紅葉戦争

紅葉戦争(the Autumn War)

概要

第一次ティノルカ会戦

  • アラミゴグリダニアによる「紅葉戦争」の緒戦で、アラミゴの大勝利に終わった。
  • これにより、グリダニアは「鹿落五橋(Five Hangs)」近辺までの撤退を余儀なくされた上、戦線は分断され散発的な抵抗活動が行われるばかりになっていた。

第ニ次ティノルカ会戦

  • 隣国イシュガルドリムサ・ロミンサウルダハに呼びかけて、アラミゴへ宣戦布告。グリダニアへ向けて、大規模な援軍を派遣した。
  • 最大の戦いが行われたのが「イーストエンド混交林」であるとされる。
  • アラミゴは、イシュガルド騎兵に対抗すべく虎の子のパイク兵部隊を投入し、さらには、兵の士気を高めるためアラミゴ王であるマンフレッド自身も、前線に立つことになった。対する連合軍は、戦いが始まると総崩れと見せかけ、アラミゴ軍を「イーストエンド混交林」におびき寄せた。森林地帯では、イシュガルドチョコボ騎兵の機動性が損なわれてしまう。しかし、これには、長柄のパイク兵の動きを封じる、という目的があった。
  • この時、活躍したのがグリダニアの弓兵たちで、戦場には彼らの歌う戦歌も数多く流れ吟遊詩人が活躍したという。視界の悪い森での戦いに長けたグリダニアの弓兵らは、次々とアラミゴ兵を射抜き、敵軍に多大な出血を強いた。かくして大敗したアラミゴは兵を引いたが、この戦いで、勇将ギルバルドは討ち死に。マンフレッド自身も負傷したという。

ウラヌス号の活躍

  • 最後の戦いとなった第二次ティノルカ会戦(the Second Battle of the Shroud)において、ベルトラン・デュランデル(Beltrant Durendaire)という名の若きイシュガルド騎士が参加しており俊足の名チョコボ「ウラヌス号」(Ouranos)を駆り、斥候を務めていたという。
  • 見事アラミゴ軍の別働隊を発見するも、敵兵に見つかり「ウラヌス号」は矢傷を受けてしまう。
  • 深手を負い、生死の淵をさまようベルトランを鞍上に乗せたまま、ウラヌス号は本陣までの長き道のりを駆け戻り、かくしてウラヌス号は若き主の命を救ったのである。
  • このベルトランの報告により、敵別働隊の動きを知った連合軍はアラミゴ軍に包囲される危機を脱するや、反転攻勢をかけて歴史的大勝利を飾ったのであった。

関連項目

アラミゴ】【グリダニア

エオルゼアの歴史