竜の眼の在処が、解るというのですか?」

聖竜は、肯定するかのように喉を鳴らした。

「狂気に堕ちたとはいえ、我が兄弟の眼を、人の手に委ねたままにしておくのは忍びない。
 さあ、どうする? 無理にとは言わぬぞ……」

イゼルは、手にしたクリスタルを今一度、強く握りしめた。
光のクリスタル……かつて星の意思より託された希望の証……。その冷気を確かめるように強く握りしめる。

「私を連れて行って、フレースヴェルグ!」

それは奇しくも千年の昔、ひとりの女性が発した言葉と同じだった。
私を連れて行って、フレースヴェルグ。貴方の魂といつまでも寄り添えるようにと。聖竜が心の中で涙を流していたことをイゼルは知らない。
大鷲にも似た聖竜の翼が広がり、風のエーテルを捉える。不思議な浮遊感とともに、聖竜「フレースヴェルグ」が雲海の空に舞い上がった。
その背に、シヴァになりきれなかった女を乗せて……。


竜の背に揺られる数刻の飛行の後、イゼルは前方に禍々しい光を見た。
そこから発せられる怒りと悲しみが渾然一体となった、どす黒い怨念のエーテルを感じ取った瞬間、彼女と聖竜は理解した。

「竜の眼の力を解き放ったか……」

聖竜の呻きに、イゼルは応じる。

「急いでフレースヴェルグ、彼らの下へ……」

続いて見えたのは、ガレマール帝国軍の巨大飛空戦艦の砲火が、蒼い翼の飛空艇を襲う光景だった。
あの船に光の戦士たちが乗っている。そう直感したイゼルは、決意を固めた。

「かつて星の意思から授かった、光のクリスタル……。
 ……今こそ使う時か」

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手にした淡い水色のクリスタルを、イゼルは強く握りしめていた。
これまでよりも、一層強く。

「これまで、自分の主我のために、多くの犠牲を出してきた。
 結局私は、凍えた身体を温めるための、仲間が欲しかったのだ……そのために、大義を創った」

それは懺悔の言葉であり、希望を託す遺言だ。

「許して、シヴァ……そして、フレースヴェルグ
 それでも私は、どうしても見てみたい……。少女が雪原のただ中で、凍えずとも済む時代をッ!」

聖竜が帝国軍の巨大飛空戦艦の上空に達したとき、イゼルはその背から飛び降りた。
彼女の決意を感じ取り、聖竜は哀しみの咆吼を発する。
千年の昔、愛する人を喰らった聖竜は、以後決して人を殺めぬという不殺の誓いをたてていた。それを知っていたからこそ、イゼルもまた、人同士の戦いに対する助力を求めずにいたのだ。

「ありがとう、フレースヴェルグ

咆吼を聞き、聖竜の想いを感じ取ったイゼルが、最後の戦いに臨む。

「聖女シヴァ……いえ、願いによって造られた私自身の神よ!
 今こそ我が身に降りて、真の融和のために、最期の静寂を!」

手にしたクリスタルが、光となって溶けてゆく。
そして彼女は氷神となる。聖女シヴァへの願いと、幼き頃より聞かされてきた氷河と戦争の女神、ハルオーネの神話がない交ぜとなり、この世に創られた彼女自身の神に……。
真の仲間たちに、希望を託すため……。


蒼天秘話③「銀剣のオルシュファン」(Vows Unbroken)

皇都「イシュガルド」がよく見える場所に置かれた碑石に、いつの間にか盾が立て掛けられていた。
黒地に赤の一角獣……フォルタン家の紋章が描かれたそれには、大きな穴が穿たれている。紛れもなく、その盾が彼の物であることの証だ。かけがえのない友を失った悲しみがぶり返し、フランセルの心は軋みを上げた。

「まったく、いつも君はそうだ……」

手向けるために持ってきたはずの花を、彼は握りつぶしていた。

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彼と初めて会ったのは、15年……いや、16年前のことになる。
当時6才だったフランセルをお披露目しようとする父に連れられ、フォルタン伯爵主催の晩餐会に出席したときのことだ。
貴族社会の重鎮たちの間を回り、ひたすらに教えられたとおりの言葉で挨拶を繰り返すだけの晩餐会は、幼いフランセルにとって耐えがたいものだった。それは極度の緊張を強いられるもので、一通りの挨拶回りが終わる頃には、疲労困憊していた。
そこで父に頼み込み、屋敷の外で涼むことにした。すでに酔いが回り始めていた父が二つ返事で了承してくれたので、フランセルはこれ幸いとテーブルから大好きなプディングを一皿くすね、屋敷を抜けだした。

「フンッ! ヤッ! タアッ!」

フォルタン伯爵邸近くの東屋で、ご馳走にありつこうと思い立ったフランセルだったが、そこには奇妙な先客がいた。上半身裸で、木刀を振る少年だ。

「ねぇ、何をしているの?」

フランセルは、思ったままの言葉を口にした。一方、声をかけられた少年は、一瞬、予期せぬ客の姿に驚きながらも、ぶっきらぼうに答えた。

「何って……剣の修行だ。見てわからないのか?」

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フランセルは、子どもながらに「晩餐会とは人が夢中になるものだ」と思い込んでいた。
だから、人と騒ぐことを好まない自分のほかに、会場から抜け出していた者がいることに驚いた。

「……だけど、今日は晩餐会だよ?」

「そんなのオレには関係ないよ。
 お義母さま……フォルタン伯爵夫人は、晩餐会にオレが出ることを望まない。
 父上は大丈夫って言ってくれるけど、修行のほうが好きだ……
 イイ騎士になるには、剣の腕が必要だからな」

銀髪の少年、オルシュファンフォルタン伯爵の私生児であり、伯爵夫人に疎まれる存在であることを理解するには、フランセルは幼すぎた。それゆえ、彼は木刀を手にした年上の少年を、自分と同じ「晩餐会嫌い」なのだと素直に受け止め、親近感を抱いた。

「じゃあ、僕といっしょにプディング食べない? 美味しいよ?」

オルシュファン少年は、いったい何なのだと言わんばかりに片眉を上げた。
かくしてふたりは出会い、そして友人になったのだ。


実に対象的なふたりだった。
共通点と言えば、どちらも名門貴族の息子であるということくらい。それも、正式な四男と私生児であるのだから、立場の差には歴然としたものがある。
本の虫であり大人しいフランセルに、剣を好み物怖じしないオルシュファンと、性格も正反対。年齢が6才離れていることもあって、体格の差も大きい。
だが、不思議とふたりは馬が合った。
フランセルはオルシュファンの力強さに憧れたし、オルシュファンはフランセルの優しさに救われた。義母の監視下で、息苦しい生活を送っていた私生児にとって、隣家の四男坊は気の許せる数少ない友人となったのだ。
そんなふたりに、転機が訪れたのは出会いから5年後のことだった。


その日もフランセルは、父に連れ出され、貴族社会の恒例行事に出席していた。
クルザス東部低地のダークスケール湖畔で行われる「狩り」に来ていたのだ。チョコボに乗り獣を追う狩猟は、貴族にとって重要なものだ。それは遊技であると同時に貴族同士の交流の場であり、騎乗術と連携を培うための軍事訓練でもある。
この年、11才になったばかりの息子を、狩りに連れ出した父の行いは、貴族としてごく当たり前のことだった。

「鷹の動きを見るのだ。あの下に騎兵たちに追い立てられた獲物がいるぞ」

手柄を立てさせて、自信を付けさせようというのか、父は何度も息子に助言を与えた。
そんな父に恥は掻かせられぬと思うのが、フランセルという少年だ。

「仕留めて参ります!」

手綱を軽く握り、足で合図を与えて愛チョコボを走らせ、目星を付けた湖畔の林に向かう。
武術は今ひとつのフランセルだったが、オルシュファンに叩き込まれた騎乗術だけは上達していた。鞍上が軽いこともあって、彼のチョコボは軽やかに大地を蹴ると、瞬く間に父の部下たちを引き離した。
その時、前方の林の中から数羽の野鳥が飛び立つのが見えた。

「あそこに何かいるんだ!」

彼の観察眼は確かで、微かな変化を見逃さないだけの冷静さもあったのだが、気の優しいフランセルは、人の悪意に鈍感すぎた。
林の中で彼を待っていたのは獣ではなく、「貴族の馬鹿息子」を捕らえて身代金をせびろうと考える悪党だったのだ。
あっという間の出来事だった。三人の男に囲まれたフランセルは、逃げる間もなく棍棒で打ち据えられ、気絶してしまったのである。


目覚めた時、彼は縄で両手を縛られ、汚らしい布で猿ぐつわを噛まされている状態だった。
そこは猟師か木樵が使う類いの山小屋のようだったが、どこなのかは解らない。

「気が付いたか、ボウズ……。いいか、大人しくしていろよ……」

実に陳腐な脅し文句だったが、11才のフランセルには抜群の効果を示した。いつか父の騎兵たちが助けに来てくれるだろうと考えてはみたものの、どうにも恐怖は去ってくれない。
その時……山小屋の扉が激しい音を立てて打ち破られ、何かが転がり込んできた。

「な、なんだァッ!?」

フランセルを脅していた暴漢が振り返る。
その視線の先には、腹を刺されて倒れ込んだ仲間と、フラリと立ち上がる銀髪の少年の姿があった。手にした狩猟用の短剣が、血で濡れている。

「テメェ、よくもッ!」

激高した暴漢が棍棒を手に打ちかかったが、銀髪の少年……オルシュファンは易々と身を躱し、短剣を一閃させる。獣のような絶叫と共に男の腕から血が噴き出し、棍棒がゴトリと床に落ちた。
フォルタン伯爵の従者として狩りに参加していたオルシュファンが、友の異変を察知し、いち早く駆けつけてくれたのだ。

「もう大丈夫だぞ、フランセル!」

頼れる友の手で猿ぐつわを解かれた瞬間、フランセルは絶叫した。

「犯人はふたりじゃない、もうひとりいるんだ!」

だが、警告は遅かった。オルシュファンが振り向いた時、裏口に三人目の男が立っていた。
血を流して倒れる仲間を見て、怒りに震えた男が弓に矢をつがえる。

「身代金はナシだ……今すぐブッ殺してやる!」

フランセルは、放たれた矢が、ひどくゆっくりと向かってくるのを知覚していた。

「危ないッ!」

咄嗟にぎゅっと閉じた目を、おそるおそる開けた時には、すべてが終わっていた。
いったい何が起こったのか?

「今度こそ、もう大丈夫だぞ」

弓を手にした男が、血を流して倒れている。そして、オルシュファンの左腕に、深々と矢が突き刺さっていた。

「盾があれば、良かったのだがな」

なんと彼は、フランセルに向けて放たれた矢を自らの左腕で受け止め、その上で反撃に転じていたのだ。何の躊躇もなく、身を盾にしたオルシュファンの行動に、ただただフランセルは感激した。

こうして、アインハルト家四男誘拐事件は幕を閉じた。
後日、一命を取り留めた犯人のひとりが、こう供述した。剣を手にした銀髪の騎士に倒されたのだ、と。狩猟用の短剣は剣ではないし、オルシュファンも騎士ではない。それは学のない貧民の勘違いであったのだが、ほどなく真実となった。
フランセル救出の功績により、オルシュファンは騎士爵を授与されると同時に「銀剣」の異名を得たのである。
夢を掴んだ友を祝福し、あらためて礼を伝えようと訪れたフランセルに、彼は笑ってこう答えた。

「イイ騎士とは、民と友のために戦うもの……それだけのことだ」

蒼天秘話④「女王陛下の二度目の宣誓」(For Coin and Country)

事の顛末を聞いたのは、目覚めて三日後のことだった。
幼い頃から警護役としてナナモを守り、引退した今でも何かと世話を焼いてくれる元近衛騎士のパパシャンから、一連の事件についての報告を受けたのである。
まさに衝撃の連続だった。ラウバーンの左腕喪失と、光の戦士を筆頭とする「暁の血盟」についての話を聞いたときには、怒りにまかせてロロリトを処断せよと激したほどだ。
だが、パパシャンは静かに首を振ってこう言った。

「まずはロロリト殿の真意をお確かめください。何事も事を急いて良いことはありませぬぞ」

後日、ウルダハ王宮内の「香煙の間」に、三人の男女が招かれた。
疑惑の中心人物であるロロリト・ナナリト不滅隊局長ラウバーン・アルディン、そしてナル・ザル教団大司教デュララ・デュラ、いずれも砂蠍衆に名を連ねる要人である。
共和派、王党派、中立派のそれぞれ一名という人選だ。

「これは弁明の機会……と考えて、よろしいのですかな?」

開口一番、ロロリトはふてぶてしくそう言った。

「……何か述べておきたいことがあるのなら、言ってみるがいい」

できるだけ平静に見えるようにと願いながら、ナナモは促した。
「それでは」とつぶやいて一呼吸をおいた後、ロロリトは仮面を外した。
そもそも謁見の場で、仮面を付けていること自体が不敬の現れであるのだが、絶対的な権力者であるロロリトは、「強い光が眼の毒となる」という理由で、決して素顔を見せることはなかった。その仮面を、おもむろに外したのである。

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「率直に申し上げて、ナナモ女王陛下は、ウルダハに迫る危機を甘く見ておられる」

金色の瞳で、まっすぐ女王を見据えて、老商人は言った。
自ら弁明と言いながらの女王批判に、ラウバーンは眉間にしわを寄せるも、場をわきまえたのか静かに顔を伏せる。これを横目に追ったナナモロロリトに次の言葉を促した。すべてを聞き、その上で判断する。結論を急いで、何かを失うのはもう嫌なのだ。

ロロリトの主張は、おおよそ次のようなものであった。
新皇帝の誕生により、ガレマール帝国によるエオルゼア侵攻の再開は、もはや時間の問題である。そのような状況で、国家の体制を変えようとは無謀にも程があるというのだ。
テレジ・アデレジが、これを止めんとして女王暗殺を企て、一方のロロリトは、この陰謀を利用した。ナナモを昏睡状態とすることで体制を維持しつつ、テレジ・アデレジの排除を狙ったのである。ここまでは、パパシャンから聞いた通りの内容だった。

「このように強硬な手段を採らざるを得なかったのは、
 女王陛下が王政廃止という重要な決断を、我ら砂蠍衆への相談なしに決めたためであります。
 せめて、腹心のラウバーンには相談すべきでしたな」

その言葉は、ナナモの胸に棘となって突き刺さった。
相談すれば止められるであろうと考えたからこそ、ラウバーンに伝えなかった。
悪化し続ける難民問題を解決するためにも、民の声を政に届ける体制を作りたかった。
コロセウムの永世チャンピオンであるラウバーンは、民に絶大な人気を誇るがゆえに、共和制移行後も政権に参加できるであろうとの期待もあった。無論、ロロリトら豪商たちが民を買収することもあろうが、それさえ富の分配に繋がると考えての決断だった。
だが、結果として一連の騒動が巻き起こり、ラウバーンは左腕を失い、大恩ある「暁の血盟」を事実上の崩壊に追い込んでしまった。いくら後悔しても、後悔しきれぬ結末である。

「ワシの描いた策にも綻びはありました。そのひとつが、暁の連中を取り逃がしたこと。
 まさか王宮内で大立ち回りを演じるとは……あれで事態が複雑化したのは事実」

ロロリトは抑揚のない声で淡々と語り続けた。
女王暗殺の嫌疑を光の戦士に向け、「暁の血盟」の排除を狙ったのは、テレジ・アデレジの考えだったという。フロンティア計画を邪魔された件に対する報復であろうというのが、ロロリトの見解だ。ロロリト自身に「暁」への怨みはなかったが、すべてが終わるまでの間、イルベルドが彼の手駒であることをテレジ・アデレジに悟られる訳にはいかない。
従ってあの場では「暁」関係者を拘束する必要があったし、事が終わってから嫌疑が晴れたとして釈放すれば良いと考えていたようだ。
完全な被害者である「暁」に対し、責任を転嫁するかのような物言いに、ナナモは内心腹を立てたが、どうにか言葉を呑み込んだ。

「そして、もうひとつはイルベルドの離反……。
 ラウバーンの処遇を巡り、対立したことは、すでにご存知のことでしょう」

確かに知っている。
では、なぜ雇い主であるロロリトの意向に反し、イルベルドラウバーンの殺害に固執したのか?
その疑問に対しても、ロロリトは回答を用意していた。
手を握った際に約したとおり、イルベルドに資金と武器を与え、アラミゴ難民を組織化させる。そして、レジスタンスを編成してアラミゴに送り込み、帝国軍の動きを阻害させて時間を稼ぐ。ウルダハ周辺から難民の数を減らす効果もあり、一石二鳥であろうとはロロリトの弁だ。
だが、ラウバーンの存在が問題となった。アラミゴ難民たちは、砂蠍衆にまで上り詰めたラウバーンという希望を目にしたことで、ウルダハでの成功を夢見ていたのだ。帝国の圧政に苦しむ故郷アラミゴという現実から目を背けて……。

アラミゴ難民を夢から覚ますには、ラウバーンの死が必要だったいう訳ですな。
 とはいえ、女王陛下にふたたび玉座に就いていただくには、
 ラウバーンの生存は不可欠でありましょう。そこが我らの対立点だったのです」

ラウバーンが殺害されていたとしたら、自分はどうしていただろう?
とてもではないが、正気を保っていられた自信が無い。自暴自棄になり、ふたたび王政廃止を宣言した可能性すらある。その点、ロロリトの読みは正しかったと言えるだろう。
スラスラと自分の陰謀を語ったロロリトは、最後に一枚の羊皮紙を差し出した。

「お収めください、女王陛下……」

それは、ロロリトが管理するテレジ・アデレジの資産のすべてと、彼自身の財産の半分を、王宮に献納するという契約書であった。

ロロリト……貴様、金ですべてを終わりにさせるつもりか!」

ロロリトの態度にしびれを切らしたラウバーンが立ち上がるのを、ナナモは手を上げて制した。

「金を支払うことこそ、商人の責任の取り方……。
 この資金を、暁への支援に充てるも、難民救済に用いるも、陛下の御心のままに……。
 とはいえ、帝国軍への対策だけは早急に着手するよう、進言しておきますよ。
 では、これにて失礼させていただくとしましょう」

さも当然のように、ふたたび仮面を身に付けると、退出の許可を得ることなくロロリトは「香煙の間」を後にした。


ロロリトとの面会を終えた後、ナナモは私室に戻り、ひとり考え続けた。
決して彼のやり方を許すことはできない。しかし、自分の考えた共和制移行の手法に問題があったことも、今となっては認めない訳にはいかない。
自分のあさはかな決断が招いた混乱と犠牲……。その責任を取るには、何を成すべきなのだろうか?
少なくともロロリトは、彼にとって血肉にも等しい財産を、半分差し出すという決断をしてみせた。では、未だ女王の座にある彼女は何を成すべきなのだろうか?

ラウバーンをここへ!」

新顔の侍女に連れられ私室を訪れたラウバーンに、ナナモは羊皮紙を手渡した。
ロロリトの契約書に、ナナモの署名が記されているのを見て、ラウバーンは眉をひそめた。
そんな彼に、ナナモは言い放った。

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「妾は、ロロリトが嫌いじゃ!」

「ハッ……」

「だが、それ以上に自分自身が嫌いじゃ。
 最も信頼すべき者に相談することもせず、砂蠍衆の言葉に耳も貸さず、
 大恩ある者を傷つけた妾は、本物の愚か者じゃ!」

何と答えて良いものか、ラウバーンは言葉に詰まった様子で、頭を垂れている。

ロロリトは非道で、非情で、強欲じゃ。
 しかし、それでも有能で、何よりウルダハを守ろうと力を尽くしたのじゃ」

様々な感情が渦めき、ナナモは葛藤した。だが、それでも決意を固める。
敬愛する彼女の姿を、いつの間にかラウバーンは父親のような表情で眺めていた。
ナナモラウバーンに向き直ると、力強く言った。

「今すぐ、八官府の長を集めよ!
 山の都イシュガルドを、エオルゼア同盟軍に復帰させる手立てを考える!
 ガレマール帝国に対抗する方策を模索するのじゃ!」

ナナモは、一息置くと続ける。

ラウバーン。妾は、あのような男をも使いこなせる女王になってみせる!」

それは、ナナモの宣誓だった。
かつて5歳で王位を継いだときに、意味も分からずに述べた戴冠式での宣誓とは異なる。本物の決意が込められた宣誓だ。

「ハッ!」

ラウバーンは、砂都に女王が戻ったことを、今更ながらに実感した。
砂の女王と、隻腕の将軍に、ふたたび笑みが戻ったのだ。

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蒼天秘話⑤「最後の蒼天騎士」(What Remains of a Knight)

蒼天騎士団総長ヴァンドロー・ド・ルーシュマンドは苦悩していた。
齢65歳、肉体の衰えを実感することが増え、騎士としての生活に限界を感じて久しい。だが、目下の悩みは、そのような些末なことではなかった。教皇を守護する蒼天騎士となり、既に40年以上が経過しているが、初めて守るべき対象に疑念を抱いてしまったのだ。
ひと月ほど前のこと。ヴァンドローは、教皇庁の中庭に通じる門扉の前で警備に立っていた。教皇トールダン7世が独り黙想するために中庭に入っていったためである。さして珍しくもない日常の出来事……しかし、この日だけは違っていた。しばらくして彼の耳が微かな話し声をとらえたのだ。
独り言か、祈りの声か……そう考えてはみたものの、教皇以外の声も交じっているように聞こえる。侵入者であれば即刻、教皇を守るために突入せねばならないが、勘違いであれば耳が衰えた事実を露呈し兼ねない。考えた末に、ヴァンドローは気配を消して中庭に入り、密かに様子を覗うことにしたのだった。
そこで彼は見た。黒法衣の怪しい人物とトールダン7世が密会する現場を……。


一等異端審問官シャリベル・クールシヤンは苛立ちを隠せずにいた。
シャリベルは自身の役回りを天職と考えていたが、近頃、彼の欲求を満たすだけの「獲物」と出会えていなかったのだ。そんな折、役立たずの部下が顔を見せたものだから、苛立ちも募るというものである。束ねた長い金髪を緊張で揺らしている新米の部下は、どうやら一通の封書を届けに来たらしい。

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「何なのコレは……」

受け取った封書は無記名で、蜜蝋で封じられてはいるが、そこに印は刻まれていない。これでは、誰が書いたものなのかはわからない。

「さ、さあ……今朝方、黒いローブ姿の男に手渡されまして……」

使いの男に差出人の名を訪ねることすらしなかったのであろう無能な部下に、あとでキツイ仕置きでもしなければと考えながら、シャリベルは指先に魔力を集中させ「火」を灯すと、その熱で蜜蝋を溶かしはじめた。的確に蜜蝋だけを炙り、封書に焦げ目ひとつ付けない様子は、彼の火炎魔道士(パイロマンサー)としての優秀性を示しているのだが、件の部下にとっては恐怖の対象でしかない。
鮮やかな手並みで取り出した手紙に目を走らせたシャリベルは、文字を追うごとに自然と自分の頬が笑みで歪むのを自覚しながら実感した。やはり異端審問官は天職だ。


深夜、教皇庁の最上層で夜風に当たっていたヴァンドローは、蒼天騎士とは何なのかを考え続けてきた。もちろん答えは出ている。皇都イシュガルドを政治と宗教の両面から導く、教皇を守る者たちだ。建国の父、トールダンと共に邪竜ニーズヘッグと戦った十二騎士になぞらえ、選りすぐりの十二名の騎士たちが集まる皇都の最精鋭。戦神の大盾に代わって教皇を守り、戦神の数槍に代わって敵を倒す。それこそが蒼天騎士に違いない。

だが、守るべき教皇が、よりにもよって混沌の使者「アシエン」と通じていた。しかも、蛮神の召喚方法について論じ合っていたのだ。それも戦神ハルオーネを招こうというのではない。まったく異なる「何か」を神として呼び降ろそうとしている。戦神を至高の守護神として戴くイシュガルド正教の教えに、反していることは明らかだ。
苦悩の末にヴァンドローは決意した。教皇自身に真意を問いただすしかないと。そして、その返答次第では異端者と断じられようとも、己の剣で……。

決して引き返せない道を、ヴァンドローは歩き出した。夜の静けさで満たされた教皇庁の最深部、教皇トールダン7世の居住区画に通じる門扉の前で、夜警に立っていた部下のエルムノストに一声かける。

「教皇猊下に急ぎ伝えねばならんことがあってな」

「この夜半にでありますか? いったい何が……」


エルムノストの疑問に手を振って答えられぬ旨を伝えると、ヴァンドローは決して余人が立ち入れぬ教皇の私的空間へと入っていった。蒼天騎士団総長でなければ、こうはいかなかっただろう。静かに扉を閉じたヴァンドローは、思わずほっとため息をつく。
だが、しばらく進んだ廊下の先に、人影が立っていた。

「まさか……!?」

どうにか続く「アシエン」という言葉を呑み込んだヴァンドローは、咄嗟に剣の柄に手をかけ、待ち受けるローブ姿の男と対峙する。

「こんな夜遅く、お急ぎのようですが……どちらに行かれるおつもりデ?」

目深に被ったフードを取り払った男の顔には、いやらしい笑みが満ちていた。髪をきつく縛ったその男が何者なのか、一瞬の思考の後に理解したヴァンドローが聞き返す。

「貴公こそ何用だ……。ここは異端審問官風情がいて良い場所ではないぞ!」

男がアシエンではなかったことに安堵しつつも、ヴァンドローは決して油断しなかった。相手が悪評の絶えぬ異端審問官、シャリベルであることに気付いた彼は、状況によっては、一気に間合いを詰めて一刀両断する覚悟である。

「おんやぁ、アタシごときの存在をご存知とは……光栄の極みですコト……」

シャリベルの人を喰ったような物言いに、ヴァンドローの表情が険しさを増す。

「これでも公務中でしてネェ……。異端審問局に寄せられた情報によると、
 何でも今夜ここに異端者が現れるそうでして、こうして張り込んでいたところなのですヨ」

その返答にヴァンドローの表情は、さらに歪んだ。

「まさか教皇猊下が私を……」

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いかにして自分の行動が予見されたのかはわからなかったが、この居住区画にシャリベルがいる事実が、ひとつの結論を示していた。教皇自身が、長年仕えてきた自分を排除するために、刺客としてこの下賤な男を招き入れていたのだ。
驚きと悲しみに襲われたヴァンドローだったが、それでも一角の騎士である。次の瞬間、押し寄せてきた火炎魔法の熱から逃れるため、彼は咄嗟に身を投げ出していた。そして、すかさず受け身を取って立ち上がると、盾を掲げて突進する。
対するシャリベルも一流の魔道士だ。不意打ちの初撃を躱されたことに舌打ちしつつも、老騎士の突進にも動じることなく、杖を掲げて魔法を詠唱し始める。

「そおらッ!」

シャリベルが突きだした杖の先端から、業熱の火球が迸り、老騎士の盾に激突する。
百戦錬磨の騎士であるヴァンドローは、受け止めた熱量のすさまじさを実感すると、瞬時に溶解しつつあった盾を投げ捨て、続けざまに剣を一閃させる。

「チッ……老いぼれとはいえ、流石は蒼天騎士って訳かイ……」

飛び退いたシャリベルの右頬は、斜めに裂け、血が流れ落ちている。

「舐めるなよ、小童! 戦の痕跡を遺さぬつもりかもしれぬが、
 このヴァンドロー、加減して倒せると思わぬことだ!」

確かにシャリベルは加減していた。床や壁に無様な焦げ目を遺さぬよう、綺麗さっぱり老体を焼き上げるために。
その傲慢さが失敗だったのか、一連の攻防でシャリベルはいつの間にか壁際に追い詰められていた。もう距離をとって魔法戦を挑むことはできない。だが、圧倒的に不利な状況に置かれながらも、シャリベルは愉悦に満ちた笑みを浮かべていた。

「久しぶりに楽しませてくれるじゃナイ……敬意を払うに値するワネ……」



翌朝のこと。いつもより少しだけ早く、教皇トールダン7世は独りで居住区画から顔を出した。寝ずの番をしていたエルムノストと、出迎えに来ていた副長ヴェルギーンに対し、教皇は静かに告げた。

「昨晩な、ヴァンドロー卿がわしの私室を訪ねて来て、引退を申し出てきよったわ」
「なんと!? 真でありますか?」

驚くヴェルギーンに対して、教皇は頷いた。

「あれも騎士としては高齢ゆえ、最近では肉体の衰えに悩んでおったらしい。
 昨日は一晩中、わしと語らってな……。今は控えの間で仮眠をとっているゆえ、
 しばらくそっとしてやってはくれんか。あやつにも休息が必要じゃろうて……」

蒼天騎士としての務めに誰よりも強い想いを抱いていた総長が、引退という苦渋の決断を下したことを思い、ヴェルギーンもエルムノストもこみ上げるものがあった。そして、尊敬する総長が静かに休めるようにと、朝の祈りに向かう教皇に付き従い、その場を後にした。

後日、正式に教皇庁から蒼天騎士団総長ヴァンドロー・ド・ルーシュマンド卿の引退と、ゼフィラン・ド・ヴァルールダン卿の総長への就任が発表された。だが、新総長の就任式にヴァンドローの姿はなかった。教皇トールダン7世は、この件に関してヴァンドロー自身のたっての希望を受け、ひとり旅に出ることを許したのだと説明した。
かくして皇都から、最後の蒼天騎士が去ったのである。教皇の居住区画の冷たい石床に、微かな焦げ跡を残して。

蒼天秘話⑥「花言葉」(Words, Deeds, Beliefs)

蒼の竜騎士が、ジャンプで果実採りとは……。
 ……いったい俺は、こんなところで何をやっているんだ。」

確かそんな独り言だったように思う。その時の場面を思い出してアルフィノ・ルヴェユールは吹き出してしまった。

フォルタン伯爵邸に用意されたアルフィノの私室だった。竜詩戦争が終結し、蒼の竜騎士エスティニアンが皇都イシュガルドを去って数日後、深夜になっても寝つけないアルフィノは、床を諦めて木製の机に向かっていた。自らの虚栄心や傲りによって、すべてを失ったあの日。キャンプ・ドラゴンヘッドを管轄していたオルシュファン卿の言葉に心を揺さぶられて始めた手記を開く。

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アルフィノ殿……
 あなたはこのまま、折れた「剣」になるおつもりか?
 ……自身には、もう何も残っていないと?」

ウルダハを追われ、イシュガルドに落ち延び、竜詩戦争にまつわる旅路で、アルフィノは自身の変化を微かに感じていた。オルシュファン卿が雪の家と呼んだ場所で、彼がかけてくれた言葉を思い出し、表面だけを取り繕ってしまった当時の自分を、今のアルフィノは恥じていた。

オルシュファン卿は光の戦士である英雄を「友」と呼んだ。英雄もきっとそう思っていたに違いない。あの時、オルシュファン卿は英雄を助け、そしてその英雄の連れであるという理由だけで、同じ友愛を自分にも与えてくれた。今になってアルフィノは、ようやく自分がどれほどその友愛に助けられていたかを思い知った。時は既に遅く、それを直接伝えることはできなくなってしまったが、数日前、アルフィノイシュガルドの街を見下ろすことのできるクルザスの丘で、改めてオルシュファン卿にそれを報告したのだった。

さらに、ぱらぱらと手記のページをめくる。
光の戦士蒼の竜騎士エスティニアン、氷の巫女イゼル、そして自分という奇妙な四人での旅は、アルフィノにとって価値観を揺さぶられる出来事の連続だった。

「言うは易しだな、アルフィノ……。
 お前がグナース族の蛮神と戦うというのなら別だが、
 蛮神討伐となれば、「光の戦士」に頼るほかあるまい?」

グナースの塚でエスティニアンから言われたこの言葉は、捨て去ったと思い込んでいた自分の中の傲慢を思い知らされた出来事だった。これまでアルフィノに対し、ここまではっきりと物を言ってくれる人物は、祖父ルイゾワを除けば妹のアリゼーくらいのものだった。そのアリゼーに対してさえ、自分は心のどこかで彼女を見下していたのではないかと気づかされた。クリスタルブレイブの一件以来、少しでも自分の手足で役に立とうと決めたにも関わらず、舌の根も乾かないうちにとはこのことだ。何より光の戦士である英雄に愛想を尽かされても仕方がないとさえ思った。

アルフィノにとって頭脳と言葉は武器である。だが、その言葉はルイゾワの孫であるという「血」によって支えられた武器だ。アルフィノ自らが力を与えたものではない。「ルイゾワの孫」が放った言葉なのか、「アルフィノ・ルヴェユール」が語った言葉なのか、それは決定的に意味が違う。自分の手や足を動かし、行動と実行ができるようになること。自分は彼が大切だと思う仲間にとって、信用と信頼に値する人物であるかどうか、それが重要だ。そうでなければ、言葉は空虚な音でしかない。感謝を言うのは容易いが、それが心からのものであると信じて貰えるようにならなければ、以前の自分と何も変わらない。

この時は、蛮神ラーヴァナの討伐に向かった英雄とイゼルの帰還が、とてつもなく長く感じられた。自分は光の戦士を無敵の存在だと思っていたのかもしれない。エスティニアンに言われたことが重く圧し掛かる。しかし、それを恥じ入ってばかりはいられない。帰還を待つと同時に、アルフィノは本格的に魔法の鍛錬を始めた。もちろん、これまでも魔法の訓練はしてきたが、それはあくまで実戦を見据えたものではなく、いわば勉強のようなものだった。イゼルに背中を押されたことも大きい。

アルフィノは、魔法の才がある。実戦で磨いていけば、いい魔道士になるだろう。」

英雄に告げたイゼルの一言が、アルフィノに力をくれた。今すぐでなくてもいい、本当の仲間にしてもらうために、アルフィノはようやく自分の足で歩き始めた。

更にページをめくり、再び手が止まる。
ドラヴァニア雲海。白亜の宮殿を前にして、最後の野営になった日の手記だ。イゼルの作ってくれたシチューはとても暖かく、それまで口にした何よりも美味しかった。旅の途中で教わった薪拾い。エスティニアンすら散々手を焼かされた雲海に住むモーグリ族との出会い。ドラゴン族との対話……。そして光の戦士は、いつも自分を見守っていてくれている。アルフィノはこの旅で、自分の無力さと無知を知った。それは自分も同じだとイゼルエスティニアンも言う。しかし、彼らはその無知から自分を知り、自分の手で何かを成し遂げようとする意志と力を持っていた。自分もそうならなければならない。それが、未来を託してくれたイゼルへの答えでもあると、アルフィノはそう思うのだった。



アルフィノ殿、まだ起きておいでか?」

不意のノックに続いて、小声の問いかけがあった。
思わず手にした手記を閉じて応じると、エドモン前伯爵がランプを手に顔を出す。

「今宵はなかなか寝付けず、自分で茶でも淹れようと思ったところ、
 ドアから明かりが漏れているのを見つけたのだ。
 うたた寝でもして、身体を冷やしてはいかぬと思ってな。」

「お気遣い、ありがとうございます。」

アルフィノも眠れず考え事をしていたと告げると、エドモン卿は自らの部屋から毛布を持ってきてくれ、遠慮するアルフィノを遮って暖かいハーブティーを淹れてくれた。聞けばニメーヤリリーの根を煎じたものだという。扱いが難しい植物だと聞くが、エドモン卿の意外な一面を見た気がする。再度礼を告げると、前伯爵は寂しげな表情で言った。

「間もなく、ここを発つのであろう?」

アルフィノが答えようとするのをエドモン卿は遮り、優しく微笑むとこう続け、ドアを閉めた。

「良い表情をするようになられたな、アルフィノ殿。」

エドモン卿が淹れてくれたハーブティーに口をつける。苦味があるニメーヤリリーの根は、そのまま煎じるにしては苦くて飲めない。だが、糖蜜と混ぜることで苦さは和らげられており、前伯爵の気遣いに心から感謝する。アルフィノはふと思った。ニメーヤリリーの花言葉は何だっただろうか?



再び机に戻る。手記は更に続く。
ファルコンネストで行われた、人と竜の新たな歴史の始まりとなる式典は、邪竜の影に憑かれたエスティニアンの乱入によって中止を余儀なくされた。竜詩戦争の真実を知った皇都の混乱が落ち着き、ようやく人々が過去の歴史にではなく、未来に目を向け始めた矢先のことだ。
赤く染まった竜騎士の鎧。その鎧を侵食するように張り付いた二つの邪竜の眼。たとえ友であろうとも、民のためとエスティニアンに矢を番えたアイメリク卿はきっと正しい。だが、アルフィノの心は、エスティニアンを助けたいという気持ちで一杯だった。雪の家でそう打ち明けた自分に、英雄は静かに微笑んでくれた。友を助けよう、と。
その後、竜の眼と対峙した時に感じたエーテルのことは、英雄と二人だけの秘密にしておくことにした。それでいいのだと思う。

「すべてが終わった今、あるのは、すべての死を悼む心だけ。」

アイメリク卿の貴族院議長就任式典が終わると、そう言い残してエスティニアンは病室のベッドから姿を消していた。赤く染まった竜騎士の鎧を残したまま。まったく、あの人らしい。アルフィノに正面から向き合い、容赦なく言葉を投げつけてきたエスティニアン。あの人は、決してアルフィノのことを立場や血筋で判断しようとはしなかった。むしろ、一人の人間として彼を扱ってくれた、初めての大人だったのかもしれない。アルフィノは、兄のように彼を慕っている自分を自覚したのだった。

新たな旅立ちが迫る中、手記を片手にアルフィノイシュガルド各地を回った。一人旅の道中で、幾度か生き残った邪竜の眷属に襲われもしたが、魔法の鍛錬が役に立った。
霊峰ソーム・アルの頂からドラヴァニア雲海をのぞんだ時の感動。圧倒的な存在だった聖竜フレースヴェルグとの邂逅……今でも足の震えを覚えている。
聖竜の口から竜詩戦争の真実を知ることになり、事態は急変する。英雄とエスティニアンの邪竜討伐、イシュガルド教皇庁での悲劇、そして魔大陸アジス・ラーの空へ輝いたイゼルの想い……。

アジス・ラーへ立ち寄ったアルフィノは、あの日その島に降り立ったその場所に、ひとふさの花束が置かれているのを見つけた。ニメーヤリリーの花束。エスティニアンが置いていったのだろう。なんとなくだが、そう確信する。

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思想を異にする四人で始めた旅だった。でも、共に歩む中で、本当の旅の仲間になれた。イゼルの想いを連れて、あの人はこれから自分のために旅をするのだろう。きっと、いつかまた会える。彼はさよならを言わなかったのだから……。

アルフィノはハーブティーを飲み干すと、手記を閉じてベッドに潜り込む。目を閉じて眠りに落ちる瞬間、彼はそれを思い出し微笑んだ。
鎮魂の花としても知られ、星神ニメーヤの名を持つ花。星は旅人にとって行く先の導(しるべ)となる。「旅の無事を願う」それがニメーヤリリーの花言葉。

蒼天秘話⑦「荒野を往く少女」(A Malm in Her Shoes)

アリゼー・ルヴェユールにとって、「お祖父様の孫であること」は誇りである。
お祖父様……すなわち、第七霊災からエオルゼアを救った賢人ルイゾワは、シャーレアンでも歴史のある、名門ルヴェユール家が輩出した知恵者だ。アリゼーはその孫として、すすんで己を磨き続けてきたし、学生時代には優れた成績を収めるよう努力を欠かさなかった。一方で、名家の子女らしからぬお転婆なふるまいと、優秀な兄への反抗心から培われた「多少の」毒舌を周囲から咎められることもあったが、手本にしているルイゾワとて、どちらかといえば格式張らないお茶目な人だったのだ。それくらいは許容してほしい。

その日、アリゼーは、エオルゼアを巡る旅の途中にあった。
兄や従者はもちろん、冒険者を連れることもない、正真正銘のひとり旅。祖父が命をかけて守った地を、自分自身の目で見てみたいと思ってはじめた旅だった。
このところはザナラーン地方を転々としているが、日中はとにかく暑い。
喉を潤すために仕方なく街道沿いの酒場に入ったところ、唐突に「ふざけるな!」と男の罵声が飛び込んできた。声の方に目を向ければ、簡素な旅装の少女に、大柄な男が食ってかかっている。少女は毅然とした態度で男に言い返しているが、それが余計に気に食わないらしく、男は今にも拳を振り上げそうな勢いだ。
アリゼーは、ため息をついた。野蛮な奴も、幼稚な喧嘩もうんざりだ。しかし同時に、祖父ならばこれを見過ごさないだろうとも、考えてしまったのである。

「この暑いのに、よくわめくわね。黙るのと黙らせられるの、どっちがいい?」

アリゼーの有無を言わせないほど冷ややかな声に、激怒していた男と、怒られていた少女が、そろって間の抜けた顔で振り返る。
それが、アリゼーと、行商人の少女エメリーとの出会いだった。

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エメリーいわく「一方的に酷い取引を持ちかけてきた男」を追い払った度胸と腕を見込まれ、アリゼーは、しばし彼女が所属する隊商の護衛を引き受けることになった。ちょうど前任の冒険者との契約が終わって、新たな護衛役を探していたところだったらしい。
その隊商は、都市部と地方の村を巡回するありきたりな商いをしていたが、さまざまな抜け道を活用することで、他よりも速度を出せるのが強みだった。彼らの流浪の生活、交わされる会話、使う道具、すべてがアリゼーにとっては新鮮だ。察したエメリーが解説をしてくれるので、心得た顔で頷いていたものの……エメリーの楽しそうな笑みからすると、興味津々なのは見透かされていたのかもしれない。どうにも恥ずかしくなって、いつも最後にはアリゼーから会話を打ち切った。

そんな生活を続けて数日。
隊商は、錐峰ヶ原の山麓にある村へとたどり着いた。ウルダハの都市部とは比べ物にならないものの、そこそこ活気がある村だということが、往来の人の数からも窺い知れる。
道中、アリゼーの出番といえば、せいぜい道を塞いだ山羊の群れを追い払う程度だった。それでも、すべてのキャリッジが無事に敷地内に入ったときには、つい安堵の息が漏れてしまった。これから、護衛をしてくれる人にはもっと優しくしようと、ひっそり心に決める。

それからしばし、商い支度に追われる人々を眺めていたアリゼーのもとに、エメリーが駆け寄ってきた。

「ねえ、今日はとびきり忙しくなりそうなの。アリゼーも一緒に手伝って!」

「えっ、そんなの無理よ! 私、店の手伝いなんて……!」

抵抗する間もなく、エメリーはアリゼーの手を掴むと、仲間たちが商品を運び込んだ広場へと連行する。簡易の露店と化したそこには、隊商の到着を心待ちにしていた村の住民たちがすでに集まり、並べられた商品をあれこれ吟味しはじめていた。
アリゼーはぎょっとして、わずかに後ずさる。これが双子の兄の方ならば、人好きのする笑みを浮かべて、たちまち輪の中心に立ったことだろう。しかし、残念ながらこの場にいるのは、兄と対照的に孤高を貫いてきた妹の方なのである。そのまま退こうとしたアリゼーを、すかさずエメリーが捕まえた。

「前に話したから、値段はわかるよね? だったら大丈夫!」

「大丈夫って……無責任な! ちょっと、エメリー!?」

抗議の声もむなしく、エメリーはさっそくお客の相手に取り掛かる。唖然とするアリゼーの眼前に、中年の女性が「これ、いくら?」と商品の布地を突き出した。アリゼーは、布地と女性を、思わずしげしげと眺めてしまう。その傍らから、エメリーが一瞬だけ視線を寄越し、悪戯っぽく笑みを浮かべた。
……どうやら観念するしかないようだ。アリゼーは、ますます楽しげに活気づく客たちを見渡して、ふっと息を吐いた。


アリゼーたちの奮闘もあってか、取引は大盛況のうちに終わり、その晩は村の片隅にある古びた宿屋を使わせてもらえることになった。アリゼーは、狭い個室にふたつ並んだベッドの片方に腰掛け、以前ウルダハで購入した呪術関連の本に目を通していた。一日の終わりに書物を紐解き、学んだことをメモ代わりの日記につけるのは、彼女が学生だったころから続けている日課だ。本の中に試すべき記述があれば、翌朝少し早起きをして、実践をすることに決めている。

しかし今夜は、慣れない仕事をした疲れで、読書をしようにも数行ごとに瞼が落ちてくる始末だった。何度か首が傾いた頃に、相部屋のエメリーが、明日の旅程の相談を終えて帰ってきた。ハッとしたアリゼーが、膝上から滑り落ちそうになった本を慌てて押さえたのを見て、彼女は微笑む。

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「今日は、つき合わせちゃってごめんね」

「いいわよ、別に。……それなりに面白かったしね」

エメリーは空いている方のベッドに腰掛けると、アリゼーを見てしみじみとつぶやいた。

「勉強、毎日偉いね。お兄さんに負けてられないから、だっけ」

「最初はね。だけど、お祖父様がつきあってくれるようになって、自然と習慣になったわ」

「ふふ、本当にお祖父様っ子なのね。だけどアリゼー、疲れたときは、きちんと寝るべきよ」

おもむろに立ち上がったエメリーが、アリゼーの膝上から本を取り上げ、栞をはさんでから閉じた。「ちょっと、まだ……」と抗議するアリゼーをよそに、エメリーは本を手荷物の山に置き、自身も眠たそうに伸びをする。

アリゼー、続きはまた明日。私たちは、今日もいっぱい働いて、一生懸命に生きたわ。
 初めての商売の経験までしたんだもの、ちょっとくらい読書のページが少なくたって、
 ナルザル神も……きっと、あなたのお祖父様も、咎めたりなんかしないはずよ」

アリゼーは、その言葉をゆっくりと咀嚼した。いつもなら言い訳だと一刀両断しそうなそれが、胸を温め、ほぐしていく。その優しさは、どことなく懐かしい気がした。
傍らで、エメリーがランプに手を伸ばす。彼女はいつもの花が咲くような笑みを浮かべて、「おやすみ」といって灯を消した。

それが、エメリーと過ごした最後の夜になった。


微かに光を感じて、アリゼーは目を覚ます。
ベッドの上で半身を起こして周囲を見回せば、そこがグリダニアの宿の一室であることを思い出した。時刻は、ようやく夜が明けたころ……どうやら、夢を見ていたらしい。

エメリーとともに旅をしたのは、随分前のことになる。
彼女は、もういない……この世界のどこを探しても。
件の村で商いをした翌日、次の街を目指して発った隊商は、ザナラーンでは珍しい豪雨に見舞われた。視界が悪いため、いつもよりもキャリッジ間の距離を開けて、切り立った崖に挟まれた抜け道を進んでいたときのこと。轟音とともに土砂が崩れてきて、後方の一団を飲み込んだ。エメリーが乗っていたキャリッジもまた、冷えた土の中に消えた。
幸運にも前方にいて難を逃れたアリゼーは、生き残った人々を次の街まで護衛し、そこで隊商と別れた。実感がわかないままその場を後にして、離れた場所から一度だけ隊商を振り返った。少なくなったキャリッジの影に、急に胸が締め付けられて、涙があふれた。

それからはまた、ひとりになって。
出会いや別れを経るたびに、小さな胸に想いを積もらせ、アリゼーは旅を続けている。
目下の目的は、最近、風の噂に聞いた「『暁』とは別の英雄たち」について調査をすることだ。巷ではイシュガルドの騒乱ばかりが取沙汰されているが、その裏で蛮神絡みの何かが動いているとすれば……いずれ、兄たちが足元を掬われるかもしれない。

アリゼーはベッドから降り、窓を開けて、明けの空を見上げた。
今日を、一生懸命に生きること。
瞳にその覚悟を宿して。

蒼天秘話⑧「その旅路の始まり」(Thoughts Unspoken)

私は、フォルタン家の使用人である。
勤続年数はそろそろ5年。新人たちには、それなりに良い先輩として慕われていると思う。
しかし我が主たちにとっては、依然、名前までは覚えていない程度の存在だ。フォルタン家の使用人といえば、優に100名を超えているのだから仕方ない。私は早く名指しで用を承るような使用人になりたいと、忠実に日々の仕事に励んでいた。

それは、あの恐ろしい皇都決戦……邪竜ニーズヘッグとの戦いから、しばらく経ったある日のこと。共和制への移行を受けて、皇都中がまだ落ち着かない日々を過ごしていたときの話だ。
フォルタン家の屋敷にも変革の影響は色濃く出ていて、特に情報交換の場である会食の席については、設けられない日がないほどだった。伯爵の位を継いだアルトアレール様に挨拶をしにいらっしゃる方、一線を退いたエドモン様を労いにいらっしゃる方、果ては緊張しきりの庶民院の議員たちまで、とっかえひっかえに伯爵邸を訪ねてくる。
そんな騒ぎの中で、私は廊下ですれ違った家令のフィルミアン氏に呼び止められた。

「頼みがあります。この忙しさでほかの使用人が動けないため、
 責任重大な仕事ですが、あなたに任せてもよいですか?」

もちろんですと背筋を伸ばして返答すると、フィルミアン氏は簡潔に仕事の内容を指示した。それによると、アルトアレール様が新議会から領地の権利にまつわる書類を提出するよう求められているのだが、キャンプ・ドラゴンヘッドの分が手元にないらしい。恐らく現地に保管されているので、すぐに向かって回収してきてほしいということだった。
私は承諾し、近くの窓の外に目を遣る。まだ日は高く、これから出発しても夕方にはキャンプ・ドラゴンヘッドへ到着できそうだ。

……と、私の視線の先を、見慣れた人物が通り過ぎていった。
竜詩戦争を終結に導いた英雄……冒険者であり、フォルタン家の客人でもある、その人だ。
私も常々ご挨拶したいとは思っているが、一介の使用人の身では畏れ多く、遠巻きに賞賛の眼差しを送るのがせいぜいである。

「フィルミアンさん、あの方は、またどちらかへお出かけに?」

「さて……私どもには窺い知れない事情もありましょう。
 ただ、先ほどうちの執事と、過去を偲ぶような話をしていらっしゃったようです。
 もしかしたら、あの方なりの、追憶行に旅立たれたのかもしれませんね」

なるほど、英雄ともなれば、思い返すべきことも多いに違いない。
私は勝手に納得すると、任務遂行のためにその場を立ち去った。


キャンプ・ドラゴンヘッドへは、予定通りに到着した。
現地の騎兵たちに事情を話し、書類の捜索を開始する……が、そこからが難航した。責任者であったオルシュファン様は、指揮机の引き出しに、様々な書類を実に豪快に放り込んでいたのだが、目的の権利書だけがそこになかったのである。兵舎や敷地内のめぼしい場所を探してみたものの、書類はどこにも見つからない。結局本家に連絡をし、数日キャンプに留まって、徹底的な家捜しをする羽目になった。

捜索開始から数日目の深夜、私はひとり、オルシュファン様の私室で書類を探していた。亡くなった主の部屋に手をつけるのは気が引けたが、何度も捜索しているうちに、焦りの方が勝ってきていた。心もとないランプの明かりをかざしながら、半ばヤケになって、机の引き出しの中身を掻き出すように探っていたところ、ふと、その底が二重になっていることに気が付いた。期待に胸を高鳴らせながら一段目の底を外す。そこには、一束の書類が丁寧に仕舞われていた。

「こ、これだ……!」

すぐに束ごと取り出して、内容に目を走らせる。……探していたものに間違いないようだ。
盛大に安堵の息を漏らした私の手元から、不意に、一枚の封筒がすべりおちた。
どうやら書類の間にはさまっていたらしい。あわてて拾い上げて確認するが、封筒には宛名もなければ封もされていなかった。これも関連する書類であったらいけないと、念のため中身を取り出し、目を通す。

……すぐに、私は息を飲んだ。
それは、手紙だったのだ。
亡きオルシュファン様が、ひとりの友に宛てた手紙……。

淡く揺らめく明かりの中に、手紙の文字が、去りし日の想いが、静かに浮かび上がった。



親愛なる友へ

お前は、変わらず元気にしているだろうか?
ドラゴン族による皇都再襲撃の予測……それを受けて、お前やアルフィノ殿が西へ旅立ってから数日が過ぎた。今どこにいるかもわからないお前に、この手紙が届くとも、届けようとも思っていない。つまりは、書き記しただけの独り言だ。
それでも、遠くの空を見ては旅の無事を願う想いを、一度くらいは吐き出さずにいられない。
万が一、これがお前の目に触れるようなことがあったら、まあ、そういうものだと思ってひとつ頼む。

さて。お前は、イシュガルドに招かれて幸せだっただろうか?
それとも、仕方なく逃げ延びた先で、また誰かの戦いに巻き込まれることになり、うんざりしているのだろうか。たとえそうであったとしても、お前は戦い抜いてしまうのだろうと、容易に想像がついて苦笑している。

私はといえば、お前がイシュガルドに来てくれたことを、心から嬉しく思い、感謝するばかりだ。
それは、お前の実に逞しくイイ冒険者ぶりを、近くで見られる機会が増えたという喜びでもあるのだが……何よりも、頼れる友と同じものを目指し、ともに戦えるのだ。心躍らないわけがない!

お前たちが、ウルダハから逃げ延びて、雪の家に転がり込んできた日。
「暁」が灯火を消さんとしていたように、私もまた、お前という友を燻らせてはならないと思った。そこで、どうにかお前たちをイシュガルドに招き入れることができないか、フォルタン伯爵に……父に直訴に行ったのだ。

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……白状すると、私は父のことが苦手だ。
恨んでいるわけではない。母にしたって、正しい人であったが故に、己の立場に耐えきれなくなり、私を置いて失踪しただけのこと。父は母のことも、私のことも、愛してくれていたと思う。ただ、それを互いに上手く伝えあえず……私は、フォルタン家に仕える騎士としてしか、あの人と話ができずにいたのだ。

お前のことを頼みにいったとき、当初、父の返事は渋かった。
それまで開拓団への支援などには積極的だった父でも、指名手配中の人物を受け入れるのには、家を預かる者として懸念があったらしい。
諦められずに懇願する私に、父はそこまで固執する理由は何なのかと問うた。私は、お前との思い出を心のままに語った。それは量としては乏しくとも、ひとつひとつが私にとってかけがえのない、驚きと輝きに満ちたものだ。故に、我が友がどのような人であるか、そして私が友を救いたいと願う気持ちを伝えるには、それが一番だと考えた。
思えば、父とあれほど長く話したことはなかったかもしれない。語り切った私をしばし見つめていた父は、ふと目元を緩め、「明日まで考えさせてほしい」と言った。
そしてその翌日、正式に後見人になると、返事を寄越してくださったのだ。

以降のことは、お前も知るところだろう。
おかげさまで、私は以前よりも、本家に顔を出すのが少しばかり楽しみになった。
とはいえお前は大概不在で、また七面倒な役目を背負ってどこかへ旅立っていると聞くたび、私はお前を祖国のいさかいに巻き込んでしまっただけなのではないかと思ったりもする。それについては、文句があったら、いつか酌でもしながら聞くとしよう。

それでも、友よ。
私は、一片の疑いもなく、信じてしまうのだ。

いかなる困難も、決してお前を挫かせることはできまい。

それは今回の旅だけではなく、この先、お前がどこを目指したとしても変わらない。
ひとりで越えられない壁があったとしても、お前が進もうとする限り、必ず誰かが手を差し伸べるだろう。私が今、そうしたいと願っているようにだ。

そしてその困難の先には、必ず新しい景色が待っている。
それを見つけたときにはきっと、大いに、笑ってほしい。

お前の旅路が、最良のものであるよう……
無事を祈っている。

                               ―― オルシュファン・グレイストーン



翌日、私はオルシュファン様の手紙を手に、雪道を駆けていた。
皇都へ帰る直前になって、英雄殿が……あの方が、キャンプ・ドラゴンヘッドへ立ち寄ったという話を聞いたのだ。あの方は、キャンプを出て北へ向かったらしい。そこに何があるかは、屋敷勤めの私でもよくわかっていた。

深い雪に何度も足をとられながら、走って、走って、走り続ける。
あの方は、きっと本当に、これまでの旅の追憶をしていたに違いない。
だとしたら、その旅がいかにして始まることになったのか、この手紙を渡して伝えなければ……!

遠くにあの方の背中が見えて、私はやっと足をゆるめた。
大声でお名前を呼ぼうとして……咄嗟に口をつぐむ。

あの方は、オルシュファン様の慰霊碑を、ただ静かに見つめていた。
ここからは見えないものの、どうしてだろう、微笑んでいるのではないかと思った。
もしかしたら……この手紙に書かれているようなことは、とっくにご存じなのかもしれない。事実としてはどうあれ、そこに込められたオルシュファン様の想いは、すでにあの方の胸の内に宿っている……不思議と、そんな気がしてならなかった。

手紙を握りしめる手から、微かに力が抜けたそのとき、一陣の風が吹き抜けた。
私が「あっ」と声を上げたときにはもう遅く、手紙はこの手をすり抜けて、雪原から空へと舞いあがる。まるで、見えない誰かが導いているかのように、それは高く高く昇って……
やがて、空に溶けたのだった。

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