紅蓮秘話

紅蓮秘話

※「紅蓮秘話」はパッチ4.0で実装されたメインシナリオのネタバレを含むため、まだメインシナリオをすべてコンプリートしていない方はご注意ください。

Table of Contents

概要

ファイナルファンタジーXIV: 紅蓮のリベレーター」に登場したキャラクターたちの、
語られなかった想いなどを綴った特別な読み物「紅蓮秘話」第1回を公開しました!

第一話~第四話

「紅蓮秘話」は全4回を予定しており、第1回は「紅き衣の友」と題しお送りします!


紅蓮秘話 第1話「紅き衣の友」

「また、ひとつの部隊が壊滅したか……」

ラールガーズリーチを根拠地とする部隊の指揮官、コンラッド老がため息交じりにつぶやいた。イーストエンド混交林を根城にしていたアラミゴ解放軍の有力部隊が、帝国軍の奇襲を受けたとの報告を聞いてのことである。
圧倒的な軍事力を有するガレマール帝国に対抗するため、ギラバニアの抵抗勢力は、無数の小組織が独自に動きつつ、時に連携しながら戦ってきた。それゆえ、ひとつの組織が潰されようと、ただちに全体の崩壊へと繋がりはしないが、20年近く戦い続けてきた古参部隊が壊滅したという事実は、コンラッド隊の闘士たちの心に暗い影を落とした。解放運動に参加して日が浅いメ・ナーゴもまた、同様である。

「問題は、例の部隊が確保していた長城越えのルートが潰されたことでしょう。
 おかげで、ウルダハに潜伏していた同志からの依頼で、
 こちら側に逃がす予定だった賢人たちが、立ち往生していると聞きます」

ベテラン闘士であるメッフリッドの表情も険しい。

「あの……その賢人ってどんな人たちなんですか?
 ギラバニアからならともかく、ウルダハからこちら側に逃げようだなんて……」

帝国の圧政下に置かれたギラバニアから逃げ出したいと思う者は少なくない。だが、その逆は稀である。メ・ナーゴが疑問に思うのも、無理からぬことであった。

「以前より我らと協力関係にあった、暁の血盟という組織に属す者たちでな。
 そのうちひとりは、あのカーティス・ヘクストの娘じゃよ」

メ・ナーゴは驚いた。カーティスと言えば、アラミゴ最後の王、暴君テオドリックの圧政に抗うために戦った、革命の指導者のひとりだ。自由を求めて戦う解放軍の闘士から、今も英雄視される人物である。

「革命の英雄、カーティスの娘さん……!?
 そんな人が力を貸してくれていたなんて、私、知りませんでした!」

「うむ、イダという名の娘でな。
 20年前に脱出して以来、かの名高き学術都市シャーレアンで研鑽を積んで賢人となり、
 数年前より、暁の一員として、我らを支援してくれておったのじゃ」

だが、最近になってウルダハの政争に巻き込まれ、当地に潜伏していた解放軍の協力者の助けを借りて、避難先を探しているとのことだった。その案内役を務めるはずの部隊が、先の戦いで壊滅させられたというわけだ。
たとえ恩ある相手であろうと、こうなっては出来ることなど少ない。そうメ・ナーゴは考えたが、コンラッドが出した答えは違った。

「ここが正念場よな。やるぞ、我らの手でふたりの賢人を助け出すのじゃ」



「私、意外でした。
 いつもは慎重なコンラッド隊長が、こんな大胆な作戦をやろうだなんて」

作戦前の緊張を紛らわすように、弓を手に弦の張りを確かめていたメ・ナーゴが言った。

「それくらい、彼らに賭けているんだろうさ」

と答えるのは、メッフリッド。若いメ・ナーゴの教育役も兼ねている彼が、落ち着いた声で、コンラッドの想いを代弁した。
いわく「暁の血盟」とは、エオルゼア諸国の上層部とも繋がりを持つ組織である。かの猛将ガイウス・ヴァン・バエサル率いる帝国軍第XIV軍団の侵攻をはね除けた反攻作戦、「マーチ・オブ・アルコンズ」においても重要な役割を果たしたという。今後、祖国奪還のためにエオルゼア諸国に助力を仰ぐなら、暁は有力な窓口となる。恩ある協力者を助けたいというのも本心だろうが、危険を冒すだけの理由もあるのだ、と。


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「もうひとつ、ここだけの話だが、同志の中には、
 カーティスの娘を、コンラッド隊長の後釜にと思ってるヤツも少なくないんだ」

「これから脱出させる予定のイダさんの事ですね?」

「そうだ。アラミゴ解放軍は、小組織の寄り合い所帯だが、
 本気で祖国を奪還しようというのなら、全勢力を結集させる必要がある。
 そのためには、人を集めるだけの旗がいるのさ」

理屈はわかる。自分ですら、まだ会ったことすらない人物を「英雄の娘」という肩書きで見ているのだ。だが、尊敬するコンラッドを差し置いて、部隊の隊長にというのは、ちょっと違う気がしてしまう。

「お前さんの気持ちはわかるつもりだ。
 だが、鉄仮面とかいうヤツが、決起を呼びかけているのは知ってるだろ?」

メ・ナーゴは頷いた。確かに知っている。鉄仮面とは、最近になって現れた解放運動の新たな指導者だ。アラミゴ王家の生き残りではないか、という怪しげな噂も流れ始めている。皆が現状を打破するために、旗を探し求めているということか。

「ともかく会ってみなけりゃ、始まらん。そろそろ出迎えに行くとしよう」

かくして彼らは、作戦を敢行した。付近に帝国の監視所が設けられたため、10年以上前に放棄された秘密坑道を再利用しようというのだ。コンラッドたちが陽動を展開し、メ・ナーゴとメッフリッドが坑道に飛び込んで、黒衣森へと向かう。失敗すれば、部隊が壊滅し兼ねない危険な作戦であったが、それでも彼らはやり遂げたのである。



命がけでラールガーズリーチへと連れ帰った暁の賢人は、見てくれも性格も、チグハグな二人組であった。当初こそ身体中に負っていた傷と、裏切られ仲間を失った怒りと悲しみに沈んでいた賢人たちだったが、快復するにつれて本来の姿を取り戻していった。
ララフェル族の呪術士パパリモは理知的で皮肉屋。一方のイダは、頭よりも身体が先に動くタイプのようだが、底抜けに明るく周囲を和ませてくれる。
恩返しのためと、コンラッド隊の任務を手伝うようになったふたりを見て、メ・ナーゴも自然と好感を持つようになっていった。だが、それでもイダが、次期隊長に相応しいと感じたかと言えば、そうではなかった。
事件は、そんな時に起きた。

その日、メ・ナーゴは、イダとともにカストルム・オリエンスの偵察に出ていた。すべての行程を終え、さあ、帰還しようという時に木々の間から悲鳴が聞こえたのである。

「女の子の声!? なぜ、こんなところで……!」

イーストエンド混交林は、今や住む人もおらず、通る者といえば帝国軍の偵察兵か輸送兵くらいのもの。少女とは無縁の場所である。

「行くよ、メ・ナーゴ!」

言うが否や、返答も待たずにイダが駆け出し、メ・ナーゴも慌てて後を追う。そうして彼女たちが見つけたのは、大樹の根元に倒れ込んだ男性と、その前で震える帽子を被った幼い少女の姿だった。どうやら、腹から血を流した男性を見つけた少女が、驚きのあまり悲鳴を上げたようだ。

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「……見たところ、解放軍の闘士のようですね。
 先日、壊滅した部隊の生き残りでしょうか……?」

すでに負傷した男性の応急手当に入っていたイダが、振り返ることなく答える。

「詮索は後。今は、その子を連れて、すぐにここから離れて……!」

「えっ!?」

「パパリモから聞いたことがあるの。
 帝国軍は、わざと負傷させた兵を逃がして、仲間を誘い出すエサにするんだって……」

「だったら、なおさらイダさんひとりを残しては……」

「無関係な女の子を、巻き込むわけにはいかないでしょ!
 アタシなら大丈夫……この人も助けてみせるから……早くッ!」

イダの一喝を受けて、メ・ナーゴは動き出した。ここは帝国軍の警戒区域。意識を失った負傷者とイダひとりを残していけば、どうなるかはわからない。
成すべきは、この正体不明の少女を安全な場所に避難させてから、一刻も早く援軍を連れて戻ることである。少女を問答無用で抱え上げ、メ・ナーゴは駆けだした。
その後、矢のように時間が過ぎていった。リンクパール通信で同志に救援を要請しつつ、とにかく帝国軍の拠点から離れようと、北へ北へと森を疾走する。幸運だったのは、ほどなく娘を探していた母親と遭遇できたこと。猟師らしきその女性に少女を引き渡し、礼の言葉すら遮ってメ・ナーゴは、来た道を引き返した。
だが、心配は杞憂だった。
彼女が現場に辿り着いた時、そこには、1個歩兵小隊分の地に伏した帝国兵たちと、傷を負いながらも、拳を構えるイダの姿があったのだ。見ず知らずの少女と重傷の闘士を守るための命がけの行動。後にパパリモが口うるさく叱りつけたように、イダの判断は無謀であったのかもしれないが、その熱意は信頼に値するものに思えた。

事件の後、帰還したラールガーズリーチで、メ・ナーゴは思い切って、イダに聞いてみた。正式にアラミゴ解放軍の仲間にならないか、と。だが、答えは期待通りとはいかなかった。

「ありがと……。
 コンラッド隊長にも誘われたんだけどさ、断ったんだよね」

「どうしてです!?
 みんな、カーティスさんの忘れ形見であるイダさんに期待して、
 解放軍を束ねる役目にと思ってるみたいなんです……だから!」

必死の説得にも、イダは口元に困ったような笑みを浮かべるだけだった。

「今のアタシじゃ、父さんの代わりは無理だよ。
 アタシ、馬鹿だけど、生まれ持った血だけじゃ、
 人の心は動かせないってことくらいは、知ってるつもり」

「それは……」

説得の言葉を探して言いよどむメ・ナーゴに、イダは語りかけた。

「それにね、今はパパリモやあの人たちと、いっしょに戦っていたいんだ。
 でも、解放軍に入らなくても、友だちにはなれるはず……。
 そうでしょ、ナーゴ!」

あの人と云うのが誰を指しているのか、その時のメ・ナーゴにはわからなかった。
だが、親しみを込めて「ナーゴ」と呼びかけられた時の嬉しさは、今でも覚えている。真の名を取り戻し、紅き衣をまとった友を見て、メ・ナーゴはふとあの時の気持ちを思いだしたのだった。

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紅蓮秘話 第2話「とある午後の茶話」

――アラミゴの奪還をかけた、あの空中庭園での決戦から、幾らかの時が経った。
蒼茫たるロータノ海と、晴れ渡った青空に挟まれた海都リムサ・ロミンサ……その街を構成する岩礁のひとつに、見晴らしのいいカフェがある。岩礁をぐるりと囲むように築かれた木製の足場の上には、いくつかの簡素で肌触りのいいテーブルと椅子が並べられ、席の埋まり具合もそこそこ順調といったところ。かの名店「ビスマルク」に知名度では及ばないものの、ゆっくりと午後の時間を過ごすには最適な場所だった。

そんな店の片隅で、異国で起きた戦争の慰労会が行われているなどと、誰が信じるだろうか……。
ヤ・シュトラは手にしたティーカップを皿の上に戻しながら、思わず小さな笑いを零した。目の前のテーブルには、店の名物だというベリーとジャムがたっぷり乗ったタルトと、焼き菓子の数々。そしてその向こうには、クッキーを咀嚼しながら「何か?」と小首をかしげるアリゼーがいた。元々この店を見つけたのは彼女で、今回の戦いが落ち着いたらみんなでに行こうと約束していたらしい。では、そのときの約束の相手たちはというと……

「ごめん! ちょっと遅れちゃったね……!」

「……リセね。遠路遥々おつかれさま。
 適当に始めたばかりだから、気にしないで」

足早に近づいてきたのは、タタル手製の旅装を纏ったリセだった。
戦いのあともギラバニアに残り、祖国の再建に力を注いでいる彼女とは久々の再会になる。リセは嬉しさをにじませながらテーブルにつき、やってきた給仕の女性に追加の注文を告げた。そして、改めて懐かしい仲間たちの顔を見渡す。

「……あれ? これで全員?」

「クルルにも声をかけてみたのだけれど、彼女はどうしても外せない調査があるそうよ。
 お土産をよろしくと頼まれたわ。それから、我らが英雄さんは……」

ともにこのカフェに来ると約束したはずの、件の冒険者の姿はない。
アリゼーがクッキーを飲み込んで、少々不服そうにヤ・シュトラの言葉を継いだ。

「多分、またどこかを駆けまわってるんだわ。
 場所と時間は伝えてあるから、大丈夫だとは思うけど……」

リセは「あー」と苦笑しながらも納得した様子だ。

「相変わらず、忙しくしてるんだね」

「ええ……。ほかの冒険者につきあって危険地帯に繰り出したかと思えば、
 その話をイディルシャイアの子に聞かせに行ったり、どこぞに依頼品を届けたり……。
 獣人たちの手伝いもしてるらしいし、
 いつもの商会にも、また大量のトームストーンを持ちこんで……凄まじいんだから!」

つい息巻くアリゼーに、ヤ・シュトラリセは顔を見合わせ、同時に小さく噴き出した。
アリゼーが思いきり怪訝な顔で睨んでくるが、ふたりはいっそう意味深な笑みを返す。

「さすが、尊敬する相手のことには詳しいのね?」

「はっ!? わ、私はただ、普段どんな鍛練をしてるのか、あの人に聞いただけよ。
 真似できないことばっかりで、ぜんぜん、ちっとも、参考にならなかったし……!」

「うんうん。アリゼーは、こっちでいい先輩を見つけたんだねぇ」

「ちょっと、リセまで何なの!?
 ……というか、誰かに憧れてるっていうなら、私よりむしろアルフィノだわ」

アリゼーは、取り分けられたタルトをフォークで小さく切りながら、ヤンサでの思い出を語り始めた。

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彼女がドマ反乱軍とともに、アジムステップに向かった仲間たちの帰還を待ちながら、戦支度をしていた頃。度々悩まされた物資不足の問題に対し、旅人の知恵を応用して解決策を提示したのは、ほかでもないアルフィノだったらしい。用意周到な兄のこと、こうなるとわかっていて勉強をしていたのかと、アリゼーは彼に問うた。

「そしたらね、なんていったと思う?」

“実は、動機はとても私的なものなんだ。
 かつて私に旅を教えてくれた人と、いつかまた旅をしたい……
 そして、そのときに少しでも成長を見せられればと思ってね――”

「さすがにちょっと驚いちゃったわ……。
 その相手について追及したら、はにかんで『兄みたいな人なんだ』っていうのよ?
 ……勝手に兄を増やされたら困るんだけど!」

アリゼーが、フォークをぷすりとタルトに刺す。
リセアルフィノの変化を知って素直に感心している様子だ。一方で、彼が兄と慕う人物に心当たりがあるヤ・シュトラは苦笑した。再会を待たれていることを伝えたところで、あの人物は、きっと素直に応じないのだろう……。

間もなく、給仕がリセの頼んだ冷たいレモネードを運んできた。
稀少なハニーレモンをふんだんに使用し、砂糖や蜂蜜をほとんど加えていないというそれは、爽やかな酸味で甘い菓子ともよく合うようだ。一口飲んだリセが、目を輝かせる。三人がかつて過ごした知の都シャーレアンにも、あらゆる地域や時代の料理が知識として集められていたが、やはり現地で味わうと一味違う。ましてや、美食の都としても知られるリムサ・ロミンサの料理は、味わうことを心から愉しむために作られた品ばかり……エオルゼアに来た当初は内心ずいぶん驚いたものだと、ヤ・シュトラは懐かしく思った。

「……リセ、あなたの方もまだ忙しいんでしょう?
 今日は、ずいぶん無理をして出てきたのではなくて?」

ヤ・シュトラの問いに、リセは少し目を伏せ、グラスを置いた。

「そうだね……まだまだ問題ばっかりで……。
 もう『アタシは馬鹿だから』なんて言ってられないからさ、
 一生懸命考えて走りまわってるけど、上手くいくことなんて本当に一握りだよ」

彼女の指が、冷えたグラスの表面に触れる。なんとはなしに表面の水滴をなぞりながら、リセは続けた。

「父さんならどうするだろう? 姉さんと話せたらーって、思っちゃうこともあるんだ。
 そんで、家族なのに自分はちっとも立派じゃないやって、もっとつらくなってさ。
 ……でも最後には、そんなアタシをここまで引っ張ってきてくれた人たちがいたんだから、
 絶対ここで諦めないぞーって、どうにか踏ん張ってる」

――そう言い切った彼女の表情に、かつて故郷の救済を語った姉の面差しが重なって見えたと言ったら、果たして本人は信じるだろうか。
アリゼーが小さく息をつき、問答無用でリセの皿にタルトを一切れ追加する。「えっ、まだ前のが」とうろたえるリセを制するように、ヤ・シュトラが静かな声で言った。

「いっぱい食べて頑張りなさいということよ。
 あなたときたら、よく動く分すぐおなかを空かせるし、すぐムキになっておなかを空かせるし、
 考え始めたらいつまでも同じところを行ったり来たりしておなかを空かせるし……」

「う、うぅ……そこまで酷くないと思うんだけど……」

肩を狭めてしょげはじめるリセの皿に、ヤ・シュトラはとどめとばかりに焼き菓子を置いた。

「自信をなくしそうだったら、素直にまわりの力も借りて進むといいわ。
 あなたのそばにあるのは、家族の思い出だけじゃないんだから」

リセは顔を上げ、仲間の顔を交互に見て……笑顔を咲かせて頷いた。



「あっ、そういえば、最近は新しい仲間もできたんだよ。
 同い年くらいの、解放軍にいた男の子なんだけどさ。
 政治や歴史にすっごく詳しくて、いろんなことを教えてもらってるんだ。
 今日こられたのも、探してた鉱山にまつわる古い資料を、その子が見つけてくれたからで……」

盛られた菓子を順調に減らしながら、リセはふたりに近況を語っていった。話の流れで出てきたその青年について、彼女は悩みがあるのだという。なんでも、よくふたりで話をするのに、不自然なくらいに顔をそらされてしまうのだそうだ。

「嫌われてるわけじゃない……と思いたいんだけど……。
 というか、そうだったら申し訳ないと思って、率直に聞いてみたんだけど……。
 なんか、すごい勢いで逃げられちゃって……」

「面と向かって『嫌い』って言うのに、抵抗があったんじゃない?
 私ならさっさと伝えちゃうけど」

アリゼーの身も蓋もない感想に、ヤ・シュトラはやれやれと首を振った。

「あのね、あなたたち……。
 話を聞く限りだと、その青年は、直視できないほどリセを好いてるように思うけれど?」

リセが、不意打ちに目を丸くして硬直する。
妙に長い一瞬の後に、さっと頬を染めた彼女は、勢いよく手を振って否定した。

「ないない、そんなこと……ないってば……!」

「あら、いいじゃない。それともあなた、ほかに想い人でもいて?
 ……たしか、ドマの若君が同じくらいの年だったかしら」

「なんでヒエン!? や、すごく尊敬はしてるけど……っ!
 ヒエンのことを特別に好きなのは、アタシじゃなくてきっと――」

リセは一瞬遠くの誰かを思い出すように視線を遣る。
それきり言葉は続かなかったが、ヤ・シュトラアリゼーも、あえて追及はしなかった。
彼女は話題を打ち切るようにレモネードを煽ってから、ヤ・シュトラを精一杯睨んだ。

「そういうシュトラはどうなのさ!
 サンクレッドとか賢人たちとか、付き合い長いし……それ以外でも……」

「…………ごめんなさい、あの人たちについては考えたこともなかったわ。
 でも、そうね……」

ヤ・シュトラは、胸の内で、妹ヤ・ミトラと話したことを思い出す。

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それは、ラールガーズリーチゼノスの刃を受け、石の家で療養していたときのこと。容態がある程度安定したころに、事情を聞いたヤ・ミトラが駆けつけてきた。
彼女は姉が一命を取り留めたことに心から安堵したものの、なにせエンシェント・テレポ騒動もあった後だ……無理はよしてほしいと、ヤ・シュトラに懇願した。

ヤ・ミトラとて、姉の性格も目的もわかっている。しかし心配の裏返しもあったのか、その日はヤ・シュトラが「わかったから寝かせてちょうだい」と追い出すまで、根気強く説教を続けていった。それでもいまいち反省の見られない姉に、ヤ・ミトラが半ばあきれたように言い残した言葉が……

“姉さん、そろそろいい人でも見つけたらどう?
 姉さんは確かに強いけれど、誰かがそばにいてくれるなら、
 その方がずっといいと私は思うわ――”

ヤ・シュトラは、優雅な仕草で紅茶を啜りながら、その言葉を心の中だけで反芻した。
そして固唾をのんで答えを待っているふたりに、不敵な笑みを向ける。

「そうね……やっぱり、秘密にしておくわ」

リセアリゼーは眉を寄せ、ヒソヒソと囁き合う。
「あれが大人のヨユーってやつなのかな」「くっ、なんとなく追求できないわ」
それを華麗に聞き流して、ヤ・シュトラは紅茶のポットに手を伸ばす。
……と、その耳がある足音を捕えて、ピクリと震えた。

「どうやら、遅れていた人が到着したようよ」

リセアリゼーも囁きを止め、入口の方を振り返る。
その視線の先に現れたのは――当然、ひとりの冒険者だ。

「……さて、追加の注文はどうしようかしら?」

お茶会は、まだまだ終わりそうもない。

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紅蓮秘話 第3話「小さな賭けの勝者」

ギラバニア湖畔地帯の冷めた風に乗せて、兵の誰かが口ずさむ歌が聞こえてきた。

「賭けに勝てりゃ この箱 金庫。賭けに負けりゃ この箱 棺」

ひと昔前に砂の都「ウルダハ」で流行った大衆歌の一節である。一攫千金を夢見て、大箱を引きずりながらウルダハを目指す、陽気な男を描いた歌だ。その箱は、賭けに勝てば金庫に、負ければ自分が入る棺となる。生きるか死ぬか運命の骰さいを投げるため、男は意気揚々と荒野を歩み続ける。
結局、歌の主人公は賭けに勝てたのだろうかと、ピピン・タルピン少闘将は、常々、疑問に思ってきた。なにせこの歌は、父の十八番であり、幼い頃から幾度となく聞かされてきたのだ。ここで言う父とは、義父ラウバーン・アルディンのことではない。血のつながった実父の方だ。
ピピンの父は、お世辞にも良い親ではなかった。いや、息子にとっては最悪の存在だった。大酒飲みで賭け事を好み、借金苦の果てに息子を売ったのだから。これは比喩表現などではない、本当に剣闘試合の興行師に売ったのである。ある日、鉱山で石の選別作業を手伝っていた12歳のピピン少年の前に、剣闘士上がりの屈強な興行師が現れてこう告げた。

「来い、小僧! お前が生きるか死ぬか、賭けをしようじゃないか!」

かくして、剣闘士宿舎の石造りの狭い部屋がピピンの新たな寝床となり、労働と訓練に明け暮れる日々が始まった。先輩剣闘士の身の回りの世話を行う小間使いとして、早朝から働きづめ。それが終わると訓練場に赴き、棒と鞭を手にした訓練士の容赦ないしごきを受ける。
唯一、これまでの生活から改善したのは食事だ。身体が資本の稼業ゆえ、多くの掛け金を集め、賞金を持ち帰らせるためにも、肉体作りは重要である。新参者にも、大麦のパンや肉入りのスープなど、まっとうな食事が与えられた。生まれて初めてスパイスを使った手の込んだ料理を食べたのも、この頃のことである。
それでもやはり、幼さを残す少年には辛い日々であった。いつまで、この生活に耐えられるだろう。仮に耐えられたとて、剣闘試合に出されれば生き残れる保証はない。誘拐同然に連れてこられてから、ピピンは逃げる隙を窺い続けたが、訓練士の警戒が緩むことはなかった。そうして1年ほどが過ぎた頃、主である興行師の命令で、とある熟練剣闘士の付き人を命じられることになる。これが後に、彼の義父となる男との出会いであった。

「若いな、歳はいくつだ?」

開口一番の問いに、ピピンはただ「13」とだけ答えた。その後は、コロセウムの控室に赴くまで、特に言葉を交わしていない。寡黙な男なのだろうか、あるいは試合前の緊張か。ともかくピピンからも、声をかけることはしなかった。剣闘士には気性の荒い者も少なくない。無駄口を叩いて機嫌を損ね、殴られるのはご免だ。
控室に到着してからも、大柄の剣闘士は、二、三の指示を与えただけで、言葉数は少なかった。ピピンは、ただその命に従い鎧の着用を助け、最後に黒鉄の兜を差し出した。大男は、牡牛の頭部を模したその兜を受け取ると、深々と被って舞台へと向かう。

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「アラミゴの猛牛、ラウバァァァーン・アルディィィィィン!」

触れ役が、よく通る声で紹介するや、控室に地鳴りのような音が轟いた。観客たちが怒号と歓声をあげているのだ。あの寡黙な男ひとりが登場するだけで、コロセウム全体がこうも沸き立つ。ピピンにとっては衝撃であった。

それから何度もラウバーンの付き添い役を務めた。彼は口数が少なかったが、それでも次第に会話をするようになり、いつしか互いの身の上話をするほどにまでなった。ラウバーンアラミゴという異国の出身であること、ガレマール帝国と戦い戦功を挙げ、そして、負傷したこと。祖国で起こった革命と、その直後の帝国侵攻。痛む足を引きずりながら、故郷を脱して荒野を彷徨い、たどりついた先のウルダハにて間諜の疑いをかけられ拘束されたこと。今では自由を掴むため、獄門剣闘士として戦っているのだと知ったときには、驚いたものだ。
これほどまでに強く、人々を惹きつけて止まない人物が自分の意志によらず、強いられて戦っているという事実は、妙な話だがピピンにとって希望となった。獄門剣闘士とは、剣闘試合に出場して賞金を得ることで、自らの保釈金を支払い、自由を買おうとする者たちである。ラウバーンは苦しい立場にあっても、己の力で己の道を斬り拓こうとしているのだ。ならば自分も、と思わないではいられない。いつしかピピンは、自ら進んで剣の鍛錬にいそしむようになっていた。生き残り、自由を掴むために。




「これで支払いは終わる。晴れて自由の身というわけだな」

とある試合が終わった後、勝者として控室に戻ってきたラウバーンは、そう言った。

「おめでとうございます、ラウバーン!」

ついにラウバーンは、保釈金を支払い終えたのだ。素直に祝福の言葉を述べたピピンは、はたと気付いた。自由となれば、ラウバーンが剣闘士を続ける理由はない。目標として背を追い続けてきた人物との別れが迫っていると理解した瞬間、ピピンの顔は曇った。

「どうした、嬉しくないのか? 貴様は今日から自由になるのだぞ?」

ラウバーンは、戸惑いの表情を浮かべている。今度は、ピピンが困惑する番だ。
賞金の詰まった革袋を手にした剣闘士と、その付き人の少年が、ふたりそろって困ったような顔をしているのだから、端から見れば滑稽な光景だったろう。ラウバーンは、出会ってからの数ヶ月間、自らの自由を購うためではなく、ピピンの父親が抱えていた借金を返済していたのだ。そして今日の勝利で得た金を以て、支払いが終わるという。

「これでもう、お前が剣闘試合に出る必要はない。
 新参者同士が戦う最初の試合は、双方が不慣れなぶん、死人が出ることも多いのだ。
 殺されたくもなければ、殺したくもなかろう?」

事情を聞くうちに、ようやく理解が追いついたピピンは、ただただ涙を流した。苦しい生活から解き放たれる喜び、死の恐怖から逃れられた安堵、そして、ラウバーンへの感謝、さまざまな感情が一気に吹き出したのだ。

翌日の早朝、少ない私物を詰めた小さな麻袋を手に、剣闘士宿舎を出るピピンの姿があった。見送りはいない。獄門剣闘士であるラウバーンは独房の中。訓練士も興行師も、ほかの剣闘士たちも、無関係になる少年の門出に興味はないらしい。
まだ太陽の熱で焼かれていない石畳を踏みしめ、ピピンは歩き出した。突然に訪れた自由を噛みしめるように、一歩、また一歩と。だが、人通りのない大通りを歩むうちに、不安感が増す。あのろくでなしの父のことだ、また借金を重ねるに違いない。そして、売れる物があれば息子であろうと売ることは、すでに証明済みなのだ。
ピピンは立ち止まり、そして、駆けだした。来た道を引き返すように。

「どうして、貴様がここにいる?」

独房の前に佇む少年を見て、ラウバーンは言った。ピピンが答える。

「ラウバーン、お願いがあります。もう一度、ボクを剣闘士として鍛えてください!
 誰かに救われるんじゃなく、自分の力で、自分の道を斬り拓きたいんです!
 あなたのようにッ!」

家に戻れば、ふたたび父に売られかねない。そこが、この剣闘士宿舎よりも良い場所とは限らないだろう。ならば、これまで重ねてきた訓練を活かせる環境で、尊敬する人物の背を追いたい。
少年なりの覚悟を見て取ったラウバーンは、ただ微笑んだ。

その後、ラウバーンが取った行動をピピンは一生忘れないだろう。父がピピンを売り払う時に、興行師が記した契約書を買い取り、八官府に養子縁組の届け出を提出したのである。契約書には、興行師を保護者とすることに同意する旨が記されていたのだ。その記述を盾として、強引に親権を奪い取ったのである。
以降、ピピンは、新たな父の下で暮らすこととなった。獄門剣闘士の義父と、自由人の子が、剣闘士宿舎で暮らすという奇妙な生活の始まりである。ラウバーンは師として、ピピンに剣の稽古を付けた。だが、剣闘士となることは認めず、成人年齢に達してから己の道を決めるようにと諭したのだった。
そして今、傭兵としての経験を積み、25歳の青年になったピピンは、不滅隊の将校として義父の故郷を取り戻そうとしている。

「あの時も生き残ったのです。今回もまた、賭けに勝ってみせますよ、義父上!」

呪剣ティソーナを手に、ピピンは戦場へと駆けだした。

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紅蓮秘話 第4話「月とともに眠る前に」

さて、今宵の物語をはじめましょう。
はじまりの父と母が創られてから、いくつもの季節が廻ったころ。
そして、今となっては昔の昔。
この輝ける草原に暮らしていた、あるアウラ族のお話です。

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いかついテール山脈を下り、(カール)とともに進んだ先に、アジム・カートという湖があります。
太陽神アジムが「明けの父」をお創りになったその場所には、大きな大きな石造りの神殿がそびえ、ふりそそぐ陽の輝きを讃えていました。
その辺りを好んで暮らしていたのが、オロニル族の人々です。アジム神の化身の血を継ぐという彼らは、祖先と家族を愛し、強く、誇り高く生きていました。

そんなオロニル族に、ひとりの幼い少年がいました。
名は、マグナイ。同じ年頃の子どもたちと比べると、ひとまわりは躰が大きく、そのぶん無口な少年です。おとなたちに負けず劣らずの怪力で、羊乳のなみなみと入った桶を一度に四つは担ぎ、身の丈ほどもある石斧を振り回して狩りの手伝いをしていました。
オロニル族は、「兄弟闘技」という競技で兄と弟を決めますが、マグナイを連れて狩りから帰ったおとなたちは、「そのうちお前の方が『兄さん』になっちまうかもなぁ!」と笑って、彼の頭をわしわしと撫でるのでした。

その小さな戦士マグナイは、何よりも物語を愛していました。
特に好きなのが、一族にまつわる昔話で、何度も何度も語り部にその話をせがみます。
太陽神アジムと月神ナーマの争いや、やがて生みだされた鱗ある父母の話。手を取り合う人々の姿をみて、神々も愛を知った話。しかし太陽と月は交わることなく、天のそれぞれに去った話。そして、月神に連なる者を護らんと、太陽神が己の化身を地上におとし、それがオロニル族になったという話……。
語り部が話をしめくくると、マグナイはきまって真剣に頷きます。そして太陽神から託された使命を精一杯はたすべく、武芸の稽古に励むのでした。

そんなマグナイが、ある日、語り部に問いました。

「自分のナーマは、どうしたらわかる?」

彼らの伝承によると、月神が太陽神を想ってこぼす涙は、地上でその化身たるオロニル族の「運命の相手」になるのです。それを、月神にちなんで、「私のナーマ」と彼らは呼んでいました。
語り部は人生の伴侶を得ていたので、その馴れ初めを話しました。しかしマグナイには、それが素敵な運命だとは、ちっとも思えませんでした。

マグナイは、ナーマを得た兄さんたちにも同じことを聞いてみました。
ある兄さんは、市場で出会い、意気投合したのだと言いました。
別の兄さんは、狩場で弓を引く姿を見かけ、ひと目でそれと察したのだと言いました。
一族の中から相手を見つけた兄さんは、長くともにいるうちに、いつしか彼女に添うのが当たり前になっていたのだと笑いました。
みんなの話はてんでばらばらで、マグナイにはやっぱりよくわかりません。それでも、話をする兄さんたちが、あんまりに幸せそうな顔をするので、やっぱり彼らは運命の相手と巡り合えたのだろうと思いました。
きっと自分も、自分にとって最高の人と運命で繋がれている……いつか巡り合うことができれば、互いにそうだと気づくに違いない。マグナイは密かに期待で胸を膨らませました。



それからというもの、マグナイは時折、自分のナーマがどんな人なのかを想像するようになりました。草原はとても広いので、しっかり考えておかなければ、見落としてしまうかもしれないと思ったのです。

彼にはたくさんの姉さんたちがいましたが、みなとてもたくましく、マグナイが好きに時間をすごしていると、すぐに仕事を持ってきました。マグナイは働くことが嫌いではありませんでしたが、姉さんたちに早く早くと急かされるのは、あまり好きではありませんでした。三つ上の姉さんと、五つ上の姉さんが色とりどりに染めた布を干しながら、自分のナーマはきっと、姉さんたちのようにガミガミと声を荒げない、可憐で控えめな人だろうと思いました。なにせ、最高の伴侶なのですから。

またあるとき、妹が逃がしてしまった羊を、マグナイひとりで追いかけたことがありました。
途中、茂った夏草のようなハルガイたちにまとわりつかれているうちに、赤く燃えていた太陽はすっかり沈み、ついに羊を捕まえるころには、天を星々が埋めつくしていました。マグナイは仕方なく、羊とともに、凍てつく草原の夜を過ごしました。
いつの間にか眠っていた彼が目を覚ましたのは、夜明けのこと。薄ぼけた空に白い星が溶け、地平の向こうから柔らかな金を纏った太陽が昇りはじめていました。
マグナイはこんな朝が好きでした。天と地を鮮やかに染めていく太陽は、遠く遥かな彼らの父祖。それが世界を祝福し、澄んだ光で統べていくさまをじっと見つめているだけで、満たされる心地がするのです。赤子の頬のように染まった空に、うっすらと影を落としていた薄雲も、やがては光に溶けていきました。
マグナイは、この朝焼けのように柔らかく、美しく、胸を満たすものがずっとそばにあればいいと思いました。すなわち自分のナーマはそういう人であるはずです。ええ、なにせ最高の伴侶なのですから……。

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そうしているうちに、小さな戦士だったマグナイは、誰よりも屈強な青年に成長しました。
兄弟闘技をへて、一族でもっとも強い「長兄」となった彼は、威厳と力に満ちあふれ、「終節の合戦」までも制しました。一族の仲間たちも、彼こそは黒き鱗のアウラ族を統べ護る者としてふさわしいと、大いに讃えたものです。

しかし、マグナイがどれほど立派になっても、彼のナーマは見つかりませんでした。
彼を気にする乙女がいたとて、「そうではない」「こうではない」と注文をつけて拒むので、すぐに誰にも言い寄られなくなってしまったのです。
同じ年頃の弟たちは次々とナーマを見つけているというのに、長兄が孤独では誰もがいたたまれません。弟たちは、ある日、マグナイにこう進言しました。

「偉大なる長兄よ、あなたの力によって、我らオロニル族は合戦をも制し、
 名実ともに、この一帯の覇者となりました」

「しかれば、この地に住まう女人を集め、あなたのナーマを探してはいかがでしょうか」

「合戦に勝利したのも、すべてはそのためだったのやもしれませぬ。
 さあ、さあ、馬を駆けさせ、ヨルを飛ばし、女人を集めて参りましょう」

こうして、マグナイのために、盛大な花嫁探しがおこなわれることになったのでした。



ほどなくして、そのとき一帯にいた部族の女性が、草原のひとところに集められました。
彼女たちの前には、ひときわ豪奢な布を被せた日よけが建てられ、その下にはマグナイが難しい顔をして座っています。弟のひとりが、うやうやしく言いました。

「さあ偉大なる長兄よ。この中にはきっと、あなたのために落とされた涙がいるはずです」

マグナイは静かに頷くと、立ち上がって女性たちの前に進み出ました。
そしてひとりひとり、様子を見て回ります。
不安げな者、憎々しげな者……反応はそれぞれでしたが、マグナイはそのうちに、ひとりの女性に目を留めました。口元を布で隠しているものの、清楚でかわいらしい少女です。彼女は周囲の者と囁き合うでもなく、マグナイを警戒するでもなく、柔らかな空気をまとわせながらどこか遠くを見ていました。

「おい、お前……」

マグナイが近づくと、彼女はぎょっとして身を引きました。
なんということはありません、ケスティル族である彼女は、日よけに使われている豪華な布を見て、「市に出したら人気がでそう」と考えていただけなのです。
そんなことを知る由もないマグナイは、咄嗟に彼女の腕をつかみ……なぜか、驚いたように身をこわばらせました。

――なんて、細い。

力いっぱい握りしめたら、簡単に折れてしまいそうです。
たったそれだけのことが、マグナイをひどく動揺させました。彼は何も言うことができず、かといって手を放すこともできず、掴んだままの彼女をじっと見つめます。背格好は姉さんたちと大して変わらないはずなのに、手の内にあるものがあまりに儚く華奢に思えて、心臓がうるさく音をたてました。

もしや、これが。この者が。

答えを求めるように、マグナイはなおさら真剣に彼女を見つめました。
もし彼女が、次に頬を染めたなら……照れたように頷いたなら……もう間違いはありません。
今すぐに感謝の祝詞を捧げ、盛大な婚儀を行おうと、マグナイは思いました。

――ああ、なのに。
マグナイの鬼気迫る視線を向けられた彼女は、涙さえうかべながら、ぶんぶんと勢いよく首を横に振ったのです!それと同時に、固唾をのんで見守っていた人々の中から、鋭い声が上がりました。

「おい、その手を離せよ。泣くほど嫌がってるのに、悪趣味かテメェは」

声の主は、怖いものなどない様子で、マグナイたちに近づいてきました。
砂漠の砂のごとく白い長髪をなびかせ、身に纏うのは、死を恐れぬ者の青……オロニル族と幾度も覇権を争ってきた、ドタール族の族長、サドゥでした。彼女もまた、候補のひとりとして集められていたのです。
マグナイサドゥの言葉で我に返ると、ケスティル族の少女の腕を離しました。うろたえる少女に、サドゥは「いいから、離れてろ」と静かな声をかけます。少女は深々とした礼で感謝を示しながら、急いで人ごみに紛れていきました。

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「テメェがオロニル族の新しい族長か。
 この前の合戦じゃ、直接やり合えなかったからな……どんなものかと思ってたが……。
 なるほどクソ偉そうだ、そんで酒や宝よりまず女ってクチか?」

「……余輩が求めるものを、お前などが理解できるものか。
 下がれ、敗北した弱者が、覇者の道を妨げる道理はない」

サドゥが、獲物を定めたベルスのように、青い目を細めました。
そしてマグナイの弟たちが止めに入るよりも早く、まじない道具の杖を構えると、ひとふりで炎をまき散らしたのです。
集められていた女性たちは、炎に追い立てられるように、その場から逃げ出しました。
マグナイが眉を寄せてサドゥを睨むと、サドゥは喉を鳴らして笑います。

「ああ悪い、せっかく囲った女たちが逃げちまったか。
 だが、先に火をつけたのはテメェだぜ?
 うちの一族は確かに負けた……
 だが、やりあってもないテメェに弱者よばわりされる筋合いはない」

サドゥは「来いよ」と、再び杖を構えました。
すぐに駆けつけてきた弟たちから石斧を受け取ったマグナイは、族長同士の戦いゆえ、手出しをせずに下がっているよう告げました。そして斧を構えながら……ため息をひとつ。

「なぜだ……いったいどこにいる……?
 慈愛にあふれ、可憐で控えめ……儚い朝焼けの雲がごとき……余輩のナーマは!」

そして彼が駆けだしたのを合図に、それから三日三晩にも渡る、宿命の戦いがはじまったのでした。
その結末と、長兄マグナイのナーマ探しの行く末は、またの夜に語るとしましょう。
彼や、彼が出会う人々が紡ぐ物語は、まだまだ続くのですから――

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